見出し画像

人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 十六話「すみよっさんからのお呼ばれ」

登場人物紹介

織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春(おだのぶはる)」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。

弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。

ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。

助左衛門(すけざえもん): 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久(いまいそうきゅう)の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。

十五話のあらすじ

ひとびとの、こころない噂(うわさ)話に心を痛めていた弟、織田長益(おだながます、のちの有楽斎(うらくさい))氏のところへ現れた信長公は、彼を慰(なぐさ)め、焼き物集めを手伝ってもらうことにしました。長益氏は織田家のあとを公に代わって子々孫々が続いて行くよう、便宜を図ることを決意したのでした。

十六話

信長は岐阜で弟の長益と会い、織田家のあとを任せることと、岐阜や美濃の焼き物集めの協力依頼を取り付け、堺の街に戻ってきた。そのあいだにも今井宗久、千宗易(せんのそうえき、のちの千利休氏)による日の本の各地から取り寄せた焼き物の品定めは進んでいた。天使ナナシの羽根をゴブリンのゴブ太郎が分身の術によって増やした、袋入りの緩衝材(かんしょうざい)を用いて焼き物とともに配下の者たちに箱詰めさせる作業も順調だ。

「……じきに美濃からも、源五(げんご、織田長益氏)の茶碗が届こう」

信長も茶器の品定めをしながら、宗久と宗易に告げた。

「さいですな、信春はん。長益はんのぶんも堺に届いて、お船に焼き物を載せ終わったら出発。寂しゅうなりますなあ」

宗久が言葉を帰す。

「ははは、何を言う、宗久よ。儂(わし)はもともと既に本能寺で死んだ身。幻の商人『小田信春』など、船が出れば忘れてくれても良いのじゃぞ」

「何をおっしゃいます。信春はんが築き上げてきた日の本の世の中がどうなるやら、この宗久もしっかりと信春はんの代わりに見届けますわ」

奥の間で信長たちがそんなことを話していると、トタトタと廊下を駆ける音が聞こえてきた。

「お師匠はん!」

陽に焼けた健康的な肌の少年商人、助左衛門(すけざえもん)がひょっこりと顔を出した。

「おう、助左(すけざ)。そない急いでどうしたんや」

宗久が尋ねる。

「すみよっさんが、信長公をお呼びでっせ! 海の女神の豊玉姫さまから話を聞いて、会いたくなったんやて! 船旅になる面子(めんつ)を連れて、住吉大社まで来るようおっしゃってますわ」

「なに。これから我がキャラック船『濃姫号』に乗る者たちというと、儂に、弥助。おぬし、そして蘭丸……いやジョアンか。天使のナナシと、ゴブ太郎もかのう?」

「さいですわ。ルイスの旦那のところには、俺が走って行ってジョアンを呼んできます!」

「おぬしはジョアンを知っておるのか?」

「同い年の少年商人やで、ときどき堺で遊ぶこともありますわ。せやから仲はええと思うで!」

「ふむ。ルイスも、良い人選をしてくれたものよのう」

「のぶな……いや、信春はん、すぐ追いつくよってに、すみよっさんに出発しておくんなはれ」

「分かった。急ぎはせ参じるとしよう」

答えて、信長は腰を上げた。

「すみよっさんには、わてらもお世話になってるよってに、よろしゅう頼みますわ、信春はん」

「行って来なはれ~」

宗久と宗易が出立(しゅったつ)する信長を見送った。

すみよっさん、住吉大社は、古事記・日本書紀にすでに記述が見える、古くからの社(やしろ)である。最初の男の神である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が、死の世界から帰ってきた際に、そこで得てしまった穢(けが)れを清めるため、水で禊祓(みそぎはらえ)をしたときに三神が誕生したとされる。神々の名は底筒男命(そこつつのおのみこと)と中筒男命(なかつつのおのみこと)と表筒男命(うわつつのおのみこと)で、そこにこの三神とゆかりの深い神功皇后(じんぐうこうごう)も祀(まつ)られている。

お祓いの神々であり、航海安全の神々であり、和歌の神々であり、古くは農耕、近い時代には商業、工業などにも及ぶ産業の神々でもある。本能寺の変が発生した天正10年、西暦1582年のこのときには、そのすこし前の石山の合戦で本願寺勢に火を放たれて社が焼失しており、天正6年、1578年に信長が住吉大社を訪れたときも社ではなく、社に関わりのある者の館(やかた)に宿をとったと記録されている。

「ノッブ! すみよっさんというのは何だ?」

「昔は、遣唐使や遣新羅使のような、大陸や半島へと向かうひとびとの守り手の神さまがたであったんじゃ。そのうちの三神の方々は、日の本のあちこちに社のある神さまがたでな、底筒男命さまと中筒男命さまと表筒男命さまは今も航海安全の守り手として名高い。紅一点の神功皇后さまは、その昔に神託を受けて半島へ攻め込みに行ったと伝わる女子(おなご)ながらにたけだけしい神さまじゃ」

信長は弥助の問いに答えたあと、思案した様子でぽつりとつぶやいた。

「儂に、何の用事じゃろうか? 航海安全を約束してくれるというならば心強いものと思うが……。攻めて大陸や半島を手に入れよとでも言うのであれば困ったものよ。本能寺で謀反(むほん)に遭(あ)い、一度死んだと心得(こころえ)た儂じゃ。せっかく死んだつもりで武士の身分を引き、商人になったというに。できればそれは御免(ごめん)こうむりたいのう」

『ええ。日の本の天下取りだけでなく、大陸や半島への武力進出。そのようなことはわたくしもまったく望んではおりませんよ』

天使ナナシが相づちを打った。

(続く)

次回予告

住吉大社を訪れた、アフリカへの航海を始めようとする信長たち。天使に妖精に妖怪、魑魅魍魎のひしめくこの不可思議な世界を無事に渡って行けるように、特別な支援を神さまがたがしてくれることになります。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりさかき きこさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?