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「私の夫と結婚して」 - 運命に屈しなければ人生は必ずやり直せる

★★★★★+

良い意味で、大きく期待を裏切られた作品でした。久しぶりに次の週が待ちきれないほど夢中で観た気がします。もともと好きな役者ではありましたが、パク・ミニョンの知らなかった面というか、想像より遥かに奥行きのある姿に揺さぶられ、他のキャスト陣もみんな見事。たくさんの登場人物たちがバランスよくまとまっていて、最新というよりはここ10年くらいで築きあげられた韓国ドラマの鉄板を凝縮して磨き上げられた感のある一本でした。

あらすじ

タクシー運転手だった優しい父を早くに亡くし、母も昔不倫をして出ていってしまったジウォン(パク・ミニョン)にとって、子供のころからの親友であるスミン(ソン・ハユン)は唯一の心の支えでした。

ジウォンはもともと大手食品会社のU&Kで働いており、同僚のミンファン(イ・イギョン)と社内恋愛をして結婚に至りましたが、勝手に仕事を辞めて投資でも失敗続きのミンファンはすっかりヒモ状態。さらに息子を溺愛する義母からの罵倒もひどく、結婚生活は最低でした。

しかもステージ4の胃ガンと診断されてしまうジウォン。それでもジウォンの稼ぎをあてにしている夫と義母は仕事を辞めることも家事を休むことも許してくれません。いよいよ病状が悪くなり入院していたジウォンですが、ミンファンが入院費まで使い込んでいたことが発覚し、慌ててタクシーに乗って家へと向かいます。

自分の人生に絶望するジウォンに、タクシーの運転手が「最後まで行ってみなければわからない」と言って美しい桜並木を通って行ってくれました。しかしタクシーを降りて家に入ったジウォンは、自分にかけた保険金の話をしながら他の女性とイチャついているミンファンを目撃します。しかもその不倫相手は親友のはずのスミン。激昂して詰め寄るジウォンでしたが突き飛ばされてガラステーブルに後頭部を強打して死んでしまいます。

ところが「死んだ」と思った瞬間、ジウォンが気がつくと「U&K」のオフィスにいました。しかも目の前には、同僚だったが今は辞めたはずのミンファン。さらに同じ職場で働いていたスミンもいます。ついさっき自分を殺したはずのふたりを見てパニックになりオフィスを飛び出すジウォンですが、部長のユ・ジヒョク(ナ・イヌ)が心配し追いかけてきてくれます。

そしてそこでジウォンは、周囲に広がるのが昔のソウルの街並みであることに気がつくのです。日付は2013年4月12日。夫に殺される10年前、まだ結婚していなかった31歳のころの自分になっているのでした。

自分の置かれている状況をなかなか理解できないジウォンでしたが、このタイミングの自分が知らないはずのことも分かるので、次第に自分が10年前にタイムスリップしたのだと受け入れていきます。このまま行けばまた同じ人生を繰り返してしまうとミンファンと別れようとしますが、別れ話を出すと急に怒り始めるミンファン。しかもミンファンのせいでお金もほとんどないジウォンは引っ越しすらままなりません。

そこで思い出したのが、ミンファンが投資で最初で最後の大当たりを出した銘柄のことでした。これから上がっていく株もわかっている。お金の問題はなんとかなりそうだし、健康診断をしっかりしていれば病気にも早く気付けるはず。運命を変えられるのではと期待するジウォンでしたが、ふとしたことから「起こることは避けられない」のだと気づきます。しかし運命を他の誰かに転嫁することはできそうということにも。

ジウォンはミンファンとスミンを結婚させ、スミンに自分の運命を背負わせることを決意します。一方でジウォンのことを妙に気にかけてくれるジヒョクにも何かありそうで…。

ただの復讐モノに留まらない奥行き

序盤こそありがちなタイムリープもののようでもあり、ミンファンとスミンが結婚したらジウォンにハッピーエンドが訪れる気楽な展開を想像していました(初っ端から殺されているので土台穏やかではないのですが)。それが6~7話で潮目が変わってくると、一気に話が深まる気がしました。運命は変えられるのか、何のために時間を戻ったのか、手に入れたい幸せは何なのか…。

