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小説『FLY ME TO THE MOON』第40話 ニッキー・コーラ

そして1週間が経過した。

雨も降った、カラッカラに乾いて暑い日もあった。

それでもボードを持って、代わる代わる立ち続けた4人。

何の応答もなかったが、4人にはそれしかなかった。

ただ、さほど苦ではなかったのは本音だ。


下着だけでも着替えはあるし、食料もあるし、水もある。

なにより安全がここにはあった。


今だけは・・・


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『神楽さん、スタジアムの件・・・ずっと見てますけど毎日朝から夜まで続いてますよ、絶対神楽さんの事だと思うのですが・・・いいんですかね』


例のボードを持って立っている白髪の少女を見つけた監視員が、神楽に心配そうに声をかける。

神楽は先の尖った教育ママ的眼鏡の先端を、右手の中指でスッと上げ、画面を目を細めて覗き込んだ。

そこには、ボードを両手でしっかり持って、カメラを真っすぐ見つめる如月の姿があった。

その目はこちらを見抜いているように、見透かしているように、射る様な眼力を放っていた。

ゾッとするような感覚に似たものを感じた神楽。

間違えていると知っててお前らは言いなりになっているのか、それで良いのか、それでどうなる・・・・そう言われているような・・・この時、自分の気になっていた気持ちが、自分の迷いへと変わっていくのを感じ、神楽は怖くなってその場を立ち去った。


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パイロンが鉄パイプを3本まとめて運ぶ。

羽鐘がその倍の6本運ぶ。

何気ない流れ作業だが、虎徹が羽鐘の筋力が気になった。

『そういや羽鐘は何かやっとったんか?スポーツとか』


『え?あ、父親がもと自衛官だったの。んで、私の夢だった歌う事への役に立つこともあるだろうつって、柔道をこっぴどく教え込まれたっす。』


『ほう、柔道か、どうりで引きの筋力があると思ったわい。』


『お陰様で身体は丈夫っすよ!』


『そうかそうか、パイは・・・その足と肩はラケット系じゃな』


『凄いですね、ハイ、テニスです』


『なるほど、何かやってると、どこかで役に立つもんじゃな、スポーツに限らずな話じゃけれど。』


『そうですね』『そうっすね』


『あーもう全然反応ないわーボケカスー』

その白髪をオデコから思いっきり後ろにかきあげて、しかめっ面で後ろ髪を5回ほどバサバサ泳がせ髪に空気を送り込んだ。


『睦月、疲れたでしょう、少し休むといいわよ』


『ありがとパイロン』

如月は差し出されたコーラをパイロンから受け取り、ステージに座って温いコーラを口にした。



『ふぅ、温い炭酸嫌いじゃないんだよね、あ、いつも思ってたけれど、このニッキーコーラのキャラさ、なんで骨付き肉が笑ってんの?このコーラ肉からできてるの?』


『あ!知ってるっす!ニッキーコーラの創立者が、もともと精肉店を営んでいたらしいっすよ、で、肉を柔らかくする為の秘伝の漬け汁に炭酸水こぼしちゃって、父親にコラー!って思いっきり怒鳴られたのがきっかけでニッキーコーラが出来たって聞いたっス。その炭酸漬け汁を舐めたら美味しかった的な?』


『で?なんでニッキー?肉屋だから?肉だったらミートとか、豚ならポークでもいいんじゃない?あ、あれか!夢の国のあいつをパクッたとかでしょ!あ!そーだ!パクるってなんでパクなの?食べるって意味的な?じゃぁガブるでも良くない?あのロゴマーク見たことある!ガブったんじゃね?みたいな。でもあれでしょ?刑事が犯人捕まえるときの奴でしょ?いやそうだとしても語源を知りたいのよね、わかる?わかりみ?ドゥーユーノゥミィ?』


『如月さん、久しぶりっすねそのしつこいやつ。その肉屋の店主をコラーって怒鳴ったお父さんのニックネームがニッキーって聞きましたよ、お父さんへの敬意じゃないっすかね。ちなみに店主の名前は【コギ・ワン】って言って、漢字で表現すると肉と王になるから、ニックネームがニクオだったそうっすよ。名前がもう肉の王って凄いっすよね、今はコーラの王だけど。ちなみにですけど、父親はコギ・ピョ、肉と骨って書くそうです、肉屋になる為の名前っすよね』


『そうなんだ、よくそんなどうでも良い事知ってるよね。つかニッキーってニックネームと父親の接点なくね?あれ?じゃぁこれ漬け汁飲んでるの?グエッ!ちょっとまって、今はコーラの王ならコラオじゃないの?まぁ肉に合うし、何でもいいか、いいじゃんニクオコラー』


