マガジンのカバー画像

短編:【スエトモの物語】

152
短編小説・物語はこちらです。 ◉毎週1本以上、継続はチカラを実践中!新作順にご紹介。短い物語のなかに、きっと共感できる主人公がいるはず…見つけて頂けたら幸いです。
運営しているクリエイター

#言葉

短編:【夏は鰻と、】

金がない。まったくない。いやウソだ。ポケットには374円ある。 「あちぃ〜」 なんて猛暑。いや酷暑。真夏日。記録的暑さ。殺人的な夏の日差し。どんな言葉に変換しても同じだ。 「あちぃ〜ょ〜」 暑いだけで涙が出る夏は、人生で始めてだ。いやウソだ。去年も、その前の夏も、たぶん10年に一度の異常な暑さだった。 公園の水飲み場で蛇口をひねる。チョロチョロと申し訳程度に水が出る。 「…節水制限」 脳裏に現れる四文字。そうですか。そうですよね。税金もまともに払っていない人間には、こういう

短編:【さて、どうしたものか。】

ついにみつけてしまった。 僕は…出逢ってしまった。 …さて、…どうしたものだろう。 テレビ番組制作会社に入り、1年2ヵ月。肩書はアシスタント・ディレクター、俗にADと呼ばれる職業だ。ディレクターとついているが何の権限も決定権もない、ようは雑用全般を行っている。かつて3Kの職場と言われていたADは色々と見直され、令和のこの時代、さほど過酷な職種ではない。まあ通常の会社員に比べたら、若干時間は不規則だし、思いも寄らない無理難題もしょっちゅう発生し遭遇する。そのスリルも楽しめるよ

短編:【癇癪玉の味】

「この薄い水色の玉は、どんな味ですか?」 若い女性客が声をかける。 「こちらは、3歳男児の駄々ッ子です」 カウンターにズラリと並ぶ小ぶりな小瓶。そのひとつ一つに、ビー玉くらいの丸くて色取りどりのモノが入っている。 「駄々子玉なので、親の気を引くための、申し訳程度な感情、欲求と涙が配合されています」 微笑の女性店員が説明する。 「薄い感情かぁ…」 色、大きさで感情が視覚化された、通称『癇癪玉』。それを販売しているお店『玉の家(TAMANOYA)』。 「少しだけガツンと来る感

短編:【愛想笑いの彼】

彼が笑うと、私も笑顔になる。 彼が頷くと、私も知ったかぶりをする。 彼が語ると。私は夢の中にいる気持ちになれる。 だけど、私はまだ、彼の知り合いではない。 バスの中。つり革に掴まる彼は見知らぬ女生徒と話をしていた。 「センパイ、来週末は練習ですか〜?」 他校のブレザーを来た背の低い女の子。 「練習というか…練習試合?」 「そうなんですね〜強豪校になると他校の挑戦は断れませんもんね〜」 彼はバスケットボールをやっている。もちろんレギュラー。高校選抜。県のベスト4まで行く県内

短編:【バケモノ】

「コイツはとんでもないバケモノだ!」 「…ハイ、カット!」 来年公開予定、特撮ヒーローモノの撮影現場。 「もう一回行きましょう!」 台本を持った監督と助監督、ヘアメイクさんが近づいて来る。 「恐ろしさは、非常に良く伝わったんです。ただね…」 監督の台本にはビッシリと付箋。 「コイツはね、本当にバケモノだけど、…敵なんですよ、この後ヒーローと闘って、粉々に粉砕される…」 「あ、そうなんですか?!」 「台本読んで来た?!」 「あ、いえ、私はエキストラなので、さっきこちらの助監

短編:【巡り合わせの移動販売】

小さく静かな公園の、その脇に、ひっそりと移動販売車が停まっていた。 「どうぞ見て行ってください…」 まるで図書館の受付に座る静かなトーンで、こちらを見ずに女性が声をかける。 「希少…品?」 手描きで書かれた文字は、『貴重品』ではなく『希少品』だった。 「あ…キッチンカーじゃないんだ…」 話しかけるでもなくつぶやいた。 「ええ、希少品を扱う移動販売になります」 全面開いた車側面に突き出たカウンターには、大小様々なサイズのビニール袋が分類され、理路整然と並んでいる。 比較的小

短編:【それでも痩せたい現代人へ】

『イクササイズ』が流行っている、と朝の情報番組で伝えていた。 『イクササイズ』は漢字で書くと一目瞭然『戦サイズ』である。戦いで痩せるという新しい発想のエクササイズ。 戦になれば、刀や槍を振り回し、弓を引き盾を持って動き回る。相手を倒す体力と持久力、そしてそれに対応できる筋力と忍耐力が求められた。 戦になれば、秤量責めや山道での潜伏など食事が出来ないという、ダイエットにとっては自然と最適な状況になる。 その『イクササイズ』を提唱したのは、とある国内大手の家電メーカー。そこ

