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【創作小説】佐和商店怪異集め「線香花火」

ちりちり、バチバチ、と音がする。
それは倉庫の方からで、私はカウンターから顔だけを倉庫に向けて様子を伺う。
佐和商店は閉店したばかりで、店内には私と榊さんしかいない。見に行ってみようかと思って、でも踏み留まり事務所のドアを開ける。パソコンに向かっていた榊さんが不思議そうに私を見た。
「どうした?すみちゃん」
「音がするんです。倉庫から」
「いつものことだろ」
私が悪かった。言葉が足りない。
「バチバチって。火花みたいな音です」
「急に物騒になったな。爆発はしないでくれよ、マジで」
言ってる割に、榊さんはのんびり立ち上がった。

榊さんが倉庫のドアを開ける。変わらず、バチバチと、小さいけど何か弾けるような調子の音がした。榊さんは一瞬迷って、でも結局照明のスイッチへ手を伸ばす。でも何故か、明かりが付かない。暗闇を見渡していた私は、あ、と声を上げる。
真っ暗な通路の向こう、私の膝より下くらいの高さのところで、線香花火が一本、空で静かに爆ぜていた。榊さんと顔を見合わせて、それに近付く。誰の姿も無い。色も音も火なのに、近付いても熱さや煙の匂いを感じない。私たちが近付いても、微動だにせずただそこに在るだけ。ちりちりと、細やかな火花が舞っている。
「お化け線香花火?」
榊さんが呟く。
「初耳です」
そんなことあるのだろうか。でも目の前にあるしな……。私と榊さんは何も言えず、ただその線香花火を見守った。見た目は本当に普通の線香花火で、火の勢いが徐々に消え、ぽとりと落ちた。涙みたいに。残っていた持ち手部分も消え、それきり暗闇。しばらくしたら、倉庫の照明が点滅して点いた。後は、何も起こらない。
「……線香花火して帰るか」
榊さんが呟いた。
「そうしましょうか」
念のため倉庫内を二人で点検しながら、夏が終わるのだと不意に実感する。倉庫のいつもの音も声も、今は心なしか控えめに聞こえた。

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