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【読書記録】夜鳥 モーリス・ルヴェル著/田中早苗訳

モーリス・ルヴェルの「夜鳥」を読みました。

これが、びっっっっっくりするほど面白かった。すごかった、もう目を丸くした。
ルヴェルは絶対的に知名度のある作家ではないですが、フランスの作家です。フランス語ではコント(conte)と呼ばれる短編小説が評価の高く、この「夜鳥」も短編集です。
短編集というよりも、現代の感覚でいうとショートショートくらいのボリュームの作品が多く掲載されています。

■出会い

私がこの文庫と出会ったのは、なんだか不思議な偶然でして。

よく話しているのですが、私が愛している新宿紀伊國屋書店2階の文庫売り場には、ジャック・ケッチャム※を愛してやまない店員さんがいます。
(※代表作といえば隣の家の少女やオフシーズン、絶対に軽い気持ちで読んではいけないホラー作家だ!)
私はその店員さんが作るポップが大好きで、残念なことにケッチャムが亡くなったあとに展示されていた追悼のポップは、もう圧巻。ケッチャムへの愛が溢れ、その悔しさと寂しさが伝わってくるようでした。(以降、ここ数年は彼の命日付近にはそのポップなどが再掲されています。)
そんなケッチャムポップの流れで、「ケッチャムが好きならこの作家もいいとおすすめされました」と積まれていたのが、まさにこのルヴェルの「夜鳥」です。
とはいえ、ちょっと文庫の割に1,000円する強気な値段設定に、そのときは「面白そうやな」と思うだけでスルーしてしまっていました。

そんな事をすっかり忘れて、数ヶ月。
横浜の神奈川近代文学館で行われていた「永遠に『新青年』なるもの」という雑誌「新青年」にまつわる展示を見に行きました。そこで展示されていた新青年初期の海外翻訳小説群の中でも、「おっ、面白そうやな」と思ったのがルヴェルです。
このときには、私はすっかりルヴェルの名前も夜鳥の書名も忘れていたのですが、この新青年展の興奮冷めやらぬまま紀伊国屋に行き、ルヴェルの本を探し、見つけたときにーー

「こ、この本、あのときのあの本だ!!!!」

と、訳のわからぬ感動の再会と相成り、そのままレジへすっ飛んでいったのでした。というわけで、私の持っている文庫には紀伊国屋の店員さんがあのときに作ったであろう、解説を抜粋したペーパーが挟まっています。

■削ぎ落とされた、簡素といってもいい物語に詰め込まれた残酷で儚い美しさ

先に書いたとおり「夜鳥」は、現代の感覚でいうとショートショートと言っていいほどの超短編で構成された作品集です。長さでいうと、1篇10ページにも満たないものです。その短いページの中で圧倒的な感情の揺さぶりをかけてくる作品ばかり。

私が好きな掌編は、たとえば「麻酔剤」。
「麻酔を打たれるなら、知らない医者じゃなくて恋人の手で麻酔(ねむ)らせてほしいワ」なんて語るマダムに、「それは大変な考え違いですよ」と嗜める老医者。彼は昔自らの手で麻酔をかけた恋人の悲劇を語るのでした。
恋人の手にかかり麻酔で眠りについていく美しい情景と、医者の内心の焦りのギャップ。どうしてこうなってしまったのか、まさに悲劇としか言えない救いのないオチは心にぐさりと突き刺さります。

他に好きな作品は「碧眼」。
病気にかかり長期入院をしていた元娼婦が、処刑され死んでしまった恋人の墓参りに行くために、無理やり1日だけ退院します。恋人の墓に花を手向けたいのですが、1銭の小銭も持っていない彼女は、体を売り稼いだお金で花を買い墓参りをするのでしたが――
残酷すぎる運命の悪戯に、もうやりきれなさと切なさが溢れてきます。

こう振り返ると、どうも私はルヴェルの描く女の作品が好きらしいですね。他の作品も娼婦だけではなく、障害を持った人であったり、乞食や子供といったモチーフが多く登場します。彼ら、彼女らの身を襲う悲劇の物語。それはどこまでも残酷で、悲劇の物語であるし、ジャンルで言えばホラーに近いのかもしれないけれど、話はいずれも小気味よく、洒落た雰囲気さえあるのは、まさにフランス作家。

しかし、発表が「新青年」であるし、江戸川乱歩や夢野久作の絶賛の解説があり、なんなら「創元推理文庫」から出版されているので、これは一種の探偵小説なのか?と思う人もいるかも知れません。いや、これは探偵小説ーーではない、ような気がします。「仏蘭西のポオ」なんて呼ばれているんだから、ホラーミステリーの一種のような気もするけれど、そうでもない気もします。

巻末の江戸川乱歩「少年ルヴェル」に、「ルヴェルの短篇には、殆ど例外なく意外の要素が含まれている。所謂落ちがある。それがルヴェルがコント作家であり、我々の探偵畑に紹介された所以でもあろうが、」と指摘があります。全くそのとおりで、作品個々の読後感として当時の探偵小説群と同時に掲載されていた納得感は、この「落ち」なのだなあ、だからこそいま読んでも読みやすく素直な気持ちで面白いと思えるのだなあ、なんてことを考えるのでした。

創元推理文庫の裏のあらすじが、やけに衒学的で読みにくそうさを煽ってきますが、本文は全然そんなことがないので、ぜひ手にとっていただきたい1冊です。
グロテスクという意味の残酷ではなく、人間の生きている運命の残酷さがぐっ……とくる作品群です。1篇1篇舐めるように読み、「めっちゃ鬱になる読後感ではないけれど、心臓になんだか不思議な染みがついたような、知る前には戻れなくなるような作家だ……」と一緒になんともいえない気持ちになりましょう。

春陽堂版、ほしいな……古本屋で15,000円か……。

面白い本の購入費用になります。