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セロイがスアの家に”お泊り”していたら?梨泰院クラスを巡る空想

2020年12月下旬に日本語吹替版の配信も始まった話題の韓国ドラマ『梨泰院クラス』。筆者は同年夏に字幕版で全16話を楽しんだのだが、吹替版を観直す前に、前回観た時の感想を記しておくことにした。

※この記事はネタバレだらけです。

スアとセロイの距離感が決まったハロウィンの夜

主人公のパク・セロイがチョ・イソと結ばれた展開は、正直、ちょっと悲しかった。話の流れから薄々予想はしていたものの、順当に15年も待たせた同級生ヒロインであるオ・スアとくっ付いてほしかったし、イソのためにプライドを捨てて憎き親父の軍門に下ったグンス(イソに片思いしていた男の子)が全く報われない。続編があるなら、スアとグンスは幸せになって欲しいと心から願う。

振り返れば、スアが敗北する気配は第2話の時点で漂っていた。刑期を終えたセロイが、ハロウィンに浮かれるソウルの繁華街・梨泰院で、長家への就職を控えたスアと再会する。酔いつぶれて自宅までセロイに送ってもらったスアは、自ら”お泊り”を提案する。

「狭い部屋だし、布団1枚しかないけど」

「えっ?」

「…泊まってく?」

「ああ…」

「イヤ?」

学生時代の淡い恋を成就できなかった男性なら、ドキドキが止まらない場面だろう。実は全編を通して最も艶っぽいシーンでもある。しかし、ここでも我らがセロイは聖人君子であった。出所までの精神的な支えだった初恋の相手。しかも都会の大学であか抜けて、よりいっそう美人になった同級生である。そんな彼女の積極的な誘いを、彼は戸惑いながらも「まだ金持ちじゃない」と断った。マジかよ、セロイヤー! 

彼がスアに求めていたのは、そういった類いのものではなかったのだろうか。あるいは刑務所で面会した際の彼女との約束を守りたい誠実さか。筆者としては、相手が初恋の異性だからこそ、勢いで一線を越えたくない躊躇いが生まれたようにも見えた。下衆の勘繰りをすれば、未経験の男子として様々な気まずさが一気に頭を駆け巡り、腰が引けたのかもしれない。

スアといえば、気恥ずかしさなのか駆け引きなのか、淡々と「もういい」と言って簡単に引き下がってしまった。多少の実力行使を伴ってでも朝チュンまで事を運んでおけば、後に現れる10歳も下の小娘に惑わされる事態を防げただろう。初体験の相手なんて男は一生忘れないわけで、圧倒的優位を得るチャンスを生かしきれなかった。この時点で将来的なライバルの登場は予想し難いだろうが、かなり踏み込んだ誘いを断られた一件からか、その後は全体的に「待ち」の姿勢だったもんね。

まあ、もしセロイが素直に一夜を共にしていたら、初恋を実らせたセロイは復讐なんぞどうでも良くなって、ほどほどに店をやりながらスアと仲良く平和に暮らしちゃいそうだけど。理想的なマッチングに、パパの魂もウキウキで成仏して、梨泰院クラスはバリキャリの妻と前科者の夫によるハートフルコメディになったかもしれない。イソと付き合い始めてからのセロイの中学生のようなイチャイチャぶりを見るに。

エンタメ作品に野暮なツッコミとは承知だが、代表と秘書が付き合っている企業って面倒ではないか。家族経営の食堂ならまだしも、スングォン兄さんとヒョニ姐さんもいい感じになってたし、外食大手ICのコーポレート・ガバナンスが崩壊しないことを祈ろう。

ビジネスでは脇目を振らなかったセロイ

全体の流れをみると、実質的に長家に致命傷を与えた出来事は、敵失(バカ息子グンウォン首謀の拉致事件)とスア部長のファインプレー(不正の証拠収集)、そして想定外の事故(会長の末期癌発覚)のように見えたのが本音。最終決戦はトニーがほぼ空気だった点も寂しい。

勿論、セロイがチャン・デヒ会長を本気にさせたという前段階があり、野球でいうなら9回ツーアウトまでセロイ監督率いるタンバムチームが追い詰めていたからこその勝利だ。しかし、最後のアウトは長家チームの自滅だよなあと。親父に健診を受けさせなかったグンス常務も含めてさ。

一方で、最終話でセロイが、土下座するチャン会長にまったく慈悲の態度を示さずに突き放した場面には心揺さぶられた。ここまで初志貫徹した主人公は、日本のドラマ作品では中々お目にかかれない気がする。セロイが冷酷な金の亡者に成り下がったように見せず、信念を貫いた姿勢が伝わる脚本も素晴らしい。梨泰院クラスが単なる恋愛ドラマではなく、復讐が本筋の物語だったことを思い出させてくれた。ここで安易な「許し」の演出が入らないのも力強かった。

最終決戦だと、元ヤーさんのスングォンが、イケおじ親分との殴り合いでヤクザ時代と決別できたのが格好いい。組事務所前でスマホを取り出して警察に通報したシーンが個人的にお気に入り。心までカタギに戻れたんだね。良かったね。

暗闇の農道をボロボロになりながら走るイソにも感動した。IQ162のソシオパスとして自分のために有り余る頭脳をフル活用してきた彼女が、最後は頭ではなく、他者(セロイとタンバムの仲間)のために愚直に足を動かし続ける姿には、自然と涙がにじみ出た。セロイ代表は、部下のファインプレーをもっと高く評価してもいいと思うのだが。

さて、物語の最終盤では長家を去り飲食店を興したスア社長の前に、料理人候補として甘いマスクの若いつばめが現れる。スアには、セロイを見返すような甘い夜は訪れるのだろうか。要するに、スアが主人公のスピンオフを見たい。

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