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中国の変な日本語に惹かれる理由

先日デイリーポータルZさんの記事にて、中国で見つけた変な日本語を紹介・品評する企画に参加するという、大変貴重な体験をさせていただきました。

お誘いいただいたライターのライスマウンテンさん、対談に参加して見事な品評・ツッコミを見せてくれた電波系メイドのあやらさん、デイリーポータルZ編集部の方々、お読みいただいた皆様などに、この場を借りて謝意を表します。

この記事でもご紹介いただいた通り、僕は中国に住みながらこれらの味わい深い変な日本語を集めています。

ECサイトを何時間も巡回して変な日本語の商品画像を探したり、フィールドワークと称して怪しい輸入雑貨店や日本料理屋に出向いて写真を撮ったり、時には実際に買ってみたり、それらを毎朝Twitterに投稿するなどの活動に勤しんでおります。

もう少し役に立ちそうなことにこの労力を注いでいれば今頃社会人としてもうちょっと成功していたような気もしますが、そんな後悔を見て見ぬフリをしつつ、このnoteでは自分がなぜこんなにも変な日本語に惹かれるのかを整理してみたいと思います。

はじめに:下手な日本語をバカにする意図のものではない

中国の変な日本語を語る上で、最初にことわっておくべき点があります。僕がこれら変な日本語を愛好しているのは、決してつたない日本語を嘲笑う意図のものではないということです。

中国の変な日本語商品の多くは日本語ネイティブに向けられたものではなく、日本語がわからない人に向けた日本っぽさの演出としてパッケージなどに組み込まれるものです。その過程で生まれた、中国ならではのディテールを無視したエキセントリックな日本語の面白さが愛おしいのです。

もちろん一生懸命翻訳しようとしたものもあるだろうし、もし本当に日本人に向けて作ろうとしているのだとしたら…と時たま思い悩むこともあるのですが、そういう気持ちも吹っ飛ぶほどのインパクトに出会うことが楽しく、この趣味をやめられないでいます。

ネイティブ日本人として非ネイティブ話者が操る日本語にできるだけの敬意を示しつつ、それでも誰かに教えたくなるような脱力感や興奮に出会うために、日々活動を続けています。

「日本人には作れない日本語」という希少性

中国の変な日本語には前述の通り、エキセントリックでインパクトのあるものがたくさんあります。たとえばこれ。

こまごまと散りばめられた微妙に意味をなさない文章も気になりますが、何よりも目を引くのはやはり商品コピーと思われる「チタ鋼の星座クロの眼鏡チェ!」です。一体もともとは何を書こうとしていて、それをどうこねくり回したらこんな文字列が出力されてくるのか。そのプロセスが全くわかりません。

仮にこれを日本語ネイティブに「面白い日本語の文字列を作れ」と無理にやらせてみたとしても、「チタ鋼の星座クロの眼鏡チェ!」は一生かかっても出てこないでしょう。大喜利なら優勝確実です。

このような日本語文法のルールを体得している人間には絶対に作れない、かといってただランダムに単語を引っ張ってきたわけでもない絶妙なバランスのフレーズに、知的好奇心がどうしようもなくそそられる。これが変な日本語の魅力の一つです。

中国的「とりあえずやってみよう」精神の現れ

変な日本語商品の一大ジャンルとして「パチミレー」という存在があります。

高知県で製造されているご当地お菓子の「ミレービスケット」に似せたもので、そのパッケージの多くにはビスケットの甘い香り以上に香ばしい日本語が満載されています。

ある網紅(ネット上のインフルエンサー)のライブコマースで本物のミレービスケットが爆売れしたことを皮切りに、ミレービスケットの模倣品が中国全土で爆発的に広まりました。ECサイトを少し探せば、無数のパチミレーを見つけることができます。

いまやその勢いは止まることを知らず、ビスケット以外の商品にも似たようなデザインが派生するという訳の分からない事態にまで発展しています。

パクリ商法の悪辣さはもちろんありますが、それにしてもその勢いには目を見張るものがあります。もし彼らが「この日本語正しいのかな、間違ってないかな」「ネイティブチェックしたほうがいいかな」「日本の本家に知られたらどうしよう」などと細かいことでモタモタしていたら、ここまでのスピードで広がっていくことはなかったでしょう。

中国では「勝てば官軍」的な、とりあえず多くのインプレッションを得て規模を広げながら走り抜けていき、細かい問題点については見てみないふりをするか、あとからちょっとずつ修正していくようなやり方が成功への王道ルートです。

さながら『プロトタイプシティ』で論述されていたような、「とにかく手を動かすことから生まれるイノベーション」という今の中国を支える原動力とも言えるようなエネルギーの一端を垣間見ることができるのが、中国の変な日本語なのです。

テクノロジーの進歩により消えゆくことの儚さ

変な日本語を支える大切な要素に、自動翻訳があります。

意識の低い業者が最速で日本っぽいパッケージを作ろうと、百度翻訳などの自動翻訳サービスに適当な中国語を放り込み、これまた適当に出力されてきた精度の怪しい日本語がそのままパッケージになる例がたくさんあります。

しかし近年、自動翻訳も日進月歩で進化しており、かなり精度の高い翻訳をするようになってきています。DeepLなどのフリーで使えるものでも細部の精確さはともかく大筋で意味の通る文章を出力するようになっており、支離滅裂な翻訳をすることは少なくなりました。

テクノロジーが進化するのは喜ばしいことですが、それはとりもなおさず自動翻訳が織りなす味わい深い日本語がどんどん見られなくなってしまうという意味でもあります。だとすれば今のうちに見つけて保存しておかなければ、失われた文化として人々の記憶に残らなくなってしまいます。

時代の貴重な記録を後世に残すための活動として、僕は今日も変な日本語を狩りにに行くのです。

実はスゴイ日本の指標

もう一つ、変な日本語が見られなくなってしまうかもしれない理由があります。それは、中国の隆盛と日本の衰退です。

日本語がパッケージに用いられ、日本っぽく演出された商品が売られるということは、中国ではまだ「日本の製品=技術が優れたもの、品質の高いもの」というイメージがある程度生きていることの現れでもあります。日本というブランドに訴求力があると思うからこそ、怪しい中華業者達は戦略として変な日本語を宣伝に使うのです。

しかし最近は中国も発展がめざましく、自国の技術や文化にどんどん自信をつけるようになってきています。加えて、日本も個々の分野では戦えている部分も多いものの、近年はわかりやすく世界をリードするような産業を打ち出すことができず、経済的には停滞が続いてます。

こうした理由により、中国人から見た相対的な日本の魅力は下がっていく一方です。先の品評会でも、参加者の実感として変な日本語を見かける場面は目に見えて減っているという共通認識があったのですが、こういった趨勢と無関係ではないでしょう。

国際競争力だの覇権だのイデオロギーだのには興味がありませんが、これからもいい感じの変な日本語が供給されるように、日本が国際的に大きな存在感を持った国であり続けてほしいと思うばかりです。

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以上、中国の変な日本語についてその魅力を様々な面から考えてみました。

僕はおそらく息の長い趣味としてこれからも変な日本語ハンティングをやっていくと思いますが、この記事を読んで興味を持ってくれる人が増え、共に戦うハンターが一人でもいてくれたなら幸いです。


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