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ある花火の夜

コツコツと夜光虫のぶつかる窓際で、
僕は酒に溺れ、
遠く山端に臨む花火。

暗闇の支配するこの部屋に、
爆発の鮮やかな色彩は煌めく、
誰かの死の淵を彷徨って。

遅れてやって来る爆発音に、
この世の雑音はみな吸収され、
ひと時の静寂が生み出される。

無常。

瞬きの間に世界は代わる、
僕一人を置き去りにして。

望まれなかった事を後悔しない、
残念なのは、
それを理解されなかった事。

僕の半生を一言で表すなら、『不在』。

誰一人として僕を見る者は無く、
それを悲しいとも思わなかった、
顕在的には。

アルコールは毒だ、
折角固く閉ざして来た顕在意識のその奥の扉を、
いとも容易くこじ開けてしまう。

然も悪い事に、
許容量を遥かに超えて仕舞い込まれていたものが、
開けた瞬間に堰を切ったように溢れ出る、
それはまるで花火の爆発のよう。

色鮮やかな爆発に合わせ、
込み上げる思いを押し留める作業は、
地獄の業火を縫って歩くような気分だった。

素面が恋しい。

どうしてこのタイミングで酒をあおったのだろうと、
始まる自問。

忙しく仕事に追われ、
偶然通りかかった町のショウウィンドウに映る己の姿を認めた時、
何かが割れる音がした。

きっと悪いだけのものでは無い、
何かを終わらせるような力だった。

そして聞こえて来る数発の轟音。

花火の始まる合図。

杉と檜の森へ入る手前に、
洒落た酒屋がある。

夜はバーとして赤いランタンを灯し、
近隣住民や観光客の憩いの場となる。

そこで手にした安価なウイスキーを、
僕は大事に抱えて帰って来た。

ウイスキーは、
僕のささくれ立った心を落ち着かせる代わりに、
暗雲で覆った。

堪らなくなって、ウッドデッキへ飛び出す。

外界は、風の音と虫の声で溢れていた。

そのあわいを、つんざくような爆発音が響く。

その度に暗闇を彩る明るい色に、
僕は幾分慰められた。

明日はまた畑に出るだろう。

そして出来る事を精一杯にやって、
灼熱の昼間は誰にも望まれない時間を積み上げる。

そうして完成した自分だけの花火は、
是非とも自分だけで観賞しよう。

その良さを一番理解してるのは、
やっぱり自分だけである。

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