見出し画像

人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 十九話「船出を見送るひとびと」

登場人物紹介

織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春(おだのぶはる)」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。

弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。

ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。

助左衛門(すけざえもん): 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久(いまいそうきゅう)の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。

十八話のあらすじ

世界に跋扈する、悪しき魑魅魍魎を払う力を授かった信長一行。住吉の神々に、それぞれの力を引き出すための訓練を受け、初歩的なことは出来るように。彼らはアフリカを目指して、いよいよ出港することになりました。

十九話

秋晴れの空の下、涼しく爽快な風が吹いている。分身したゴブ太郎が堺の街の港に停泊している西洋帆船キャラック「濃姫号」の帆を張る作業を進めていた。今井宗久、千宗易(のちの千利休氏)そして織田長益(のちの織田有楽斎氏)が集めた焼き物は、すべて「濃姫号」の船のなかに収まった。

船出のときを迎え、尾張から秀吉が。なんと、武田との戦いを目前にして臨戦態勢の三河からも、こっそりと家康が見送りに来ていた。宗久と宗易、長益、そしてルイス・フロイスもいる。

「上様~! 藤吉郎は威勢よく海の外へ向かわれる上様を、どえりゃあうらやましく思っとるがね! これをお持ちしときゃあて」

秀吉が、一枚の紙を手渡す。墨(すみ)で書かれた文の脇には、赤い印が押されていた。

「なんじゃ。羽柴秀吉、この者に商売を認める……?」と信長は文を読んだ。

「この藤吉郎が日の本を平定したあかつきには、海の外の商売を認めるこの書状を商人たちに渡す予定だぎゃ。上様はその第一号だがね。この書状を持っとる船を、朱印船(しゅいんせん)とでも呼ぶぎゃあ。今はまだ日の本の、この堺のあたりでくらいでしか効力はにゃあが、そのうち日の本のどこでも……いや、そのうち明をたいらげて大陸でもこの朱印状で上様がご商売を出来るようにしてみせまする」

「ふむ……さすがは商売に長(た)けた藤吉郎の考えじゃ。そうしておぬしの治めるところでは、商売をまとめるのじゃな」

「そのとおりだぎゃ。今はまだ海賊も多くあちこちに出没しとるで、上様、どうぞお気を付けて行きゃあて」

「うむ。ありがたく受け取っておこう」

「……上様、私からはこれを」

家康も進み出て、そっとひとつの袋を差し出した。

「これは? 家康殿」

「我が母が、手製で作った味噌にござる」

「おお、於大(おだい)の方さまが。海の外での長旅では、食べるものもまことに異なるだろうて、味噌は重宝しそうじゃ。これもありがたく頂戴いたすぞ、家康殿。心遣い、感謝致す」