短編:【そこで生きる命の正論】

■インタビュー・公園に住んでいるハトおじさん 『エサをやるのは、自分より弱い生き物が生きられるように、自分の食べ残りを少しだけ分けているだけだよ…』 公園で生き物への餌付けは禁止されている。 取材カメラが捉えたのは、おじさんが公園入口の立て看板の裏でこっそりと、コンビニ袋に入ったパンの耳や粉のカスを撒いている姿だった。 『公園内じゃないし、誰にも迷惑かけてない』 周辺マンションのベランダでは、鳥のフン被害が多発していた。 『みんな元気に生きて欲しい!』 自分の食

短編:【大きな地震雲が見えた日に】

台風が来て、雷雨があって、次は地震の番かと思えた。 かつての戦隊ヒーローを見ていると子供心に違和感があった。悪の親玉が「かかれ!」と言うと、俗に戦闘員と呼ばれるエキストラが、順番に襲いかかる。ヒーローは一人ずつ倒して行く。「ええ〜い、まとめてかかれ!」の号令で、キレイな円で上から攻める。下に潜ったヒーローが真ん中からドーンと蹴散らす。 時代劇だってそうだ。ひとりずつ斬りかかる。 なのに災害は違う。 「自然が相手だから…」 台風と雷雨は一緒に来るし、台風と共に地震が起こ

短編:【ハッピーエンドが待っている】

「ちょっとそこのオジサン!」 目の前のデスクから声。 「…ねえ!センセー!」 「いまオジサンって…呼ばなかった?」 原稿を描いている男性漫画家。 「…アレですよ、学校の先生をオカアサンって呼んじゃう、アレ。…そんだけ心を許しているってことじゃないですか!」 いつものように受け流す。 「はいはい…」 私が描くキャラクターが話し掛けてくる。 「それよりセンセー、このストーリー、このまま進んで大丈夫?」 「なんで?」 「いや、なんかバッドエンドのフラグが立ってるし…」 主役級の彼

短編:【感情ディフューザー】

完璧な人間がいないように、生きる意味の無い人間もまたいない。無表情で感情を表に出さない人もいれば、感情を振り撒き散らして、周囲を巻き込む人間もいる。 そんな感情を拡散する、ディフューザーのような男の話。 「やっぱりオレって生きる価値無いんだよ…」 「お!出た!ヒロシのネガティブモード!」 週末深夜の居酒屋。男3人で飲んでいる。 スーツ姿のヒロシ、上着を脱いでワイシャツ腕まくりスタイルのタケル、カジュアルのケンタ。大学時代の腐れ縁である。周りが泥酔状態で支離滅裂な話をして

短編:【ハチミツ禁止令】

『生物愛護の観点から、本年10月1日より本国ではハチミツを全面的に禁止する方向で調整に…』 テレビから流れる大臣の発表。 『具体的には、食べない、取らない、持ち込まない…』 「“生物愛護の観点”って、“蜂さんが可哀想”…ってことだよね…」 テレビを見ながら姉が呟く。 「…動物愛護がさらに加速したんじゃない?」 スマホをいじりながら弟が応える。 「確かに蜂が懸命に集めた蜜を、ガサッと奪うんだもんね」 「…養蜂って、そういうものだからね…」 「ハチミツってちょっとした贅沢品だ

短編:【カギのある公園】

入口に湧き水が溢れ出る、ちょっと変わった、憩いの公園だった。 たぶん、これはレンタル部屋のカギ。何故ならしっかりとした、ディンプルシリンダーのカギである。ちゃんとしたマンションの部屋などで使われるタイプ。 私の推測はこうだ。外国人向けのレンタル民泊。公園のわかりやすいところにカギを常設。アクセスして来たところで宿泊希望の方に、この場所の地図を送り、自身でカギをピックアップ。宿泊後は、再びこの場所に同じように戻してもらう。ピンシリンダー錠のような安価なものではなく、街場のカ

短編:【テレビ、救ってみない?】

「そもそもテレビってどう思う?」 会議室にいる8人の面々。 「たくさんの人が観てますよね…」 「良くも悪くも視聴者が多い印象です」 「マス・メディアだからね。他には?」 テレビ局、来期の番組編成会議。 「パソコンなどが使えなくても、スイッチひとつ、誰でもすぐ観られる」 「そう、その番組テーマに興味関心あるなし関係なく、ただ点けてボーッと眺めている人も結構いますよね…」 「いつも点けているから、曜日を知らせるカレンダーや、時間を教える時計程度に考えている人もいるでしょうね…」