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東大生ってどんな論文書いてるの?②

迎です!第二弾です。

こちらはなかなかの自信作だった論文です!

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緊急人道支援のディレンマとは
ディレンマの構造解明とその軽減に向けて

はじめに 
 冷戦後、紛争構図が劇的に変化したことで、紛争の一つの帰結でもある人道的危機も激変した。冷戦後に生じた多くの武力紛争は、直接的な暴力行為の犠牲者だけでなく、紛争当事者によって扇動されたジェノサイド行為や武力紛争に伴う飢餓や伝染病による犠牲者までも生み出してしまったのである。1990年代に生じた、ルワンダ大虐殺やスレブニツァの虐殺事件及び旧ユーゴスラビア紛争時のあらゆる虐殺、ソマリアやリベリアという破綻国家の出現はまさにその例といえる。

このような紛争の中では、無数の非戦闘員が被害を負った故に、緊急人道支援はますます拡大した。しかし同時に、1990年代に発生した人道的危機は紛争要因と密接な関係を持ち、不安定な安全状況下で発生する「複合性」を持っていたため、人道支援に内在する限界が明らかにされることとなった。緒方貞子元高等弁務官は1992年に開催されたジュネーブ国際会議において、次のように発言している。


 「紛争と危険を絶つための措置が、ソマリア全土とその周辺地域で同時に執られて初めて、我々の努力 は報われるでしょう。ケニア北東部では、連日のように難民や人道機関職員への攻撃があり、彼らの生 命と財産に損害を与えました。どのように紛争が人道支援活動に悪影響を及ぼしたのかを詳しく述べさせて下さい。10月8日には、医薬品、避難装備や遊牧民のための道具類を乗せた輸送機が、ケニアから ソマリアのバイドアに初めて着陸しましたが、その直後に、あるソマリアの武装勢力がこの都市を攻撃 し、この日に予定されていた二度目の飛行も中止されました。世界食糧計画は、バイドアへの国境を越 えた物資の供給を取りやめ、即座に職員と装備を引き上げさせました。もし、我々の救援物資が被災者 の下へ届けられると確信できないときには、人道支援は無益であるだけでなく、我々の職員と協力者を 危険にさらす逆効果をもたらし、軍事指導者や盗賊に利益を与える結果となるのです。」


 緒方貞子元高等弁務官のこの発言は緊急人道支援の限界、この論文のテーマでもある「武力紛争における緊急人道支援のディレンマ」を端的に説明している。この発言は1992年になされたものであるが、このような状況は現在にも続いている。

2016年シリア人道支援では、シリア北部アレッポ近郊で、国連などの7万8000人分の人道支援物資を運んでいた車列が攻撃を受けた。その時、在英のシリア人権監視団(SOHR)は、物資の輸送に携わっていた12人が死亡したとされる。南スーダンでは南総合的食料安全保障レベル分類 (Integrated Food Security Phase Classification、略称IPC)の最新報告によれば、「人口の40%を超える490万人が食糧、農業および栄養の分野で緊急の支援を必要としている。」とされているにも関わらず、2016年7月に国連WFP(国際連合世界食糧計画)が支援した22万人の1ヶ月分の食糧にあたる4500トン超の食糧が武装集団によって略奪された。近年、このような被害は増加傾向にありそれに伴い人道支援機関職員の被害者数も増加しているのである。
 

この緊急人道支援のディレンマという問題は戦争長期化の一要因ともなっている以上見逃せない問題であり、そのメカニズムの解明はディレンマの発生を抑制となるための方策を考える第一歩となるはずである。本稿では世界各地のケーススタディを元に、先行研究を批判的に検討しながら、緊急人道支援のメカニズムを解明しそのディレンマの構造をいかにすれば解決できるのかを明らかにしたい。


緊急人道支援のディレンマについての先行研究
緊急人道支援のディレンマに関する先行研究は多くあるが、ここではその代表とも言えるメアリ・B・アンダースン(Mary B. Anderson) の主張を挙げる。アンダースンは研究成果は緊急人道支援のディレンマを五つにカテゴリー区分したことである。


 一つ目は「略奪」のディレンマである。はじめにで挙げた、南スーダンにおける食料略奪の事例はこのディレンマに当たる。略奪とは単なる盗難には止まらず、盗難した援助物資を武装集団が紛争のための道具として利用したり、現金化して武器などに転用することにもつながる。このような状況が続けば、善意であるはずの人道支援が軍事転用によって、悪意に転化し戦争の長期化をもたらすことになる。


