ともに頂を目指したい
こんなに強く思うのは初めてだ。
来年もまた、いわきFCと戦いたい。あたたかくて逞しいサポーターたちに、緑色のユニフォームを着てまた会いに来たい。
赤は、強い色だ。美しく深いKINGレッドは、燃えたぎる心を秘めつつ優しさを湛えた、人々の情熱を映したようだ。このクラブにとても似合っていると思った。
昇格争いとは、負けられない戦いだ。
たった二つしかない椅子を巡って、今年のJ3では18のクラブがしのぎを削り合う。
しかし、勝ちたいという想いと、いわきに暮らす人々のあたたかさに触れた感激は、まったく別の気持ちである。
そんな激情を書き留めておきたくて、こうして筆をとっている。
きれいな文章ではない。ありのまま、感じたことを記しておきたい。
福島県いわき市というまちが、とても好きになった。
そこに暮らす人々のことを、ほんの僅かでも知ることができた。
サッカーは、きっかけに過ぎない。
私は戦いが好きで観ているんじゃない。松本山雅FCを応援したくて、それが楽しくて、サポーターをやっている。
どんなかたちでもいい、サッカーがあることで、皆が幸せになればいい。そんな、甘ったるいことを本気で思っている。
いわきFCは、そして松本山雅FCは、そんな夢を叶えてくれるクラブだと思うのだ。
いわき戦への遠征を、ふと思い立ったのは7月20日のことだ。
試合開催予定日のわずか3日前である。
勝てば首位の天王山。
東北へは何度か通ったことがあり、未知の場所ではない。
ハーマーとドリーの愛くるしさを思い出しては、胸を焦がす日々を過ごしていた。
たったこれだけのツイートに、面白いほど反応があった。
私ばかりではない。相次いで手を滑らせる山雅サポ。いつものことだ。皆、行きたいのだ。
「八戸まで400人行ったんだから、いわきなら倍は入るんじゃないですかねえ」
本当にチケットは800枚売れていた。
福岡まで1000人詰めかけたこともあるので、驚きはしない。
「試合中止」の報せは、前日の夕刻近くだった。
既にいわきに到着していた人々も、もちろん大勢いた。
中止を知ってさえ、松本を出発した山雅サポの多いこと。落胆しつつも、「代替日には行けるか分からないし」と、これを機に観光を楽しみに行ったのである。
その人たちが、いわきFCのサポーターをはじめとする現地の皆さんから受けた歓迎たるや、とてもここでは伝えきれない。
ここまで歓迎されたことがあっただろうか。こんなにも地域総出で心を尽くされたことが、今までにあっただろうか。
私は松本で泣く泣くTwitterを覗きながら、いっそキャンセルしないで行けばよかった、と思った。
宿泊予定だったホテルも、「然る様であればキャンセル料は結構でございます」と言うのだから、もう感無量だ。代替試合のときは必ず宿泊させていただこうと、決意を新たにした次第である。
歓迎されたくて行くのではない。
歓迎してくれてありがとうと、お礼の気持ちを込めてお金をたくさん遣って、たくさん笑って、幸せなひとときを過ごしに行くのだ。
目的はもちろん試合だが、勝ち負けなんてどうでも・・・・・・、いや、どうでもよくはない。ひとまず置いておくことにしよう。
会いたい。この人たちに。
かくして、いわきに行こうと決心した。それから毎日、毎晩、祈り続けていた。
どうか行ける日程で代替試合が組まれますように。
これ以上、感染が拡大しませんように。
常磐道を通るのは初めてではない。
マイクロシーベルト、という単位を私が目にするのは、いつ以来だろう。
その事実にハッと胸がすくんだ。スタジアムでいま私たちを待ち受ける人々の暮らしに、想いを馳せる。
『東北に春を告げるまち、広野へようこそ』
優しい色で描かれた看板は、草木に覆いかくされてしまって半分しか見えない。
ほどなくして広野ICを降りると、目的地は本当にすぐそこだった。
Jヴィレッジスタジアムへと至る道路脇にも、背丈の伸びた雑草が生い茂っている。
以前はどうなっていたのだろう。「山雅サポが集ったら、草刈りもあっという間に終わりそうだな・・・・・・」なんて、ついついお節介なことを考えたのは内緒である。
「こんなに人が来てくれるのは、震災のとき以来」
人づてに聞いた、いわきサポさんの言葉が頭をよぎる。
放射線量の数値が問題なのではない。それを明示し続けているという事実に、怯まないと言えば噓になる。
けれど行く理由がある。行きたい。その気持ちのほうが、ずっと大きかった。
夏の日差しが降り注ぐ、爽やかな晴天。その空の色は、松本市と何も変わらない。
赤も緑もごちゃまぜになったイベントエリアで、旧知の仲のように言葉を交わし合う人々。わずか二週間前に会ったばかりのサポ同士も大勢いるのだろう。アットホームすぎる光景に、目の奥が染みる。
私は、いわきに来たんじゃなかったっけ。ここに来るのは初めてじゃなかったっけ。
なんて居心地がいいんだろう。
やぐらの周りをぐるっとまわって、スタグルをひと巡りする。まだ何も始まっていないのに、胸がいっぱいになってしまって、ぜんぜん食べられない。いつも食べ過ぎて後悔するくらいなのに。せっかくのおいしい食べものがちっともお腹に入らない。
ハマドリくんが猛烈に可愛い。ガンズくんが遠征するのも、ずいぶんと久しぶりだ。
多すぎる非公認キャラクターも大集合していて、和気あいあいと撮影会になっていた。
スタジアムじゅうが笑顔であふれている。ああ、なんて幸せな光景だろう。
ハマドリくんのグッズを買う。コラボ缶バッジ、アクリルスタンドをレジに通し、あまりの可愛さにマグネットを追加で購入する。3つ合わせてやっと、先日購入した山雅のフリンジタオルと同じ値段になった。
お願いだからもっと払わせてほしい。色々と受け取りすぎてもう一杯一杯なのだ。この気持ちを、頼むから還元させてくれ!