『いあ、ニッキーコーラっすよ、ニクオさんに文句つけるみたいに言わないでくださいよ。てかどうでも良い事知ってるってゆーなら如月さんもっすよね!はっはっは』


『つかニクオさんって知り合いか!!あ、でも肉屋になる為の名前って言った?だったら車屋になる名前って?・・・あ!車だん吉か!』


『あの人車屋じゃないし!てか如月さんチョイス古いっすよね』


『チョイスってこれでしょ?チョイース!』


『それチョリソーです!』


『違うだろ!!ち・が・う・だ・ろ!この半分ハゲ!それは細かく刻んだ豚肉に塩を混ぜ混ぜして、ニンニクとかパプリカとか香辛料を加えて腸に詰めて干して作るやつ!パプリカをごっそり使うから赤い色をしていることが多いんだけど、実は辛さによって呼び方も変わるらしいんだけどね、呼び方までは知らんけど、多分チョリオ・チョリソー・チョリコじゃないかな。ただチョリーにも産地によって違いがあってね、辛さが強いのはメキシコ産で、スペイン産はなんと唐辛子が入っておりま・・・・おりま・・・お・り・ま・せ・・せ?』


『ん!』『ん!』


『すっごい羽鐘!天才じゃない?チョリソーの王じゃない?今日からチョリオーって名乗りなよ!』


『あそこでおりませ・・・まで行ったら、ん!でしょうが!』


『いやショウガと言えばさ、あれって原産地不明らしいのよ、なんでも野生のショウガって発見されてないとかなんとか、ねーねーなんか謎っぽくない?』


『え?まじっすか!どっかに生えてるんじゃないんすか!』


『どっかってどこよ!』


『あはははははははははははは』


久しぶりの如月節に妙な絡みを見せた羽鐘、その微妙過ぎる展開に4人が笑い、よいリフレッシュとなった。

その日の夕方、作業を終えて警備室に戻った4人。

ステージの補強と強化はほぼほぼ完成と言える状態になった。

数百、いや数千のゾンキーに耐えられるかどうかはわからないが。

この日の夕食当番は虎徹。

料理の腕前がかなり高く、実は女子3人が一番虎徹の当番を楽しみにしていたのだった。

夕食はパスタ。

魚介を使った和風のパスタは程よい塩分で疲れた体に染み込んだ。

『めっちゃうまーい!虎徹さん最高!』

『美味しいですね、流石虎徹さんで申し訳ございません。』

『虎徹最高!うまっ!うまいっす!おかわれ!』


『おかわりな!喜んでもらえて何よりじゃわい』


ろうそくの灯りの中で食事をする4人。

ここで如月が話を始めた。

『ライヴの事だけど・・・・』


『うん?』3人が如月に注目した。

『スティールのデスボイスは、ギリギリまで撃ちたくないと思ってる。思い通りに出せるようになったみたいだけど、喉が持たないと思う。来るたびにぶっ放していたら、肝心な時にスティールが使い物にならないって事になるんじゃないかって思うのよ、どう思う?いあ言わなくていいわ、皆それはわかるよね。』


『そうね、珍しくツッコミどころが無くて申し訳ございません』


『じゃぁどうやってゾンキーを集めるか・・・だけれど・・・3人で歌わない?歌おうよ!マジなライヴで集めるの!で、デスボでぶっ飛ばす!どぉ?どぉ?』


『何を歌うんすか?』


『FLY ME TO THE MOON』


『ってあの?歌詞が無いのにフランキー・シナトラが歌ったのが始まりだとか言うあれ?』


『うん、これ、大得意だから英語歌詞も、スネアドラムも全部教えられる!あ、メインボーカル私で!良いよね?良いって言いなさいよ!いや、言わなくても私ー。』


『とうとう強制になったし・・・でもいいんじゃないかな?・・・あれ?てか睦月・・・』


『えっへん!』

如月は両手を腰に当てて仁王立ちした。


『そうだよ、睦月ってばゼウスファクターの歌唱部門優勝者じゃん!』


『え!?え!?歌手を目指す者の夢の舞台であり、デビューへの最短距離のあの?え?あれっすか?てか優勝?じゃぁデビューっすか?え?スターっすか?』


『はっはっは!お前ら土下座したまえ!』


『土下座って・・・・』


『優勝してプロオファーは殺到したけど、面倒臭いの嫌いだから断ったよ、私には向いてないもん。』


『そう言えば睦月の夢って?』


『私は歌手でも女優でもない、ルックスは既にアイドルだけれど、夢は自分の道場持つことよ』


『途中にさりげなく凄いのが1つ混じってて申し訳ございません。』


『いいっすね!いいっすね!私入門するっす!』


『いあ、スティールは歌手目指せよ半分ハゲ』


『アシンメトリーっす!ハゲじゃないっす!刈り上げてるんす!』


『じゃぁ明日から練習しながらボードを続けよう』


『そうね』『はい!』


虎徹が後片付けを申し出て、洗い物を始めた。

『やはり若いってのはええのう、ふふふ』


ガチャン!!!