 二つ目は「市場の影響」のディレンマである。このディレンマは緊急人道支援によって差し迫った人道危機を解決しようとすることで、逆にその国の国内経済を混乱させその国の生産性を減退させることである。職員の安全確保を行う際、現地の警備員や運転手など様々な雇用が生まれるため、それに伴って経済に影響を与えることは自明であろう。これは国における受益の偏向、そして発展途上国における問題の根幹とも言える貧富の差を拡大させてしまうことにもつながる。


 三つ目は「分配の影響」のディレンマである。このディレンマは人道支援が、宗教や民族的な理由から不平等に分配された時、分配された側と分配されなかった側での緊張が強まることになることを主張したものだ。特にマイノリティに対して支援された時は、多数派と少数派の間での対立が強まることがしばしばある。


 四つ目は「援助の代用効果」のディレンマである。このディレンマは国際人道組織が人道支援を過度に行うことで、その国家の政府が自国の人道危機的状況に無関心になり、資金を人道支援ではなく軍事に投資するようになることで、戦争が激化することである。


 五つ目は「援助の正当化」のディレンマである。このディレンマは国際人道組織が人道支援を行う際に、武装勢力の命令を聞き入れることがその武装勢力のある種の「正当化」であると捉え、その正当化によって力の拡大につながるということを主張したものである。例えば、武装勢力は国際人道組織に対して、護衛の雇用料や車両の使用料などをサービス料という名目で強制的に徴収したり、 あるいは援助物資の課税、課役、通貨の交換レートの決定などを認めるように強く要求することがある。国際人道組織がそれらの要求を拒否すると、援助活動の停止や中止を迫られ、最悪の場合には活動地域から追放されることがあるために、やむなく武装勢力の要求を認めることになるという事態が発生する。


 以上、アンダースンの考える五つのディレンマを列挙した。次項では、アンダースンの考える緊急人道支援のディレンマのメカニズムを、ケーススタディを元に批判的に検証し、メカニズムをより厳密に解明する。

アンダースンの先行研究に対する批判的検討
 アンダースンのカテゴリー化は大枠で捉えられており、ディレンマの解決を考えるためにはさらに細かく見る必要がある。この章では、アンダースンのカテゴリー化を参考にしつつ具体的な事例を用いながら厳密な分類を行う。


 まず、アンダースンの考える一つ目のディレンマ「盗難」では、盗難されたものが現金化され軍事物資の資金源となることで戦争が激化するケースのみが扱われた。ソマリア内戦でのケースで見れば、「ソマリア赤新月社が挙げた事例によると、配給所に運ばれる食糧二〇〇袋のうち、護衛に一〇〇袋、運転手に一〇袋、長老と配給所の監督者に五〇袋が流用され、残りの四〇袋が被災者に配給されたに過ぎなかった。」というケースに当たる。しかし、「盗用」のディレンマにはもう一つのケースがあり、上記の「配給用物資の損失」だけでは不十分である。提唱するもう一つのケースは「物資の配給妨害」である。このケースでは、盗難されたものが軍事物資の資金元へと転用されることによってディレンマが生じるのではなく、武装集団Aが武装集団Bへの人道支援を妨害することで兵糧攻めを行い、人道支援の中立性が失われ、武装集団間の対立が助長されることでディレンマが生じる。以下はこのケースの具体例である。

 ソマリア内戦で、アリ・マハディ派は一九九二年一一月末からの約六週間にわたりモガディシオ港を閉鎖した。モガディシオ市内での戦闘において劣勢にあった同派は、国連による和平プロセスを支持していたが、一九九二年一一月二五日、WFPがチャーターしたアイディード将軍派への輸送船を砲撃 、モガディシオ港への入港を阻止した。この物資が、おもにアイディード将軍派 の支配地域に配布される物資であったからである。

 このような敵対勢力への物資配給の管理・輸送の妨害、敵対勢力側の住民の避難強制によって人道支援の中立性が損なわれた時、戦争当事者間の緊張が激化することは自明であろう。


 次に、「市場影響」のディレンマについて考える。アンダースンは人道支援の過程、プロセスにおいて援助物資の保護や職員護衛のために支払う賃金が国民間に受益の偏向を生むとした。確かにこの論理に誤りはないが、この議論では人道支援物資が配給されること自体に対する議論がなされていない。よって「貧富の差の拡大」というケースに加えて「避難民の物資依存」というケースを加えたい。

