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孤独な思考の七転八倒が、言葉に価値を宿らせる。

パッと出した意見が面白かったりするし、話をしているだけで興味深いことを言う人がいる。

だが、それは当たり前だが、パッと出した考えでもなければ、思いつきでもない。

それは何百時間考え続けてきた思想や脳システムに、繋がった意見や考えだ。

パッと出る意見も、ふとした話も、決してその場で考えているのではなく、一人でながーい沈滞した時間をくぐって、出来上がった思想的なるもの、からポロっと生まれた意見だ。

「おれはこう思う」とか「こうだ」というような何気ない、目に見えるようなコミュニケーションは、誰にも繋がれない一人の時間で考え築かれた思想という幹と根から繋がった、先っちょにある幾千もある葉っぱの一つに過ぎない。

目につくのは枝葉だが、大事なのは、幹と根。

枝を伸ばし、みずみずしい葉や綺麗な花を咲かせられるのか。

その思想がどこまでの射程を捉え、そしてそこから紡ぎ出される言葉がどこまで遠いところかつ奥深くまで響くかは、根と幹にかかっている。

根を育てる作業は、誰の目にも見えないし、地味で何もしていないように見えるが、そういう孤独な思考の七転八倒が、今後の枝の成長、そして葉っぱの瑞々しさや実の大きさや数を決める。

noteは根を下に伸ばし、幹を太く大きくする作業のひとつだ。


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※今回のnoteは、このnoteから着想を得ました


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