皿が割れる音と共に虎徹が倒れた。


『虎徹さん、破片は1つ残らず拾ってくださいで申しございません。』


『パイロンそゆとこ厳しいよね』


『虎徹?』『虎徹さん?』『ん?あれ?』


『虎徹!』『虎徹さん!』『虎徹さん!』


羽鐘が虎徹を抱き抱え、如月がビンタをする。

振り上げてから殴るまで3秒ほどのタメを要する強力なビンタが虎徹の頬を襲う!勢いで首が捻じ切れそうになった。


『痛い痛い痛い痛いわい!ちょっと疲れただけじゃ、ここ数日大変だったからのう、年寄りにはきつかっただけじゃ』

パイロンは安心した表情で

『そうですね、ジジィにはこの数日はハードでしたものね、少しお休みした方が良くて申し訳ございません。』

と言った。

『可愛い顔してさらっとジジイ言うな』


『ステージも強化できたし・・・・そうだよお休みを作ろう!いいよね、イイでしょ?で、ボードはどうしてもやらなきゃいけないから、私がやる。』


『睦月も休んでないでしょうよ、雨の日も風の日も立ってたじゃん、交代でいいよ、3人でやればよくて申し訳ございません。』


『そうっすよ、そうしましょうよ』


『そうね、分かったじゃぁボードは・・・あ!よくさ、あーすっごいウンコしたい!って言うじゃない?あれって、形や臭いが凄いウンコの事なの?どう凄いの?世界的に凄いの?圧倒的に凄いウンコなの?凄いって言えば、すんごいって言う人いない?すんごいってゴンズイみたいじゃない?ゴンズイ知ってる?ナマズの仲間なんだよ!すんごいよね!』


『女子高生がウンコウンコ言わないの!しかも自分ですんごいって言ってるし。でもゴンズイって名前、なんかUMAっぽくて申し訳・・・あ・・・しまっ・・・た・・・』


『え?UMA?え?ユーマ?パイロンUMA好きなの?私大好きでさ、でも言えなくてさーほら、私って見た目こうじゃん、美少女じゃん?それがUMAってイメージがさぁ』


『睦月のUMA好きは昔からじゃん、知ってるし』


『あ、そうだっけ?もうさー私誰かとUMAの話したい高校生活だったの、まさか幼馴染がUMA好きとは驚いた!恐れ入った!で?何が好き?やっぱシャドウマン?そうでしょ?あ、スカイフィッシュ?あれってカメラを通り過ぎたハエって説もあるけど、絶対違うと思うんだ、うんうん、私?私は断然モスマン!だって謎すぎるよあんなの、もう雄と決めつけてんじゃん!あのさ知ってる?映画プロフェッシー。モスマンの目撃者に電話してくるんだよ?モスマンが!がっはっはっはっは、脅迫してくるんだよ?モスマンが!うあっはっはっはっは最高!モスモス、モスマンだけど?うあっはっはっはモスモス?モスだけに?はははは』


『私あれ気になるっす!キャットミュートエディション!』


『うるせぇ馬鹿野郎ぶっ飛ばすぞ!キャトルミューティレーションだろうが!1970年代に家畜の目玉や性器をギャン!って切り取られた事件で、切り口が異常なほどスッパリレーザー、で、家畜の血が全部抜き取られてたとかってやつ!あれってさ、宇宙人が作りだした生物の成長の度合いを確かめてるとか、そういう考え方もできない?もともと・・・・地球上の生き物自体が、宇宙人が作ったもので、定期的に検査に来てるとか!!!!箱庭育成ゲームみたいな!ムシアース!みたいな!ね!ね!』


『ムシアース?睦月それじゃ殺虫剤みたいだよ・・・』


『なーんだみんなUMA好きなんだー、じゃぁオカルト系は?人体発火現象とか!突然ボッ!!!』


『そういうの嫌、怖くて申し訳ございません』


『あ、そうだよね、学校で私と出会った時、ゾンキーに恐怖全開だったもんね・・・』


『今はバッカンバッカン頭割ってるっすよね!』


『それは・・・まぁ・・・正当防衛で申し訳ございません。』


『あのさぁ・・・・』


『どうしたの?睦月・・・・』


『悪いんだけど、不謹慎なんだけど・・・・今、とっても楽しいんだ・・・両親亡くしちゃったけど・・・一人ぼっちじゃないし・・・毎日こうして過ごせてる。ありがとう!ほんとありがとう!』


『私も実は楽しい・・・世の中はこんなんで辛いけど、この状況はその・・・楽しくて申し訳ございません。』


『私も楽しいっす!いいと思うっすよ、楽しむくらいじゃないとこんな異常な世界生き抜けないっす』


『羽鐘の言う通りじゃ、楽しもう、精一杯な』


『虎徹さん・・・そうっすよね!よし!明日から休暇ね!』


そう言うと4人はニッキーコーラで乾杯した。


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