姫(♂)が王子(♀)に恋をした 1話 告白は時と場合を選ばない

王子、おはよう! 今日もまた、凛々しくてステキ♪」

「おはよう姫。姫こそいつも通り可憐で、とっても可愛らしいよ」
「王子……! そんな言葉を偽りのない心で発せる王子が好きっ♥」
「私も姫が好きだよ。愛してる」

 ――待ってほしい。これは王宮ファンタジーじゃない。
 21世紀の日本の、庶民も庶民な高校生たちの会話だ。

 そしてこれは演劇や舞台のセリフではないし、ただの軽いノリでもない。

 これは愛し合う恋人同士―私、若王子凛と恋人、舞姫理来の日常的な会話だ。

 今日は私が通うことになる高校、由律学園の入学式。
 まるで私たちを祝福するような気持ちのいい晴れ空で……この話は校長先生のためにとっておこうか。
 とにかく今日はきっと素晴らしい日になる、そんな予感をさせてくれる、いいお天気だ。

 会場となるホールには、開会を前に新入生が集まり始めたところみたいだ。

 普通の高校ならば、まだパリッとした制服を着た統一感のある光景になるのだけど、この学校には制服の着用義務はない。
 ということで、中にはラフな私服の人がいたり、うさぎの着ぐるみがいたり、お侍さんやお相撲さんがいたりする。……あのお相撲さんは本物の現役の関取じゃないかな?
 そんな中では"きちんと"制服を着ている私は、目立っていない方だ。

 ほぼ全寮制で、全国から生徒が集まるこの学校では、入学式時点で知り合いがいる人は少ない。寮で相部屋を選んだ人くらいだろうね。
 それゆえ、周囲にはさほど親しげな話し声は聞こえない。まだ初対面で探り探り、といったやり取りであれば、それなりには聞こえる。なんだか初々しくていいよね。

 かくいう私も知り合いはいない。静かに過ごす時間も取りたいから、寮は個室にしたし、県をまたいでの進学だから、元々の知り合いもいないだろう。

「あの……ちょっといい?」
 そんな中でも私に声をかけてくれる人がいた。
 きっと緊張しながらも話しかけてくれたんだ。私はその可愛らしい声の聞こえた方向に、優しく微笑みを向ける。

 目線の先にいた子は、美少女としか言いようがなかった。
 肩よりも少し長いその髪は穢れを知らない黒で、サラサラと指通りが良さそう。
 そしてその顔は芸術的なバランスで、美というものを体現していた。
 小振りではあるが、耳には十字のピアスが揺れている。細かい装飾が可愛らしさを引き出していた。
 何よりも目を引かれるのは、そのやわらかそうな頬だ。ケアによほど力を入れているのだろう、白磁器のようにとても澄んでいて、吸い付きそうという表現がピッタリだ。
 私よりもだいぶ背が低く、やはり緊張した面持ちで私を見上げてきている。

 だけど、一点どうしても違和感がある。その子は男子の制服を―いや、うちの学校は制服に男女の区別はないんだったね―スラックスの制服を着ていた。

「やあ、はじめまして。私は若王子凛だよ。キミは?」
「王子……! ぼくは、舞姫理来って言います!」
「姫か……! ふふっ。私とキミは王子と姫なんだね」
 私が声をかけると表情が一転、嬉しくて仕方がないみたいな顔に変わる。表情が豊かで可愛らしい。

 そして一人称は「ぼく」か。名前は男女どちらとも取れるけど、果たして……いや、詮索自体が失礼なことだ。やめよう。今は話を広げることだ。

「せっかくだ、キミのことは姫と呼んでもいいかな?」
「うん! じゃああなたは王子ね!」

 オーケー。これでファーストコンタクトは成功と言っていいだろう。
 自分と近しいところを探すのがコミュニケーションの第一歩だからね。分かりやすい共通点があってよかった。
 ほんのちょっとのやり取りだけど、何だかこの子とは仲良くやっていけそうな気がするね。