ウェルカムボードが多すぎる。歓迎のメッセージがびっしり書き込まれていて、すべてこの日のために用意されたものだと分かる。
松本の地に届けたくて、写真を撮ってSNSに載せた。同じような山雅サポが何人もいる。素通りする人はほとんどなく、皆、立ち止まって眺めていた。
ここに来てよかった。まだ試合も始まっていないのに、胸の奥が痛くなる。
緩衝帯は、ほとんど有って無いようなものだった。胸の高さほどのパーテーションで縦に割られた通路を、左側をいわきサポが、右側を山雅サポが行き交っている。ゴール裏がないため、これまたロープで隔てただけのバックスタンドを、赤と緑できれいに塗り分ける。
みんな笑顔なのだ。どこからも文句なんて聞こえなかった。この雰囲気でトラブルなんて起こりようがない。
川崎フロンターレとベガルタ仙台のことを思い出した。
川崎と仙台の試合で、サポーター席に緩衝帯はない。
それを初めて知ったときは衝撃だった。もともと関係良好な両クラブ間での取り決めなのだという。
私たちも、そうなれないだろうか。そうなりたい。
一緒に昇格したい。この先もずっといわきFCと対戦したい。毎年いわきに来て、松本にも来てもらって、ハマドリくんとガンズくんが仲良くするのに癒されて、試合前後は赤も緑もなく再会を祝して飲み歩きたい。
バチバチやるだけがサッカーだとは思わない。それは試合の中で存分にやればいい。
絆が生まれて、互いを思い遣って、また戦いたいと思えるような関係。勝ち負けよりもずっと大切で、尊いものだと私は思う。
しかし、それは決して「負けてもいい」という意味ではない。
負けたくない。
試合内容も、結果も、応援合戦も。
悔しいが、いわきFCは間違いなく強い。
当然のことだ。強い者はかならず努力している。ただストイックに上だけを見ている。がむしゃらに強くなりたい訳じゃなく、地域のために、人々の笑顔のために、命がけでがんばってきた人たちが、もっともっと逞しくなろうと努力を重ねているのだ。
強くならないわけがないだろう。サポーターも、選手も、クラブも、その人たちが愛するまちも。
私たちに同じことができるだろうか。
負けられない。負けてなんかいられない。だって、そのお手本は、私たち松本山雅FCだって言うのだから。
J1昇格を目標と謳っている身でJ3降格して、リスペクトを向けてくれる後輩のようなクラブにすんなり頂を持っていかれるなんて、そんな情けないことがあっていいだろうか。
私たちは強くなくちゃいけない。もっと、もっと、松本山雅FCが強くなって、いわきFCに背中を見せ続けなくちゃいけない。まだ届かないと、追いかけたいと思ってもらえるような存在でいなくちゃいけない。
いわきサポさん達のあたたかさに触れたから、なおさら強くそう思ったのだ。
ただ優しくしあって慣れ合っているのではない。私たちは、ちゃんと戦っている。生半可な努力ではすぐに先を越される。抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り返して、このシーズンが終わるときに、最初の決着がつくだろう。
来年以降も戦い続けるために、ワンツー制覇で終わらなくてはならない。
もちろん、シャーレを掲げるのは、緑の戦士のほうだ。
この光景を、ずっと、ずっと、来年以降も見に行きたいと思う。
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最後に少しだけ、私自身の話をさせてほしい。
東北に思い入れがあるのは、私の前夫が宮城県の内陸出身だったからだ。
8年ほどの間、私を義理の家族として迎えてくれた人たちが、今もそこに暮らしている。
コロナ禍以前は、年に2回の帰省を欠かしたことはほとんどなかった。
毎年かならず二人で通っていた道を、初めて一人で行く。それは、とても勇気が要ることだ。
だけど、行けるようになりたかった。
誰かに頼りきりにならずに、自分の足で、どこまでも行ってみたかった。
それができるなら私はきっと、もう大丈夫だから。
これは私自身の「復興」だ。
その初めの一歩に、Jヴィレッジスタジアムを選んで、本当によかった。
いま行かなかったら、いつ行くんだ。そう思って踏み出すことができたのは、SNSを通して溢れるほど伝わってくる、いわきの人々のあたたかさに触れたからだ。
知らない場所に飛び込むって、やっぱり、なんて楽しいのだろう。
命を繋いで本当によかった。
まだまだ、行きたいところがたくさんある。
山雅を追いかけて、私はどこへだって行く。
東北、という括りではなく、「いわき市」に来年もまた行きたいと思っている。
いや、来年まで待てるかも怪しい。本当は、すぐにでも行きたいくらいだ。おかげさまで、下半期のいわきFCの対戦カードをすべてチェックしてしまった。
ハーマーとドリーのファンとして、赤備えでいわきの地を踏む日も遠くない気がしている。
そのときもどうか、あたたかく見守ってくださると嬉しい。
[了.]