姫(♂)が王子(♀)に恋をした 3話 女子力は伝染するか

「て言ってもさ、ぼくは制服はこっちしか持ってないんだよね」

 それは問題だ。せっかく可愛らしく生きようと決意をしたのに、肝心のスカートの制服がないのでは行動に移せない。

「そっちしか買ってもらえなかったんだね」
「うん。お母さんとお姉ちゃんはぼくが可愛いの好きなのはそのままでいいって言って、むしろ推奨してくれるんだけど、お父さんはやめてくれ派だから」
 一家の大黒柱に反対されてしまってはきつい。主にお金を出してくれる人だろうしね。

「私なんかはもう、両親にはだいぶあきらめられてるよ。どうせ言ってもどうにもならないだろうって」
「さすが王子! 意志がお強い!」
「お強いって言っても、中学時代は制服のスカート履いていたけどね。そこを変えるまでの意思ではなかったよ」

「話を戻すと、どうしようね、制服。しばらく私服にする?」
 私も制服はこちらしか持ってない。
 あったとしても姫とはサイズが大きく違う。貸し出しは不可能だ。
「まあ仕方ないかなぁ。しばらくは私服で……となるとまた目立つ要素になるかなぁ」
 確かにそこも、そもそもの避けたいポイントだった。

 どうしようかと唸っていると――

「話は聞かせてもらったさー!」

「かもめちゃん!?」
 どうやら姫は割り込んできた子のことを知っているらしい。

 かもめと呼ばれたその子は、見た目はまさに元気いっぱい運動大好きといった感じ。
 肩に届かないくらいの黒髪を、飾り気のないゴムで二つ結びにしている。動くとピョンピョン跳ねそうだ。
 肌は色が濃く、さっきの語尾と併せて考えるとどうやら沖縄生まれの人みたいだね。

「ハイサイ、王子! あたしは塚崎かもめ。理来とはさっきのコース説明で一緒だったさー」
「若王子凛だよ。私のことは姫から聞いてるみたいだね」

 午前中は入学式典の後、引き続きホールで在校生と卒業生の実績紹介プレゼンがあり、そのあとに入学時点での進路希望に合わせたコースとクラス分けがされた。このコースは進路希望が変わればいつでも変更ができる。
 クラスでは選択授業の取り方とモデルケースの説明を受けた。
 クラスとは言っても、レベル選択もあり事実上全ての授業が選択制になるから、クラス単位で動くことはほぼないらしい。ホームルームもない。

 姫は美容・ファッションコースに行くと言っていたので、かもめとはそこで会ったのだろう。私の名前を知っていたのも、そこで話したのだろう。
 ちなみに私は、特にやりたいことも決まっていないからとりあえず進学コースだ。
 
「ということは、かもめも美容やファッションについて詳しいのかい?」
「いや、全然」
 否定が早かった。

 失礼な話だが、かもめの見た目は飾り気がまるでなく、ファッションにあまり関心があるようには思えなかった。
 これで美容・ファッションコースとは、人は見かけによらないものだねと思っていたけど、見かけ通りだったみたいだ。

「あたしは沖縄でも離島の生まれでさー、流行やオシャレなんてさーーーっぱりなのさー。だから女子力ってものを身に着けなきゃなって思ってるんさー」
「かもめちゃん、家が島唯一の美容室って言ってたよね」
 なるほど、これから身に着けたいというタイプか。

「だからクラスでも一番女子力の高そうな理来と仲良くなりたいんさ! 一緒にいればその女子力が吸収できるかもしれないさ!」
「それはいい判断かもしれないね。姫ほどの乙女系思考回路の持ち主は、そうはいないよ」
「夢見る乙女、舞姫理来ちゃんにお任せあれっ☆」
 自分で言うんだね。うん、とても似あってるよ。

「ということで、理来にはあたしの予備の制服を貸すさ! これで遠慮なく乙女まっしぐらになるといいさ!」
「ありがとうかもめちゃん! ぜひ、使わせて欲しいよ!」

 かもめなら、姫と身長も体格も大きくは変わらない。これにて、姫の制服問題はなんとかなったようだ。

「ところで二人は、午後の部活見学はどうするさ?」

 かもめの言う通り、今日のイベントはこれで終わりではない。
 学校のシステムや授業の説明は午前にあったが、課外活動の紹介はこれからだ。
 これは自由参加で―そもそも授業や行事も出席は管理しないみたいだけど―、公式に参加しなくてもいいよという説明を、先ほども受けている。

 そもそもこの由律学園自体、部活動にさほど力を入れていない。
 私立と言えど、新入生は200人少々で、決して多くはない。
 この人数規模で団体競技の強化をしていたら、同じ部活の人だらけになってしまうから、多様性を尊びたい学校方針には合わないらしい。

 ただ個人個人では突出した能力の持ち主が多いのも事実で、例えば文科系の研究成果を求められる部活の全国大会の表彰者や、陸上の長距離走でのオリンピック代表候補なんかはいたりもする。
 そういう一分野をとことん究めたい人たち向けの、専門技能を追及するための科目などは充実しているから、それを目当てに入ってくる人も多い。成績を残すのも納得だ。
 その人達も部活単位というよりも、個人単位で成果を上げている印象が強い。

 ということで総じて部活自体も少なく、参加率が低いために、部活紹介もスルーする人が多いようだ。

「私は行くよ。バスケットボール部に入ろうと思ってるんだ」
 私は中学でもバスケットボール部に入っていた。
 もともと運動は好きだし、この不必要なまでに育った身長を活かそうと、バスケットボールかバレーボールをしようと思った。
 両方に仮入部した結果、バレーボールでは”女子らしい”掛け声を出すことになっていたのが馴染まず、バスケットボールの方を選んだ。

 私には特別やりたいことがあるわけでもなかったから、とりあえず高校でもバスケットボールを続けるつもりだった。
 ……また「とりあえず」だ。よくないね。

「おお、それならあたしもバスケやろうかな! やっぱ運動はしたいさー! 王子なら張り合いありそうさ―!」
「ふふ、お手柔らかに頼むよ」
 早くも同じ部活に入りそうな人に出会うことができた。やっぱり今日は善き日だね。

「ぼくは午前の実績紹介であった現役生がやってるトータルコーディネートの店が気になるんだけど……、王子がバスケしてるところはぜひとも見たい!」
 姫は少し迷ったようだけど、今日のところは私達に着いてくることにしたようだ。お店には部活のない日に行けばいい、と。

 ということで、これからの予定はバスケットボール部の見学に決まった。
 一旦運動着を取りに部屋に戻り、そのついでにかもめは姫に予備の制服を渡す。

 スカートの制服に着替えた姫はやっぱりとても良く似合っていて、ものすごく可愛らしかった。

「ところでよく予備の制服なんて持ってたね。安い買い物ではなかっただろうけど」
「ああ、それはさ、あたしはガサツで、ヤンチャばっかしてたんさ。それでよく服を汚して足りダメにしてたから、予備は持っとくべきだって親が」
 姫が恐る恐る尋ねる。
「ヤンチャって何を……?」
「殴り合いとか」
 真顔で宣うかもめ。対し姫は青い顔でガクガクブルブルしている。

 ――かもめの女子力獲得への道は、ちょっと険しいかもしれない。

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