 ひとしきり和んだ後、急に緊張のまなざしに戻った姫から、突然の一言が飛び出す。

「あのっ……好きです! ぼくと付き合ってください!」

 実のところ、私はこれまでに何度も告白されたことがある。……全部女の子からだけどね。

 私は若王子凛という、いかにも美形王子様みたいな名前そのままだと言われている。
 見た目も王子様っぽいらしい。別に狙ってるわけじゃないんだけどね。どうも女の子っぽいものが苦手でさ、制服もスカートじゃなくてスラックスにしたし、髪も肩まで伸びれば切っちゃう。うまいこと背も高く、メリハリもなく、顔つきも女らしくならなかったおかげで、私は立派に王子様になれた。……なれたでいいのかな?
 そのおかげか、特に中学に入ってからはたくさんの女の子から好意を向けられることになった。

 と言うわけで、私は今初めて男の子から告白を受けているのかもしれない。
 ……私と同じスラックス派の女の子かもしれないけど。

 ここで改めて状況を整理しよう。
 今は入学式が始まる直前、ここは入学式が行われるホール。つまり思いっきり人の目がある。
 そしてあまり話をしてる人は多くない。つまり周りにも声は良く聞こえている。

 ということは、この告白は多くの人の目にするところになったということだ。
 これは大変な覚悟のいる行為だ。私はこの勇気ある行動に誠心誠意応えよう。

「ありがとう。私なんかを好きになってくれて嬉しいよ。告白はとても勇気のいることだ。キミのその行動力に敬意を払おう」

 中学時代王子様スマイルと呼ばれた微笑みを姫に向け、右手を胸元に持ってきて敬意を示すポーズを取る。これはこちらも誠意を持ってお答えするというアピールだ。
 姫の口からは「素敵……」という言葉がこぼれ出るのが聞こえた。

 とは言え簡単に答えを出していいものでもない。
 恋愛関係になるというのは、友情とはまた違う特別なものが必要だろう。

 私は結局、今まで誰の告白にも頷くことがなかった。
 相手が女の子だったから嫌なのではない。単純に特定の誰かを好きになることがなかったんだ。

 恋愛とは多くは一対一、極めて狭い関係だ。
 そして友情よりも序列が上なものとして扱われる。友情よりも優先しなければならないものだと。……私はその相手を誰か一人を選ぶことができなかった。

 だから今のところ、お決まりの答えを返すしかない。

「まずはお友達から、ということでどうかな?」

 一般的にこれはお断りに該当する言葉だ。
 私には付き合おうという意思はないのだから仕方ない。嘘はつけない。

 だけど、友達になりたいというのもまた嘘ではない。
 なにしろ私たちの出会いはついさっきだ。お互いのことをほとんど何も知らない。

 それでも初対面で好印象を感じたことも事実だし、仲良くなれそうだとも思えた。
 これから深く知りあっていくことで、感情が変化するかもしれない。

 あるいはショックを受けかねない回答ではあったが、姫は満面の笑みを浮かべてくれた。

「うん……お友達からで、よろしくね♥」

 姫自身も、いきなり恋人にはなれないと思っていたのかのしれない。この結果には満足そうだ。

 ひとまず親愛の証として右手を差し出す。
 姫もそれに応えて、私に近づいてきて……抱きついてきた。

 友情としてそれはやりすぎなんじゃないかという気もしないではないが、文化圏の違いかもしれない。ヨーロッパならばたとえ異性だろうとハグは単なる挨拶だ。もしかしたら留学経験があったり、身近にヨーロッパの人がいたのかもね。
 ……それに私も悪い気なしないし。

 相手がハグで来たので、こっちも抱きしめ返した。
 ――あ、やわらかくていい匂いがするする。はちみつかな?
 私のほうが背が高いから、包み込むような形になる。なんだか「私がこの子を守ってあげたい」みたいな気分になる。

 すぐに離れることにはなったが、周りからの視線をかなり集めてしまい、小さな拍手も送られた。
 別にカップル成立したわけじゃないんだけど、声を聞かずに動きだけ見てたらそう思えるかもしれない。
 私は目立ち慣れてるし、何と思われてもいいけどね。

 こうして、私と姫は高校生活における友人第一号からスタートした。
 ――それから恋人になるまでに、大した時間はかからなかったけどね。




※この作品は別名義でノベルアッププラスにも掲載しています。

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