まず、下図に注目してほしい。

ソマリア内戦が激化する前の穀物の生産者価格は、どの穀物も、1kg当たり1000から2000シリングであったので表の示すとおり、穀物価格は、1992 年10月頃には通常の水準に回復した。CAREの調査によれば死亡率も低下している。しかし、それ以降さらに穀物価格が下落している。これは人道支援が過剰であったことを示しており、穀物価格の暴落は現地農民の意欲低下へと繋がったことで、農民は生産をやめて余剰生産物を腐敗させたまま放置、多くの農民や農業労働者は人道援助物資に依存するようになった。このソマリア内戦における具体的事例が示しているように、人道支援はそのプロセスだけではなく、その内実つまり物資配給という点にも問題を抱えているのである。


 ここまでアンダースンのカテゴリー化したディレンマのうち二つに修正を加え、より厳密化させた。残りの三つについては、研究の結果、補うべきことが発見されなかったため暫定的には修正を加える必要がないとして良いだろう。次項では、修正を加え厳密化させた緊急人道支援のディレンマのメカニズムに基づいて、そのディレンマの解決への提言を行う。

ディレンマ解決への提言
ここでは、先行研究の批判的検討を踏まえたディレンマの解決への方策を詳述する。ここではディレンマ解決の方策として二点を挙げる。

一つ目の方策は「軍隊との協力を推進する」ことである。これは前項で詳述した「盗難」、「市場の影響」、「援助の正当化」という三つのディレンマを軽減することに貢献できることが期待される。軍隊との協力を推進すれば、軍事力を行使しないとしても配給物資の盗難や配給の妨害に対する「抑止力」が発生するはずであり、これは武装集団からの盗難を逃れることにつながる。また、軍隊を同行すれば現地勢力に国際人道職員のための護衛料や保護料を払わずに済む。そうなれば、国際人道支援に伴って発生する賃金が受益の偏向を生むという事態も発生しなくなる。同時に現地勢力に賃金を払わずにすむので武装集団の要求をやむえず受け入れなければならないという事態も発生しづらくなるため、武装集団を正当化することも少なくなる。このような意味で軍隊との協力はディレンマ解決に非常に有効だと言える。


 これに対し、軍隊との連携は中立性を損なうという議論もあるが、武装集団によって近年人道支援被害が増加していることが示すように中立性は軍隊を連行しなくてもかき消されてしまうことが多くなっている。さらにNGOには意識は別にして、国籍の問題がつきまとわざるを得ない。なぜなら、財政基盤が脆弱なため政府から助成金を受けることが多いからである。政府の意向を汲むことが必要になるからである。このように中立性を維持することにそもそも限界があるならば、軍隊と協力することでディレンマを解決することを目指すことの方が有用であると考えられる。


 二つ目の方策は「過激な武力紛争地域への人道支援は取りやめる」ことである。この方策はディレンマ全ての軽減につながるが、特に盗難のディレンマの解決に貢献すると言える。軍隊を同行させたとしても、戦火を交えることは望ましくない。「抑止力」の発動にとどめるべきであり、「軍事力」を発動すれば人道支援団体側への被害も拡大してしまう。人道支援物資には限りがあり、すべての人道危機を解決することが物理的に不可能なことを考えれば、ディレンマの発生する可能性が低い場所でまずは確実に人道的危機を解決するべきである。ディレンマの発生により、戦争の長期化や過激化を招けば逆効果となるだけだ。

本稿では、この二つの方策を提唱し、本論を閉じることとする。


おわりに
この論文では、アンダースンの先行研究に対して批判的検討を行い緊急人道支援の抱えるディレンマをさらに厳密化した。この論文はディレンマのメカニズムを明細に書き記したという点で学術的に意義があるといえよう。しかし、明細に記した5つのディレンマについてすべてに対処することができるような方策を提言することはやはり非常に困難であり、今回も部分的に解決する方策を提言することにとどまった。


 このことは裏返していえば、緊急人道支援のディレンマは、軽減することはできても、人道支援をする中ではどうしても付きまとうものなのだとも言える。我々はディレンマが戦争の長期化や激化の一要因となっている以上、その軽減に努めなければならないが、同時にディレンマを抱えるしかないのだということも自覚しなければならない。

もし、ディレンマを抱えてはならないという前提に立てば、それは人道援助をやめて被災地への関与をやめることにもつながる。そのようになってしまっては人道支援本来の目的を見失ってしまっていると言えるのではなかろうか。ディレンマという課題に直面し続けなければならない以上、そのメカニズムを厳密に理解しておくことは重要であろう。


 本稿では、ディレンマの軽減に貢献する方策をメカニズムという観点から抽象的に導き出したが、ケーススタディによる十分な立証は行なっていない。軍隊と協力することでどれほど人道支援の被害は減少しているのか、過激な紛争地帯への人道支援がいかなる結果を生んできているのか。

といったことをデータや資料を用いて具体的に検証することを今後の研究課題としたい。


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これはなかなか頑張っています!



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