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★【作者と読者のお気に入り】★

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◉たくさんのビューとスキを頂いた作品と、個人的に好きなモノだけをギュッとまとめてお届け!30作品程度で入れ替えしながらご紹介。皆様のスキが集まりますように(笑)お気に入りの玉手箱!
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#創作大賞2024

短編:【夏は鰻と、】

金がない。まったくない。いやウソだ。ポケットには374円ある。 「あちぃ〜」 なんて猛暑。いや酷暑。真夏日。記録的暑さ。殺人的な夏の日差し。どんな言葉に変換しても同じだ。 「あちぃ〜ょ〜」 暑いだけで涙が出る夏は、人生で始めてだ。いやウソだ。去年も、その前の夏も、たぶん10年に一度の異常な暑さだった。 公園の水飲み場で蛇口をひねる。チョロチョロと申し訳程度に水が出る。 「…節水制限」 脳裏に現れる四文字。そうですか。そうですよね。税金もまともに払っていない人間には、こういう

短編:【花の教え】

「最近の桜って花びら白いよね…」 彼女はそういう敏感な感性を持っていた。 「白い?」 僕には、桜の花びらがピンクに見えていた。いや、そう思い込んでいたのかも知れない。周りを見渡すと、至るところで花吹雪が舞っている。 僕には20年間、彼女がいない。奥手というか、人付き合いが苦手というか。大学に進み、同じゼミを専攻した彼女と出会った。 「もちろん品種によっても違うだろうけど…昔の花吹雪ってもっとピンク色だったと思わない?」 「ああ、そう…かもね…」 話を合わせてみる。 「自

短編:【職を決める】

「農業は天候に左右される。漁業も自然の影響を大きく受ける。どちらも鮮度が重要視され、収穫から消費者へ届けるスピードが求められる。流通はそのスピードが命である。物を製造する場合は、職人の技術力や大規模な機械導入がある。在庫管理する場所の確保も必要で…」 郊外型の広いファミレス。向かい合わせに座る男性ふたり。 「で、何やるか決まったか?」 スーツ姿の男性が、ホットコーヒーを飲みながら聞く。 「そこなんだけどね…」 白いパーカーにジーンズの男性がアイスコーヒーのグラスに口をつけず

短編:【隣】

「ママ、見て!落とし物!」 「落とし物?…じゃないわね」 「ケーサツにとどけないと!」 「なんだろうね…あ!触っちゃダメよ!」 最近、公園や街の中で、こうしたバッグを見かけることがある。 「ちょっとパパに…」 写真を撮って、ショートメールで送る。 「あ、パパから…」 会社のパソコンで検索してくれたようだ。 『格安ポスティング業者』 これはどうやら、家やマンション・集合住宅などのポストに入っている、ビラやチラシ広告を投函する業者が置いていることがわかった。 「え、これ…ここ

短編:【3つのいえ】

「親だったら子の巣立ちを歓迎するモノだと思うんです」 暖色系のわずかな灯りが薄暗く、居心地の良いカウンターバー。冠婚葬祭帰りの黒スーツを纏う男性。首元には白か黒の色があったはずだが今は外されている。一杯目の細長いグラスビールに三口分の泡目盛りが刻まれた頃、男性は喋り始めた。 「実は今日、長男の結婚式だったんです…」 「それはおめでとうございます」 グラスタオルを慣れた手付きで回しながらバーテンダーが応える。 「ウチには、28歳、26歳、23歳の3人、息子がいましてね」 「

短編:【仲睦まじく】

「ちょっと惜しかったね」 リビングで妻と息子が本日のミニテスト結果を見ている。 「どうしたの?」 帰宅した夫も会話に参加。 「これね、“なかむつまじい”を漢字に…って」 「ああ、結婚式のスピーチでも使うよね、“末永く仲睦まじくお過ごしください”って」 「僕、陸上クラブだから…」 「仲“陸”まじい。って睦を陸って書いちゃって…」 「クラブのみんなと仲良く、陸みたいな字って覚えたからさ…」 息子は少し悔しそうだ。 「睦まじいってさ、“親しい”より深い関係なんだってよ、意味的には

短編:【トマト、いかが?】

「ウチの小さい庭で家庭菜園をやってましてね…」 休日の昼前に突然の訪問者。マンション1階に住んでいるという50歳くらいの中年女性。正直見かけたことも挨拶をしたこともない。 「あ、そうですか…わざわざスミマセン…」 3階に住む僕は、面識のない人からいきなり野菜を持って来られて動揺していた。 「あ、あの…なぜ僕の部屋に?」 「あら、ゴメンナサイ…いつもゴミ捨てとかちゃんとなさっていて、帰宅も遅いのにエコバッグさげて、食材を買って自炊なさっているのかなと思ってね。…いきなりでご迷惑

