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「涼宮ハルヒ」は、なぜ”00年代“の特別なアニメなのか

■2020年、「涼宮ハルヒ」の復活

出版大手KADOKAWAが、8月31日にライトノベルファンとアニメファンを驚かせる電撃発表をしました。2020年11月25日に谷川流による「涼宮ハルヒ」シリーズの最新作『涼宮ハルヒの直観』を角川スニーカー文庫より刊行するというものです。
「涼宮ハルヒ」シリーズは、2003年のスタート以来累計2000万部を超えるヒット作です。2006年のTVアニメ化以後、2010年代初頭まで空前のブームを生みだしました。2011年の『涼宮ハルヒの驚愕』以来、小説刊行は止まっており、実に9年半ぶりの新作です。10年前の大ヒットの記憶が鮮明なだけに大事件です。

しかし「涼宮ハルヒ」は大ヒットを超えて、アニメ史に大きな意味がある作品です。100年を超える歴史を持つ日本アニメは、これまで1万2000タイトル以上が制作されています。その時々に歴史に残るエポックメイキングな作品が生れています。
50年代であれば初の長編カラー『白蛇伝』、60年代はTVアニメ時代を切り拓いた『鉄腕アトム』。さらに『機動戦士ガンダム』や『AKIRA』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『千と千尋の神隠し』……など。時代を代表する作品群です。これらは傑作であると同時に、その誕生でアニメ文化や制作、ビジネスの方向も変えました。
00年代にその位置にある作品が、『涼宮ハルヒの憂鬱』です。「涼宮ハルヒ」は、00年代後半から10年代初頭、アニメ文化、ビジネスを大きく変化させたのです。

■00年代後半、アニメ不況という時代

「涼宮ハルヒ」は、一体アニメの何を変えたのか? それは2006年まで続いたTVアニメとファンの関係、アニメビジネスの基本構造のひっくり返しです。

日本のアニメ産業は、戦後長期間にわたり高い成長を続けています。それでもいくつかの不況を経験し、現在進行形のコロナ禍を別にすると直近の不況は2007年から2012年頃まで続いたものです。
00年代前半の海外バブル、DVDバブルの反動、バブルによる作品タイトルの乱造、そしてネット上の海賊行為などが不況の理由です。

『涼宮ハルヒの憂鬱』がTVアニメに登場した2006年は、YouTubeの日本語版、ニコニコ動画、米国ではクランチロールといった投稿型の動画サイトが次々に立ち上がり活発化します。
こうした動画配信プラットフォームでは、当初違法にアップされた日本アニメが野放し状態でした。結果、海外を中心にDVDなどの売上高は急減し、アニメ業界に打撃を与えたのです。
2007年のジェネオンUSAの米国撤退、2008年のバンダイビジュアルの経営合理化・上場廃止、2009年のGDHの経営不振・上場廃止とざっとあげただけでも厳しいニュースが相次いだ時期です。海外では日本アニメの配給会社が次々に経営破たんしました。

■アニメはコミュニケーションで「バズらせる」

厳しい時期に逆らうかのように快進撃を続けたのが「涼宮ハルヒ」です。ブームのきっかけは、ストーリーの流れに沿わないランダムなエピソードの放送、公式サイトに巧みに隠されたメッセージの解読などです。当時は「バズる」という言葉は使われませんが、ネットで熱狂的なムーブメントを盛りあげる仕掛けを散りばめました。
さらにエンディングに流れたダンスシーンの再現などが投稿型動画サイトにアップされ、これが人気を加速しました。投稿型動画サイトの勢いを逆手にとり、ブームはファンの手で作りだされたかのように映ります。

制作側とファンのインタラクティブなやりとりが作品の熱狂を高めていくのは、2010年代以降はコンテンツ業界では頻繁に見られる光景です。しかし作品とファンのネット上のつながりを熱狂に変えた最初のひとつが「涼宮ハルヒ」だったのです。
その後、多くのアニメが「涼宮ハルヒ」シリーズのビジネス、プロモーションを踏襲していきます。

映像を作り、視聴者に届ける。それが素晴らしければヒットが生まれる。00年代前半までのビジネスは、それが常道でした。
しかし「涼宮ハルヒ」以降は、そうした概念が大きく変わります。ある種のアニメは映像そのものの素晴らしさに加えて、作品を届けるプロセス、ファンとのインタラクティブ(双方向)な関係が重要になっていきます。ここではアニメは映像そのものだけでなく、映像を取り巻く環境も含めたものになります。

音楽やイベント、タイアップ、ゲームなど様々なエンタテイメントを絡めたメディアミックスが、そうした環境で重要になります。深夜アニメであってもDVDなどのビデオパッケージだけに頼らない、「涼宮ハルヒ」は多角的な収益を目指すポートフォリオ型のアニメビジネスの源流のひとつでもあります。
「涼宮ハルヒ」は作品が素晴らしいだけでなく、アニメビジネスの方向性を変えたパラダイムチェンジャーなのです。
そして00年代後半のアニメ不況と、10年代の配信時代到来とライブ・コミュニケーション型のアニメ消費。その間でふたつをつなげるのが、「涼宮ハルヒ」シリーズだったのです。

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