人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 六十三話「キジムナーと子どもたち」
登場人物紹介
織田信長: みなさんご存知、尾張生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。
助左衛門: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋または呂宋助左衛門。
ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。
天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。
六十二話のあらすじ
キジムナーがひとの家に火を付けたのは、ひとびとが自分の家を建てるために、キジムナーが暮らしていた森を焼き払ったからでした。信長公はキジムナーを船に乗せ、新たな住みかへ連れていくことにして、ガジュマルの木の精霊との話は落ち着きました。今度はひとびとへの説得を、一行は試みます。
六十三話
「あきさみよー、わん家焼けとぅ……。まさかやー」
火は消し止められたものの、ほぼ全焼をして住めなくなった家を前に、家の主と思われる村人ががっくりと肩を落としてつぶやいた。
『なんということだ、家が焼けてしまった、まさかのことだ、と言っています』と天使ナナシが訳す。
焼け跡に集まってきた村の外れの住人たちは、家を無くした村人を励ました。
「ちばりよー、まくとうーそーけー、なんくるないさー」
「命どぅ宝さー」
『彼らは「ガンバレ、良い生き方をしていれば、なんとかなるさ」そして「命こそ宝だからね」と言っています』と天使ナナシ。
周りのひとびとに励まされ、家を無くした村人は元気を取り戻したが、キジムナーを見て激しい怒りの形相と化した。
「キジムナー! ふりむん、げれん、ふらー、たらんぬー、ぽってかす!」
『彼は……』
「良い、天使ナナシよ。怒りの罵声であることは、沖縄ことばを知らぬこの儂でも分かるわい」
信長は天使ナナシが律儀に悪口まで訳そうとするのを、すみやかに制した。
「天使ナナシよ、哪吒殿のように、儂の言葉をその者と通じさせてはくれまいか?」
『……了承致しました、公』
天使ナナシがうなずき、中空に手で紋様を描くと、信長の発する言葉が村人に伝わるようになった。
「村人殿よ、失礼いたす。そなたは家を焼かれ、キジムナーをどうにでもしてやりたいほどに怒っておろうぞ。……しかしながら、そなたらが新しく作った家々は、その前には、キジムナーが住んでおった豊かな森があったのぞ。ひとびとが『命どぅ宝』と言うのであれば、その豊かな森も大切な命なのではなかったかのう?」
信長の言葉に、村人は顔をしかめた。
「わんよー、家を焼かれて、何もかも失ってしまったさー! キジムナーのふりむん、許すことはできないさー! 殺さないだけマシと思って、さっさと目の前から消えてほしいさー」
「……このキジムナーは儂らが連れて行くものの、かようにキジムナーだけを怒る由がそなたたちにあろうかのう? 森を焼いたというは、キジムナーやそこに暮らす生きものたちをも焼いた、ということじゃ。果たして『命どぅ宝』に添う暮らしぶりか、よう考えて下され」
村人の説得をし得なかった信長は、寂しそうにそう言った。
「キジムナー。コロポックルのいる北の蝦夷地へと参ろうぞ」
『……うん』
村人たちから離れ、意気消沈をしてとぼとぼと歩き出す一行。そこへ、草の茂みからそっと「おーい」と呼ぶ声があった。村の子どもたちだ。
「なんだろう? 助左くん」
「子どもはんらがこっそり手招きしてはるな」
「話を聞いてみよう、ノッブ」
ジョアンと助左衛門と弥助は話しあい、一行はキジムナーとともに子どもたちのところへこっそりと近づく。
「キジムナー、ほんとにいたんだね!」
子どもたちは、キジムナーを見て目を輝かせた。
「ごめんね、ぼくらの親が森を焼いてしまったから、キジムナーは怒ったんだよね」
「だけど、見せたいものがあるんだ。……こっちに来て」
子どもたちがささやき、草の向こうへ走っていく。
『なんだろうネ、キジムナー』
『うん。けどおいら、子どもは好きだよ、よく遊ぶときもあるし』
ゴブ太郎と顔を見合わせ、キジムナーも子どもたちのあとに続く。
『わあ……!』とキジムナーは目に映ったものを見て、歓声をあげた。
一行は開けた土地に出た。そこはまだ荒れ地だったが、子どもたちの植えたガジュマルの木の小さな苗が一本、あった。
『おいらの木だ! まだ小さいけど』
キジムナーは顔をほころばせる。
『ありがとう、植えてくれたんだね』と、ガジュマルの木の精霊は、子どもたちに礼を言った。
「うん。キジムナー、ぼくらがこの木を大きく育てるから、いつかきっと帰って来て」
「そのころには、きっとこのあたりはまた豊かな森になってるから」
『……今は、まだおいらの森を焼いた君らの親を許せないけど……君らを憎むのは、違うってことは分かったよ。気が向いたら、沖縄にまた来る』
「うん。……良い旅を、キジムナー」
子どもたちは、別れの手を振った。
「良い子らじゃの、キジムナー。なんじゃ、泣いておるのか」
『ぐすっ。おいらだって沖縄の木の精霊だよ! ほんとは誰かを憎むなんて、したくないや』
キジムナーは小さな手で涙を拭いた。
『何十年か先、何百年か先には、おいらの森が戻るかなあ』
「うん、キジムナーくん。きっとあの子たちが、新しい森を作ってくれるよ」
ジョアンはキジムナーの思いを受け、そっと答えた。
「ひとまず解決やな、信春はん。舜天はんのところへ戻りまっせ」
「そうじゃの、次は秘宝のことについても、聞かねばのう」
『なら、キジムナーを連れて、船に戻るヨ! そろそろ船の支度が必要だよネ、ノッブ』
「おお、そうしてくれるかゴブ太郎よ。舜天殿には儂らだけで一件落着を告げたほうが、確かに良かろうな」
『それでは、わたくしも船の準備を手伝いに戻りましょう』
ゴブ太郎、天使ナナシとの話も進み、キジムナーをふたりに任せた信長たち四人は、舜天の待つ円覚寺へと戻っていったのだった。
(続く)
※ ふりむん、げれん、ふらー、たらんぬー、ぽってかすは、どれも沖縄方言での悪口だそうです。世代によって主に使っていることばが違うようです。
次回予告
キジムナーの件を解決した信長公一行は、舜天公のもとへと戻ります。
どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりハル、16才のnoteさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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