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創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」9話 絵美とジョニーと周りのひとびと

8話のあらすじ

地球の日本では、絵美の姉、真菜(マナ)が妹の頼みにより、絵美のボーイフレンド、ジョニーの両親を助けてくれた氏神さまであるスサノオノミコトへのお礼のお供え物を届けに行った。妹の偉業に比べて、自分は何も出来ないゴクツブシだと悩む真菜。彼女のかすかな夢は、テレビ番組「世界の海のビフォア・アフター」で目標の場所となる南半球の無人島、ヘンダーソン島でゴミを拾うことだった。そんな姉妹のいざこざは知らず、とうとうバレンタインデーとなったジョニーは、どんなメッセージを絵美に贈ろうか悩んでいた。ここからは、ジョニーの記録。

9話

日時: 2222年2月14日 バレンタインデー(火星自然創生コロニーにて)

記録者: ジョニー  マイジェンダー: やや男性 15才

出身地: ブリテン  趣味: ネコとたわむれること


ついに来た。絵美のボーイフレンドになってから、初めてのバレンタインデーだ。先の2月9日には、絵美に共用コロニーでレストランのご飯をおごってもらってしまったから、せめて今日は僕からのアプローチがしたかった。

どうしよう。地球から持ってきた、故郷のロンドンの街並みが線画で描かれたカードを使うのは決まったけれど。肝心のメッセージがなかなか思い浮かばない。僕の親代わりをしてくれているマッシモさんに相談したら良いかもしれないけれど、出来ればこういうことまでは、ちょっと秘密にしておきたい。そうだ! 神さまなら? 個人的な祈りがほかに漏れたことなんて、これまでにあったこともないし。

大いなるひとつの神さまという、全宇宙に満ちる広すぎて漠然とした存在には相談しようもない気がするし、第一、ラファエルに聞いた大いなる神さまが決めた掟や、この世界が矛盾だらけのことを考えると、とんでもなく性格が悪そうに思えて嫌だ。イエス・キリストならば、どんな悩みでも引き受けてくれそうだけど、もっと深刻な悩みや苦しみを持っている多くのひとを押しのけてまで、こんな小さな相談をするのも気が引ける。マリアさまはみんなの聖なるお母さん。優しく受けとめてもらえそうだけど、今回の悩みは出来れば経験豊富な男の人に聞いてほしい。

うーん……昔の彫刻とか、絵とかに残る多神教の、絵美の言う小さな神さまがたなら? 僕らの遠いじいちゃんやばあちゃんに相談するようなものかもしれない。それなら出来るかもしれないな。

……うん、やってみようか。

僕は意識を集中して万物や神々と意思の疎通が出来る「コミュニ・クリスタル」を使った。腕時計型の透き通った水晶のような表面に「ジュピター」と名前が浮かび上がる。こういうことに強そうなイメージの神さまをお願いしたんだ。

『ふむ、わしを呼んだか。どれどれ力になってやろうかのう』

カーテンを体に巻き付けたような格好の、巻き毛の髭と髪が長い老人の姿が現れる。

「ジュピター。いや、ゼウスかな? あなたなら、その……女性経験が豊富かな、と思って」

『ジュピター、ユピテル、ゼウス、まあ名前は時代と場所とで変わるものじゃからの、そこに畏敬の思いがこもっておれば何でも良いのじゃが。どれ、好きな子へのメッセージカードを作るのか? それは確かに悩むのう』

ジュピターがにんまりと笑った。

「いろいろと考えたんですけど、いい言葉が決まらなくて」

『簡単なことじゃて。僕のバレンタインになってください。これでよかろう』

「いや! 絵美は日本人だし、そんなに押した言葉を使うのは、ちょっと」

『そうか……。ではアイラブユー。決まりじゃ』

「なんか、直球すぎません?」

『ひとへの愛なぞ、シンプルなもんじゃ! こねくり回して分かりにくく、伝わりにくくなるよりはマシじゃろうて」

「うーん……」

ジュピターの言うことも最もだ。だけど、僕から押しすぎて絵美に引かれてしまうのが、一番怖い。

「Happy Valentine’s Day! でどうでしょう?」

『なんじゃ、どこぞの市販のカードによくある言葉ではないか』

「無難すぎますかね……」

『このさき、おぬしはガールフレンドと、もっと仲良くなりたいのじゃろう? キスしたり、もっと言えば……』

「わあ! それ以上は、もういいです」

やっぱり神さまなんてろくなもんじゃない! こちらの考えが筒抜けなだけに、ものすごく恥ずかしい。

『ならば、無難な文言に、あなたが特別ですよ、というアピールが必要じゃな。女性はのう、何回もアイラブユーを重ねてやっと心に届くものなんじゃよ』

「そうなんですか……。どうしようかな。Happy Valentine’s Day! に、もうちょっと特別な意味を込めるとしたら。Emi, my dear. (親愛なる絵美へ)はどうでしょう?」

『決まりじゃな』

ジュピターはにっこりと笑って姿を消した。

「ありがとうございました、ジュピター」

僕は礼を言った。……なんだ、世界でたったひとつの大いなる神さまがあらゆる決め事をしていると思うから、僕は理不尽なことがあると腹が立つのかもしれない。ジュピターのように、もしくは絵美にゆかりのある多神教の神さまスサノオノミコトのように、神話としてひとの延長線上でその性格が残り、通信アイテム『コミュニ・クリスタル』で意志の疎通が出来る、こちら側に近い意識体を持てる小さな神さまがたは、神さまといっても喜怒哀楽があるし、……その、ジュピターだったらあっちこっちに女性遍歴があるとか、ものすごく人間臭い。世界にあまねくあるエネルギーに近い存在だという大いなるひとつの神さまは、やっぱりどう考えても、矛盾だらけのこの世界を統べている絶対に性格がねじ曲がっている嫌な存在としか考えられないけど。小さな神さまがたなら、これからもすこしづつ頼りに出来るかもしれないな、なんて思ってしまった。

