姫(♂)が王子(♀)に恋をした 2話 お互いを知るには、本音の奥底から

「一つ確認をさせてほしい。勘違いをしてるままだと困るからさ」

 時は入学式とガイダンスが終わったお昼の時間、場所は学校敷地内のカフェ。
 姫の告白からまもなくして入学式式典が始まりそうだったため、連絡先交換をして後で落ち合うことを決めていた。

ちなみに隣の席では、お侍さんがお相撲さんに文句をつけている。お相撲さんはそれをなだめているみたいで、大変そうだ。

「もしかしたら傷つけちゃうかもしれないけど、ここははっきりさせないといけないと思うんだ」

 話をこっちに戻そう。
 入学式前はなんだかいい雰囲気で終わったけど、まだ性別の確認が済んでいなかった。
 スルーしたままでは話に齟齬が生じてしまう可能性がある。こじれる前に認識を一致させておくことは必要だ。
 ということで――

「私は女なんだけど、気づいているかな?」

 そう、私は他人のことをとやかく言えない。
 174センチの高身長、肩まで届かない短髪、丸みのない体型、そして何より制服がスラックス。
 一人称こそ私だけど、喋り方も女の子らしくない。声はまあ、低い女性の声だと思うけど。
 私だって男だと思われる要素が満載だ。人のことよりもまずは自分のことだろう。

「大丈夫! ぼくは服の下には興味ないから!」
 取りようによってはきわどい回答だが、どうやらどっちでも構わなかったらしい。

 しかし告白の相手を性別で選ばないとは、さすがは性別不問の由律学園というべき人に初日から出会えた。幸先いいね。

「あ、ちなみにぼくは男だよ。ぼくもよく勘違いされるけど」

 思っていた通り、自分の性別を話すことで、相手からも明確に答えをいただけた。
 男装の美少女じゃなくて、美少女な男の子だったんだね。世に言う男の娘って存在か。

「ずっと可愛いものが好きでさ、キラキラしたもの、フワフワしたものに心惹かれてたんだ! 友達も女の子ばっかでね、よく夢見る乙女って言われてたよ!」
「確かに。乙女という言葉がよく似あってるね」
「でしょでしょ! 夢見る乙女としては、王子様そのものみたいなあなたを見て、絶対にお近づきになりたいって思ったわけ!」
 キラキラと目を輝かせて、こちらに熱弁してくれる。
 王子様そのものか……ただの庶民だけどね。

 ともあれこれで疑問が氷解した。
「なるほど、自分の性別に頓着しないからこそ、こちらの性別も気にしてなかったわけだね」
「うん。性別ってそんなに大事なことかな?って思ってる。せっかくこの由律学園に来たからには、ぼくは全力でぼくを生きるよ!」
「私もそれに同調しよう。どうにも女らしくするっていうのが馴染まなくてね。私は私らしく生きていくよ」

 ますます姫とは合いそうな気がしてきた。
 お互いに生まれ持った性別への期待というものに添えない人間だ。割り与えられた性役割の逆側をした方が自然でいられるし、輝ける。
 対極にいるからこそ、鏡写しの存在だ。

 だけど同じようで違う点を、ここに一つ見出せる。

「姫は、中学までは自分を出せなかったんだね……」

 姫は「せっかくこの由律学園に来たからには」と言った。それはつまり今まで抑圧されてきたことを意味する。きっと、校則なり、他人の目なりがあって、女の子っぽい自分を出すことができなかったんだ――あるいはいじめやからかいの対象になったかもしれない。

 その点私はずっと私のままだ。女子が髪を短くしたからといって規則に引っかかるものでもないし、制服以外にスカートを履かなくても、運動が好きでも特におかしいと思われない。

 "おとこおんな"みたいに言われることはあったけど、同性である女の子達は味方をしてくれた。

 これが逆の"おんなおとこ"では誰が味方してくれるだろうか。
 男の子に庇われれば「お前こいつに気があんのかよ」、女の子であれば「女に守られるなんて情けない奴だ」みたいに言われるのは想像に難くない。