そして物語はやがて殺るか殺られるかの境地に。憎しみのためというよりも、自分と自分の大事なひとが生きるために死の運命を何がなんでもミンファンとスミンに負わせなければならないのです。ここまで来るとジウォンとスミンの対決の狂気だけでも観ずにいられない気持ちになりました。と言っても振り切った非現実的な殺し合いではなくて、それぞれが切実に追い込まれているのです。不幸を脱ぎ捨てて幸せを掴みとりたいふたりは互いに一歩も譲りません。

強烈さを畳み掛けるキャラクターたち

スミンというのがまた凄まじい人間で。というよりそれを表現するソン・ハユンがすごい。正直、悪女の演技というのは普通の人を演じるよりもやりやすそうな印象があるのですが、スミンはまったくもって凡庸な悪女ではありません。初めこそ、極端に性格が悪くて人のものをすぐ欲しがるステレオタイプな嫌な女なのかと思って観ていたのですが、次第に「思ってたよりヤバい女だ」と感じるようになります。ジウォンさえそう気づく瞬間があるのですが、本当にそこで背筋が寒くなりました。呼吸するように嘘をつくのはもはや病気なのだろうなとすら感じる言動。ジウォンよりも自分が幸せになるのが世の理だと信じて疑っていないような表情。ソン・ハユンあっぱれだなと思いました。

そして想像を絶する悲劇に襲われるところから始まり、完全なる善の主人公でありながら、自分の未来のために復讐に身を投じるジウォン。これもまた何重にも折り重なる感情を抱く難しいキャラクターだと思います。極限に達した悲しみから生まれる憎しみを目に湛えるときのジウォンの表情に鳥肌が立ちました。一方でジヒョクに向ける眼差しは別人に思えるほど慈愛に満ち、パク・ミニョンという女優の凄みを実感しました。彼女に対してはラブコメのイメージが強かったのですが、夫と親友に殺されるという究極の裏切りを人がどう受け止めるのか、実に説得力をもって見せてくれています。

後半から登場するBoAがさらに斜め上を行くクレイジーなキャラクターだったりするのですが、それはそれでスパイスとして、また話を決着させるために必要な存在といった感じ。やはり軸にあるのはスミンとジウォンという2人の女性のねじれにねじれた運命の紙縒りです。普段そこまで女同士の泥沼の争いに興味はないのですが、これは見応えがありました。

ちなみにミンファンのクズっぷりもとにかく想像を上回って、さらにさらに上回っていきます。途中から1ミリも愛はないんだなと分かってきて、もはや一種のサイコパスなのかと。スミンとは違う意味で怖い。怖いけれど本質的に小物なので、ジヒョクをどこまでも引き立ててくれる重要な存在です。

不幸の分だけ訪れる素敵な出会いも

悪役がそれぞれ強烈で圧倒するものがありつつ、ジウォンとジヒョクを囲む善き人々がいるのもまた、最後まで心を掴まれて観終えることができる大きな理由。ジウォンの同級生だったウノ、後輩社員のヒヨンを筆頭に先輩社員であるミンジョンやジヒョクを陰で支えてくれるイ室長はこの殺伐とした世界観の中に必要な癒しになってくれます。

もちろん、肝心のジヒョクは終始一貫して完璧な王子様。地位も富も容姿も揃っていてジウォンの幸せだけを心から願い尽くしてくれる。極端すぎる気もしてしまいますが、ジウォンの不幸を思うとそれくらいの幸せが降ってきてほしいと思ってしまうのです。異次元のイケメンを自然に演じきっているナ・イヌ。こういう俳優さんがいるのが韓国ドラマだなぁとしみじみしました。

緻密かつ大胆になだれ込むエンディング

またキャラクターだけでなく終盤にかけての展開が巧みで、果たしてどんなエンディングを迎えるのか読めるようで読みきれず、どんどん引き込まれていきました。ジウォンの初めの死の状況も想像以上に意味があったことに気付かされます。原作未読なのでどのくらい原作どおりだったのかは分からないですが、設定や人物の魅力に頼るだけでなく緻密に練られた脚本という印象。面白かった。最終回は少し前の韓国ドラマらしい尺を贅沢に遣う余韻もあって、満足度の高い作品でした。



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喜怒哀楽ドラマ沼暮らし

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