さて、メッセージカードにペンで直筆の「Happy Valentine’s Day! Emi, my dear.」を書いて。火星の生活で貯めたお金を、ようやく大きく使うきっかけがやって来た。

僕は「コミュニ・クリスタル」で、火星に欠かせない存在となっている、ある人たち……たぶん人に含まれると思う、異星人を呼んだ。

火星の個人ドームに取り付けられた、放射線を遮る作りの扉のインターホンが鳴る。僕の「コミュニ・クリスタル」には訪問者が「グレイ」と表示されていた。

「こんにちハ! グレイ宅急便だヨ!」

あの特徴的な顔の、無表情にそぐわない軽い口調で、個人ドームの玄関の向こうにUFOでやって来た異星人、グレイが爽やかに挨拶した。

「入っていいですよ」

「了解! お邪魔しますネ」

個人ドームのドアは開けなくても、彼らは瞬間移動で部屋の中へ来ることが出来る。21世紀の段階では、世界のトップシークレットになっていた彼ら、宇宙人。宇宙には、僕らよりも科学技術が発展しているグレイのような半分物質型の宇宙人や、肉体をほとんど持たないアストラル・サイドの意識だけの、小さな神さまがたにも似た宇宙のかつてのハビタブルゾーン(生命存続可能域)に生きていた意識体、つまり地球に現在残る神さまがたよりもさらに古いスピリット、神霊に近い宇宙人などで構成されたネットワークがあって、それぞれシリウスやアルデバラン、アークトゥルスといった、彼らが意識体として残る域の恒星の名を冠した宇宙人を名乗っている。その集まりを「全天21星連合」と、僕らは呼んでいる。彼らは地球の僕らを手助けするために意識体として存在していることが、23世紀の現在には明らかになっている。さんざんホラーやフィクションの映画として作られていた攻撃的な異星人、というのはまったく存在しなかったわけだ。

グレイはあの世とこの世の狭間であるアストラル・サイドに意識体を持ち、なおかつ三次元世界で実在することのできるボディを持っていて、UFOでひとつの空間地点ともうひとつの空間地点をワープするときは一旦意識体に変化し、三次元世界の物理的な「場所」という制限を取り払うことが出来る。

そこまでは、まだ僕らの地球と火星の科学力ではたどり着いていなくて。でも何でもかんでも教えるということは、地球人の僕らの自発力を削いでしまうことになるそうで、高次元のあちら側で構成されている宇宙意識のネットワークは基本的に三次元世界のこちらに姿を現すことはめったに無い。

例外がグレイで、彼らは20世紀のころは当時のどこかの国と秘密協定を結び、地球人が理解できる程度の科学発展をするための技術を伝えていたのだという。だけど、人間は自分たちを殺し合い、傷つけあうためにその力を使うものだから、グレイも困って三次元世界に肉体を持たない宇宙意識たちとも話し合った結果、実技を伝えるよりも、アストラル・サイドの意識体から、ひとびとに送るインスピレーションを通してより地球の環境や生き物、そしてひとびとが自分たちの手で穏やかに暮らせるように陰から応援するようになったらしい。

地球と火星との主な物質の輸送は、地球人の科学力でようやく出来るようになった軌道エレベーターと宇宙船とでやっている。火星での移動手段は、人型にも車の形にも変わるフロンティア・ロボを使う。けれど、この僕の絵美に贈るメッセージカードのように火星で今すぐ誰かに何かをじかに送りたい、という状況が起きたときには、彼らグレイの出番となる。それが「グレイ宅急便」だ。

グレイのワープや瞬間移動などの転移能力、人間よりも過酷な宇宙環境に耐えられるボディの能力をお借りして、極めて短期間で行う必要がある火星の個人コロニーどうしの物資のやりとりや、火星と地球のひとびとの間で行う、比較的小さい大きさをした個人的な物資のやりとりが出来るのがUFOを使った「グレイ宅急便」で。

それが使えるのはグレイともコンタクトが取れる「コミュニ・クリスタル」を持っているひとびとだけの特権だ。僕はバレンタインデーの今日、絵美に今すぐメッセージカードを届けてもらうために、その特権を初めて使うことにしたんだ。

「まいド! 確かにメッセージカードをお預かりしましタ!」

グレイはその緑色の小さな手で丁寧に僕のカードを受け取った。

「よろしく」

「ハイ! それからコレはちょっと宣伝だヨ! 今、グレイ宅急便はドリームゲームで、宇宙船に乗ってもらうひとを募集しているヨ! ぜひお友だちと遊んでほしいネ」

そう言って、彼らが開発したらしいゲームの宣伝までして、小さな宇宙配達人は僕の個人ドームを後にした。 

(続く)


次回予告

10話は、絵美。グレイ宅急便でメッセージカードをバレンタインデーに受け取った彼女は、とても喜んだ……。絵美の記録。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーに、イメージの合う宇宙人グレイの絵がなかったので、拙いながら私がペイントツールで描いたものです。




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