「味噌より、わしの朱印船のほうが役に立つと思うみゃ?」

「いやいや。腹に響く私の味噌の方がお役に立つ」

秀吉と家康が、自分の持参したものを誇って言い合いを始めようとする。

「……まあまあ、秀吉殿、家康殿。どちらも我が兄上を思っての品々、優劣を競うこともありますまい」

長益が笑ってふたりをなだめた。

「おれからは、多少の金銀をお渡しします。旅路に不要と言うこともありますまい。どうぞお持ち下され」

「おお、源五。助かるぞ」

信長は、長益から金銀の入った袋を丁重に受け取った。

「わてと宗易はんからは、これを」

宗久が差し出したのは、いくつかの繊細な作りの扇(おうぎ)だった。

「ふむ、扇か」

「焼き物もええけど、扇はおそらく日の本にしかあらへんものやで、それなりに高く売れるものになるやろう思います。荷物としてかさばるものでもありまへんで」と宗易。

「うむ、これもまたありがたく受け取っておこう」

「とうとう出立ですなあ、信春はん。助左、しっかり信春はんのお役に立つんやで?」

宗久が弟子の助左衛門を諭す。

「当たり前でんがな! 行く先々の港で、この日の本の焼き物やら扇やらをぎょうさん海の向こうのおひとらに買うてもらいまっせ」

「その意気や。なんや、海の外へ行ける助左が、わてもほんまにうらやましゅうてかなわんわ」

「お師匠はんの代わりに、世界をこの目で見てきます」

「頼むで。無事に戻ってくるんやで?」

「任しといておくんなはれ!」

助左衛門はトンと胸を叩いてみせた。

「私から上様には、こちらを」

ルイス・フロイスはくるりと丸めた羊皮紙と、いくつかの箱を、信長に渡した。羊皮紙は開くと何枚かの世界地図。箱の中は望遠鏡や方位磁針など航海用具の一式だった。

「おお、これもまたありがたいものじゃのう」

信長はルイス・フロイスに礼を言う。

「まずはイエズス会の所領となっている日の本の長崎を目指してください。以前お渡しした書状によって入港出来ます。それから、マカオ、マラッカ、コチン、ゴアといった我がポルトガル海上帝国の居留地をたどれば、このキャラックで弥助の故郷、アフリカへ行くことが出来るでしょう」

「……ルイスさま。オレをふたたび奴隷にしないでくれて、見逃してくれてありがとう」

弥助も感謝の気持ちをルイス・フロイスに伝えた。

「我がイエズス会も、我が主イエス・キリストの教えに忠実であれば本来は奴隷など認めるわけにはいかないはずなのですけれどもね。そこは宣教師である私としては、同じイエズス会に所属しながら奴隷貿易に走る連中を快く思ってはいないのですよ。……よほど日の本の地に生きる市井(しせい)のひとびとのほうが正直でこころが澄んだ者たちも多く、ここは神の地パラダイスと言っても差し支えないくらいに思っています。こんなことは国への報告書には書けませんが」

ルイス・フロイスが複雑な表情を浮かべる。

「まあ、戦国の世の日の本でも、戦(いくさ)となれば負けたところの者たちを自分の国へ連れ帰るか、得た国の土地で働かせることは常だからのう。戦の多き今の世のことじゃ。是非もなかろう」

「そうおっしゃっていただけると、すこし気が晴れます、上様」

ルイス・フロイスは、信長の言葉にほっと息をついた。

「上様のことは僕にお任せください! ヴェネツィア商人の末裔(まつえい)として、必ずお役に立ってみせます」

「ええ、頼みましたよジョアン。四人に我らが主イエス・キリストのご加護がありますように」

ルイス・フロイスは厳かに十字を切った。

『ノッブ! 船が出る準備はもう出来たヨ!』

『それでは参りましょう、公』

ゴブ太郎と天使ナナシに促され、信長一行は受け取った品々を持ち、西洋帆船「濃姫号」に乗り込んだ。

「それでは出発じゃ! 長崎へ参るとしようぞ」

「兄上、お元気で」と長益。

「上様、この藤吉郎もすぐに日の本を治めて海の外へと向かいまする!」

秀吉が調子の良い口調で告げた。

「……日の本のことは私も尽力致しまする、上様」

家康がそっと目を細めて見送る。

「信春はん、お気張りやす」と宗易。

「助左、大金持って、帰ってくるんやで~」と、宗久が手を振った。

こうして、西洋帆船キャラック「濃姫号」は秋晴れの下、心地よい風を帆に受けて堺の街をあとにした。

(続く)

※ 秀吉公が発案している「朱印船」は、彼が天下統一を果たした後にポルトガルやオランダ、そして東南アジアなどと商売をするために使われた日本の貿易船です。秀吉公が発案して使用し、その仕組みそのものは家康公にも受け継がれ、三代将軍の徳川家光公が鎖国するまで続きました。

※ 家康公が渡した味噌は、戦国時代には兵士の食料として広く使われていました。家康公のお生まれになった岡崎城の近くにある八丁村では、江戸期に入って味噌作りが盛んになったと伝わっています。

次回予告

長崎を目指し、瀬戸内の海を行く信長一行。乗せた商品をねらって、さっそく海賊が現れます。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりさすらいのスターシードさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

いいなと思ったら応援しよう!