短編:【クレーム、または罪深い人類へ】

「だいたいさ!オタクの商品、効果が無いんだよ!」 『そんなことはございません…』 「うるおいをもたらし、命を救う?」 『…はい』 「サラサラで、無味無臭?」 『そうです』 「安価でお得?すべての国民に必要だと?」 『その通りでございます…』 「過大広告だろう!謝罪しろ!」 『お客さま…いま、お試し頂けますか?』 「い、いま?」 ゴクゴクゴク… 『いかがですか?解約されますか?』 「…」 『良いんですよ、この世界から“お水”と言う、万能な商品が消えて

短編:【ユメのない夢】

病院の診察室。白衣男性の前に座る若い女性が語る。 「ちょっと信じて頂けないかと思いますが…」 カルテにはスズキユミコ 27歳とある。 「夢を見るんです。あの夜寝た時に見る…」 「眠りが浅いんですかね…」 「あ、いえ…夢を見ることは良しとして…」 何か言いにくそうに戸惑っている。 「どうぞ気になることをお話し下さい」 「はい…その夢が…その…」 先生は親身に静かに次の言葉を待っている。 「すべてですね…その…ミュージカルなんです…」 言い終わると静寂が流れる。 女性はとんで

短編:【夢の叶う夢】

「パパのおよめさん!」 「パパのお嫁さん?」 母は娘の私が何気なく発した言葉に乗っかった。 「マユが、パパのお嫁さんになったら、ママはどうなっちゃうの?」 「ママはマユのママだよ」 母は笑っていた。 「マユがパパのお嫁さんになったら、ママはパパのお嫁さんになれないのよ」 私は幼く、無知だった。 そしてパパもママも心から愛していた。 それから1年ほど経って、私は、大好きだったパパとママを同時に亡くした。 「あんな小さい子ども残して、両方とも亡くなるなんてねぇ…」 「交通事故

短編:【何か問題でも?】

「なんか『2025年の壁問題』ってのが大変みたいだね」 「なに、朝、テレビでやってたの?」 「そう。なんかね、2025年に世の中DX化が激化してプログラマーが不足して様々なシステムが麻痺するとか何とか…」 プッチンプリンが店頭から消えて、情報番組がこぞって伝えていた。 ファミレス。4人がけの席に向い合せの女性ふたり。 「なになに?なんの話?」 3人目の女性がドリンクバーのグラスを持って席に着く。グラスの中身は、この世のモノとは思えないような色をしている。 「2025年の壁

短編:【カフェにて(恋のリベンジ篇)】

通り横にあるそのカフェは、電源やWiFiが自由に使えることもあり、保険の勧誘、金品の営業販売、中には芸能事務所の面談や、ノマドワーカーなど、ちょっとクセの強い客が多く訪れ、なにより長居をしていてもあまり迷惑そうな顔をされないことが魅力の店だった。 私は、そのカフェまで徒歩3分の激チカ物件に住んでいた。あの日以来、…正確には数週間前、長く付き合っていた人と別れてから、暴飲暴食をしてはトイレで吐く、過食症にも似た行為を繰り返してしまう日々を過ごしていた。部屋にいると気が滅入って

短編:【知らないとこから、こんにちは】

「今日さ、SNSに知らない外国の人からコメントが来たのね…」 「どんな?」 「この写真、素敵ですね、どこで撮影したんですか?って」 女性3人でフレンチを楽しんでいる。 「あ〜、デタ〜たまにあるよね〜」 「やっぱたまにある?」 「この猫ちゃん、可愛いですね、何歳ですか〜とか」 「あるある!欧米の人とか!」 「え〜私はアジア圏の人だったよ〜」 届いたマルゲリータを裂きながら皿に取り続ける。 「やっぱりあれって、何かの詐欺なのかな?」 「ロマンス詐欺的な?男性からなら疑っちゃうよ

短編:【不甲斐ない】

市長が辞職した。 彼の口癖は『不甲斐ない』だった。 『いや〜ホント、不甲斐ない!私が不甲斐ないばっかりにこんな事態に…』 「ねぇこの市長さ、ずっと謝ってないよね…」 姉ちゃんがリビングでポテチを食べながらテレビにボヤいている。 「“不甲斐ない”って言ってるよ?」 僕は冷蔵庫の牛乳をコップに注ぎながら応える。 「違うんだよ、不甲斐ないって、情けないとか、意気地ないって意味なんだよ」 「あ〜、そうなんだ」 「“不甲斐なくて申し訳ない”、だったら謝罪になるんだけど、“私が情けな