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生きるべきか、死ぬべきか~「風の歌を聴け」を30年振りに読む

To be, or not to be, that is the question.

虚無の中を吹き抜ける風でしかないとしても、生き続けることを選ぶしかない。理由もなく、目的もなく。そういうものとして受け入れるしかない。生きていくとは、そういうものだ。

ふと気になって、30数年ぶりに再読。そして、驚いた。この作品は、痛みに満ちている。空しさを十分に知り尽くした上で、そんな世界を、人生を、どう生き抜いていくのか。。。そんな痛みに。

夏目漱石の「こころ」や、志賀直哉の「暗夜行路」、古くは「ハムレット」などと同じように、「生きるべきか、死ぬべきか」という本質的な問いに向き合いつづけた作品だ。ただ、その手触りがまったく違う。政治色も、哲学色も、文学色さえも極力消し、虚無感という時代の風のなかを一見無目的に漂っている。

そういう意味では、「生きるべきか、死ぬべきか」を明確にテーマとした「ノルウェイの森」などに代表されるその後の小説は、このデビュー作をリアリズムの世界に落とし込んだものといえる。ただ、物語に濁されることなく、断片的な感触だけで綴られたこちらのほうが、はるかに純度が高い。「その作家が一生のうちにどのような作品を書き残すかは、一作目にすべて現れている」というけれど、まさに。

20代のころに読んだときには、ただ軽く、クールな短編だと思っただけだった。当時はなにも読めていなかったんだろう。

村上春樹はきっと、空しさと闘いながら、それでも生きる意味を探り、その意味を自ら創り続けるために小説を書いている。人間の普遍的な問いに対するそうした姿勢が、世界中に読者を拡げた理由なのかもしれない。

”あらゆるものは通り過ぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている”(152-153p)

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