 考えれば"男っぽい女"と"女っぽい男"に対して、世間のまなざしは結構違う。
 どうにも”女っぽい男”には弱いとか情けないみたいな、マイナスの評価が付きまとう。

 これはそのまま"男は女より上の存在"という価値観に結びついていそうだ。
 私も「女のくせに」という評価は良く頂く。男と同レベルに来るな、男に歯向かうなということだろう。

 私に言わせれば、ただの好き好きの範疇だ。
 料理が好きな男性も、スポーツ観戦が好きな女性も山のようにいる。それと変わらない。

 世の中にあるどんなアンケートを見ても、100%の支持が得られる回答はない。
 人はみな違うからこそ意味がある。自分の尺度から外れる価値観と出会ったなら、それは自分の尺度を広げられるチャンスなのだ。そこで自分の考えに固執しているうちは、人は成長できない。

 そんなことを考えながら姫の頭に手をやる。なんだか困ったような、ほっとしたような微妙な顔つきだった。

「そうするとさ、制服はそのままでいいのかな?」
 ここで疑問を一つ挟む。
 可愛いもの好きであれば、服装も可愛い方が好みなのではないだろうか。

「……ねぇ王子、自分が何を言ってるかわかってる?」

 ……姫はギロリとした視線を向けてくる。

「ぼくがスカートを履いちゃったりしたら……」

 まずいな。偏見だったかもしれない。

「めちゃくちゃ似合っちゃうよ!!!」

 違った、怒ってなかった。ただ主張が強いだけだったみたいだ。

「ぼくみたいに小っちゃくて、顔も可愛い子が可愛らしい服を着たら、それはもう、可愛くて可愛くて、学校中の人気者になっちゃうよ! 毎日もみくちゃにされちゃうよ!!」
「おお、すごい自信だね」

 そしてそれは大げさでもなさそうだ。姫は女の子の中に入れて比べても、一段上の輝きを持っている。女の子に囲まれてきた私が保証しよう。

「でもさ、姫。ここは自由の巣窟、由律学園だよ」
 姫の心配は杞憂に終わる可能性が高い。なぜならば――

「美形よりも圧倒的に目立つ、個性がそこいらにいるんだ」

 そう、ここは服装に関するルールが存在しない。
 みんな同じ服を着ていれば、その中で人は顔やスタイルに個性を見出すだろう。
 だけど服自体に統一感がなければ、着ぐるみとか和服とか、パッと見た全体像が変わってしまう方が間違いなく目につく。

 今まさに隣の席にいるお侍さんは、お相撲さんの胸に顔をうずめている――どうやらお相撲さんは、お侍さんをなだめることに成功したらしい。良かったね。

 男装の王子様がいて、美少女な男の娘がいても、同時に目に入ったならばどうしてもこの二人の絵面に勝てない。あちらが気になって仕方なくなってしまう。

 そして何よりの証拠が――

「現に中学時代は女の子にキャーキャー言われて、常に囲まれていた私が、インパクト負けして特に何も騒がれなかったよ」

 私も大概に、自己評価が高かった。うん、だって事実だからさ。

「でもさ、あの人たちも今日だけの晴れ着かもしれないよ! 明日からは現代人に戻るかもしれない」
「そうだね、その可能性はある」
 ……お相撲さんは現代人だよ。職業規定が特殊なだけで。

「もし、言い寄られて困ることになったら、私を頼ればいいさ。王子に夢中だからほかの人は目に入りません!ってさ」

 これも自分で言うなという話だけど、事実を基に客観的に解決策を示すとこうなるよね?

「それに何があっても、私は絶対に姫を、姫の"こうありたい"を守るよ」

 これも本気だ。
 私と鏡写しの姫の問題は、イコールで私の問題にもなる。
 私は最早、姫を放っておくことはできない。
 朝浮かんだ思いは、早くも決意に変わる。

 ――姫は、私が守る。

「王子……! じゃあぼくも、遠慮せずに可愛くなる! 毎日好きな服を着るよ!」

 この結論に姫もご納得いただけたようだ。
 明日からは、今日よりもっと輝く姫がお目にかかれるだろう。

 隣の席からは、相変わらずお相撲さんの胸に顔をうずめたままのお侍さんの「おっぱい……」という、幸せそうな声も聞こえる。
 お相撲さんは「仕方がないなぁ」という、慈愛の表情だった。

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