見出し画像

【創作小説】佐和商店怪異集め「話しておきたいこと」

「あの、榊さん。この前言った、話しておきたいこと、なんですけど」
深夜の帰り道。
菫は、榊に向けて唐突に口を開いた。
「ん?あの時言ってたやつか」
固い菫の声と裏腹に、のんびりした調子で榊が返す。以前、菫が霊に憑かれて榊に手当てを受けていた際に、彼へ話しておきたいことがある、と告げていたこと。菫は、自分の秘密と、それ故の危険さを伝える気でいる。いるのだが。
「そう、です」
「もう話しても良いのか?」
「はい。その……」
話すと決めていても、二の句が告げない。
「すみちゃん?」
「ええと、」
声が震えそうになり、菫は両手を強く握り締める。菫の様子がおかしいことを感じた榊は、立ち止まった。菫も、ぎこちなく足を止める。
「榊さん。あの……」
「言いたくないなら無理するな、って言いたいとこだがな……」
困ったように笑う榊に、菫は俯く。
「大したことじゃ、……いえ、私にとっては大したことあるんですけど……」
榊は少し考えて、菫に提案した。
「時間大丈夫なら、場所、変えてみるか」
「え?」

駅の近くにある静かな雰囲気の居酒屋。
その個室席に、菫と榊はやってきた。
適当に頼んだソフトドリンクを前に、菫は恥ずかしさと申し訳無さでますます俯いている。
「こんな改まって話すことでも無いんですけど……!」
「まあ良いじゃん。すみちゃんあのままだと、ずっと帰れなかっただろ」
「う……」
榊が楽しげに笑っているが、菫はもう榊を見られない。
「ここなら朝まででも待てるしな。いつでも大丈夫だぜ?」
(本当にもう……何でいつも……困った時さらっとこんな気遣いしてくれるんだろう……)
榊の優しさが、菫の心をぐちゃぐちゃにする。
嬉しいと思うからこそ、菫も榊には出来る限り応えたいと動くのだ。
「……あの!……信じてもらえないかもしれないんですけど、」
「すみちゃんが言うことなら、信じるぜ。心配すんな、続けてくれ」
耳まで真っ赤にして俯く菫。それを見る榊の眼差しは優しいが、菫は気付かない。
「私はーー」
顔を上げて、菫は話し出す。他人には明かして来なかった、自分の話を。自分の祖父が、秘薬・反魂香を使い、自分の両親を蘇らせたこと。自分はその二人のーー死ぬはずだった者から生まれたーー子であること。それ故、反魂香の香りと力を宿し、霊感が強く寿命も長くないだろうこと、を。
「ーーという、訳なんです。吉瑞さんの家にお邪魔した時、護りさんに言われたんです。『反魂香の香りに惹かれるモノは、自分を含めて多い』って。今までもそうでしたし、私も分かっていたつもりなんですけど……あの時は、榊さんを、結果的に巻き込んでしまいました。だから。何も知らせないでいるより、知っていてもらった方が良いのかと……ずっと考えていて」
話しながら、菫は段々と目を伏せて行く。
榊は、菫の話を最後まで黙って聴いていた。
「……分かった。ーーまず、俺が言いたいのは」
口を開いた榊に、菫が顔を上げる。
「話してくれてありがとな。そりゃ、すんなり話し出せる訳ないよなぁ……こんな話」
優しい声音で労われ、菫は途端に涙目になった。
「榊さん、」
「後はさ、すげー嬉しい。すみちゃんが話してくれたことが」
いつもの調子で笑う榊。菫には、そこまでで限界だった。ぽろぽろと、涙が溢れて落ちて行く。
(ここに来るまで、俺には想像出来ないくらいにしんどかったんだろうな)
内心嘆息しつつも、榊は一瞬浮かんだ疑問をそのまま口にする。返ってくる答えは知っていたが。
「まさか、店辞めるなんて言わないよな?」
「辞めませんよ。あくまで、何かあった時の為の情報です。今の私の話は」
「俺に迷惑かかるから辞めます、とか、今更過ぎるしな」
「そんなことしませんし、もし言ったら榊さん怒るじゃないですか」
泣き止み、いつもの調子で言う菫に、榊はニヤリと笑う。
「分かってんじゃん、相棒」
「だから話したんですからね。……榊さんは、私の大事な相棒なんですから」
榊は何か返すことも忘れ、目を丸くする。菫はふいと目を逸らす。耳まで赤くなっている。
「すみちゃん、もう一回言って」
「言いません!」
榊に向き直りきっぱり告げる菫に、榊がスッと身を乗り出す。伸ばした指が、菫の目に残る涙を優しく掬う。
「ま、俺はすみちゃんに巻き込まれたことなんか、一回も無いけどな」
固まる菫を見、榊は愉快そうに笑う。
菫は潤んだ目をそのままに、榊の目を見て告げた。
「……改めて、よろしくお願いします」
「おう。よろしくな」
顔を見合って数秒、無性に可笑しくなってきて、二人は揃って笑い合ったのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?