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己の中の「出羽守」と向き合う

「海外出羽守」という言葉が人口に膾炙して久しいです。いやまあ実際にはTwitterの中でくらいしか通じない用語なんでしょうけど、ここはひとつ膾炙したということでお願いします。

一応説明をしておくと、海外出羽守とは「でわのかみ」の音と「海外では~」という言い回しを掛けた言葉で、海外の事例を引き合いに出しながら日本がいかにダメで遅れた国かと嘆いてみせる人のことを言います。

なにかと揶揄されがちな海外出羽守さん達ですが、海外在住の身としては正直気持ちが分からないでもないというか、自分の中にも「出羽守」が住んでいるな〜と感じる瞬間が今までの中国生活の中で度々ありました。現在もまだ完全には消えていません。

この記事はそんな自分の中の「出羽守」を分析・相対化し、向き合おうとする試みです。

「海外で生きてる俺スゴイ」という意識

特に日本から出てきたばかりの時に陥りやすいのが、「海外にいる自分、スゴイ」という錯覚です。実際の能力や立ち位置がどうなのかとはあまり関係なく、「海外でやっていけている自分」に対して妙な万能感を覚えてしまうことは、海外在住者ならままある事だと思われます。

僕自身がまさにそうで、ごく初期のご飯の注文すらできなかった頃を抜け出して普通に生活ができるようになってくると、すぐに「ひょっとして、俺って結構すごいんじゃね?」という意識を芽生えさせていました。肩で風を切って街を歩き、メシ屋のオッサンに親しげに話しかけていたような覚えがあります。ついこの間までひとりでは何にもできなかったくせに、なんと厚かましいことかと思い返して恥ずかしくなります。

仕事を本格的に始めたあたりからその万能感の薄っぺらいことに気づき、自信を粉々に砕かれてからは多少謙虚になりましたが、今になっても「こんなに中国人の中に溶け込んで生活してるんだし、みんなもうちょっと褒めてくれてもよくねえ?」みたいな気持ちに陥ることはあります。

こういった自意識を微調整できず、薄っぺらい万能感を増長させたまま1年、2年(あるいはもっと早い段階から)と海外生活を続け、「日本から脱出していまこんなにキラキラしてる俺すごいでしょ?」としたり顔で喧伝する人が出羽守と呼ばれるようになるのでしょう。

僕も周囲の人や適度な挫折経験に恵まれなければそうなっていたかもしれません。謙虚でありたいものです。

アピールポイントとしての出羽守

上記のような自意識問題とも重なるのですが、「他人とは違うワタシ」の演出としての出羽守、というパターンも考えられます。

「海外に住んでいる」「海外に詳しい」ということをみんなにアピールしたいわけです。それらは多くの場合ブランディングやビジネス的な目的と結びついて、フォロワーを集めるための手段となります。

「〇〇(任意のSNS名)フォロワー○○万人」や「不労所得で月〇〇万円稼ぎました」などと同じような耳目を集めるためのキャッチコピーとして「海外滞在歴○○年」「〇ヵ国に留学経験あり」などがプロフィールに書き連ねられます。

そしてフォロワーを増やしたい人は炎上商法が好きなので(偏見)、良くも悪くも議論を呼びやすく拡散しやすい日本ディス、すなわち出羽守しぐさを選択してしまいます。またこういう人は目的のためならデマを拡散するのにもためらいがないので(さらなる偏見)、平気で事実と違うことがばら撒かれるケースまであります。

語気を強めに書いてしまいましたが僕自身もまだまだ自意識に囚われている部分が強く、嘘を拡散しない事にこそ気を付けているものの、Twitterやnoteのプロフィールに「中国在住〇年」と「嫁が中国人」をずっと残したままです。それが無ければ誰からも話を聞いてもらえないような気がするし、かといって他に特筆すべきようなスキルや実績もないからです。

そういう意識を残しているという意味では、僕もまだ出羽守的発想を脱却できていないのでしょう。

「日本的な抑圧」からの逃避行動

自分が一番日本をディスりたくなるのは、いわゆる「日本的な」もののせいで物事が上手くいかなかったときです。

・取れそうだった仕事が日本の長すぎる決裁待ちのために時間をロスしてしまい、最終的に流れてしまった

・日本人会の集まりがクソつまらなかったうえに、中国を過剰に見下すような言動に同調せざるを得なかった

・進めようとしていた社内改善を日本人上司に「そんなこと聞いてない」の一言でストップさせられた

このようないかにも「日本的な」理不尽を受けたときには、「これだから日本人は内側に向いてばっかりで…」とか「これだから日本式の社会は効率が…」のような恨み言が思わず口をついて出てきそうになるものです。実際に言葉にしたりツイートしたりしていたこともありました。

中国に来て日系企業で働き、一番うまくいっていなかったときの自分は当時流行っていた厚切りジェイソンの「日本を斬る」的なツイートを引用RTしながら日本社会の非効率性をディスるという世にも恥ずかしい行為に手を染めていた記憶があります(もうほとんど削除したと思うのですが、もし残っていても掘り返すのはどうかご勘弁ください)。

なぜそんなことをしていたかを自分なりに振り返ると、これもやはり自分の自意識を守るためだったように思います。本来であればそういった理不尽に対抗できない自分の能力や心性を呪うべきなのでしょうが、すべての問題を自責的に捉えられるほど人間の心は強くありません。少なくとも僕には無理でした。

本質的ではない「日本的な抑圧・非効率」という概念を持ち出し、それを仮想敵として攻撃することで自分は悪くないのだと安心を得ようとする思いが、日本ディスの裏にはあります(ありました)。

あなたが今日SNSで見かけた「出羽守」も、ひょっとしたら実人生がうまくいっていない、かわいそうな人なのかもしれません。優しくしてあげましょう…とは言いませんが、矛盾を指摘してやりこめようとしたりするのではなく、そっと距離を置くくらいの対応に留めてあげてください。

比較よりもリアルを

ここまで「出羽守しぐさ」をわりと強めにディスった文章を書き連ねてしまいましたが、自戒をこめて…という部分が大きいです。

僕は承認欲求とカネに飢えている自覚があり、いつキラキラ系出羽守に身を堕としてもおかしくないという自意識のもと生きています(今やったところですぐにボロが出て終わりでしょうけど)。

自意識の克服はなかなか難しいですが、海外にいる個人として大事にしていくべきなのはどの国が優れているとか見習うべきとかいう大きな話ではなく、身の回りにあるちょっとした日本との差異や習慣の違いなどに対する感動・興味のほうだと信じてやっていきたいです。

とりあえず明日からもTwitterには街やネットで見かけた意識低い系中華アイテムやおかしな日本語の写真などをアップしていきますし、noteにもマーケター必見の一次情報ではなく、自分の手が届く範囲の中国に触れて感じた何かを素直に書いていきたいと思います。

もしも僕が自意識の中に踏みとどまれずに「まだ日本で消耗してるの?中国のすべてがわかる最新テックトレンド一次情報サロン・月額9,800円」とか始めてしまった暁には、お読みの皆様にて全力で止めていただきますよう切にお願い申し上げます。何卒、お願いいたします。

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