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第2期音楽データマーケティング講座レポート

8月19日から10月14日、全6回にわたって「第2期音楽データマーケティング講座」が開催された。

近年、新しいランキングの指標として注目されているBillboardJapanチャート。そのチャートを長年造り上げてきた礒崎誠二氏が、ビルボードチャートの見方やデータ分析によるファンダム傾向などを、実際のアーティストを基に分析・解説していく本講座。学生から音楽関係者まで、データ分析経験の有無問わず30人強が参加した。

全6回の講座のテーマとして掲げられたのは『データから”ヒット”を因数分解して、「その先」を考えよう』。データから読み取れることを元にアーティストが抱えるファンダムの状況やヒットのタイミング、その傾向を分析し、よりファンダムを拡大するためにどんな施策を打つべきなのかを考えるという内容だ。参加者は5回の講義にわたって実際のアーティストのデータを扱いながら分析方法を学び、最終回では自身で決定した課題に基づいてデータ分析した内容を発表した。

ファンダムの傾向と楽曲の聴かれ方を分析して手がかりを掴む

データを読み解く上で手がかりとなるのが、ファンダムの傾向の分類だ。礒崎氏は、ファンダムの成長サイクルを、楽曲に対するファンの反応に応じて「アーティスト起因型ファンダム」と「楽曲起因型ファンダム」の2種類に分類する。

「アーティスト起因型ファンダム」と「楽曲起因型ファンダム」

アーティスト起因型ファンダムは、オーディションやインストアイベント、SNSなどでアーティストに紐づくファンが増える初期、アーティストを入口にして楽曲を好むファンが増えてくる中期、番組出演やライブの開催、ファンクラブ規模の拡大を通して顧客単価を増やしていく後期という変遷を辿るファンダム成長サイクルのこと。アーティストにファンが着いたあと、お茶の間まで知名度を拡大するために楽曲をリリースして露出を増やしていくことが必要となる。

一方楽曲起因型ファンダムは、アニメタイアップやTikTok、SNSなどで楽曲に触れ、気に入る人が増加することでファンダムが形成される初期、楽曲が好きな人が増えることで「このアーティストの曲だから好き」という層が増えていく中期を辿り、アーティストが好きというファンダムが大きくなる後期へと繋がるファンダムだ。楽曲ファンの数を増やすだけでなく、アーティストを認識してもらうことが大切になってくる成長サイクルである。

それぞれのアーティストがどちらのファンダムを抱えているのかを分析するには、アーティストの楽曲がどのように聞かれているか、使われているかを確認すればよい、と礒崎氏。アーティスト起因型ファンダムはCD購入やダウンロードなど、楽曲を所有する聴き方の割合が多い一方、楽曲起因型ファンダムは歌ってみたや踊ってみたなどのUGCのデータやストリーミングなど、接触嗜好が強い傾向にあるそうだ。

データを読み解くにあたってもう一点手がかりとなるのが、リリースタイミングが可視化されているかどうかによって、どのような聴かれ方をしているのかを考察する分析だ。
月ごとの各指標のポイント遷移を示した棒グラフから、リリース時の初動の動きやその後の動きを見ることで、ファンダムのステータスを類推することができるという。

「ホームラン型」「ヒット量産型

ファンダムのステータスは、リリースタイミングが明確に分かるような指標の伸び方をしている「ホームラン型」と、継続的に反応が続いていることでリリースタイミングが分かりにくい「ヒット量産型」、そしてその合いの子である、リリースタイミングが分かりにくいかつ所有嗜好のCDやダウンロードのポイントもコンスタントに上がっている「ヒット+ホームラン型」に分けることができる。リリースタイミングが明確に分かるホームラン型はアーティスト起因型ファンダムに分類でき、リリースタイミングが分かりにくい場合は楽曲起因型ファンダムに分類することができる。どちらの特徴も併せ持ったヒット+ホームラン型が理想的な形だ。

アーティストがどのタイプのファンダムを抱えているか、前期、中期、後期のどの時点に位置しているか、そしてリリース時にCDセールスやダウンロード、ストリーミングがどのように動くかを分析することによって、今後どんなアプローチを打っていくべきかが分かりやすくなるのである。

分析1.キャラクターの棲み分けはアーティスト起因型ファンダムを分断する?

これらの手がかりを元にして、講座最終回で行われた発表会にて最優秀賞に選ばれた2名の発表を見てみよう。

奥野氏がテーマにしたのは、「Adoとウタはデータ上同一人物と言えるのか」。Adoが楽曲の歌唱を務めた『ONE PIECE』のキャラクター・ウタとAdo、それぞれの楽曲の聴かれ方やファンダムの傾向に相関関係があるのかという課題だ。
まずは、データをAdoとウタで分離し、それぞれのアーティストタイプを比較する。

アーティストタイプ分析

アーティストタイプについて大きな違いはなく、どちらもMV、ストリーミングなどの接触指標が8割越えで、楽曲起因型ファンダムであることを導き出した。

次に、ウタの楽曲分を含めたAdoの各指標ポイント推移を前期、中期、後期に分けることで、Adoとウタの各指標のポイント遷移を見る。

各指標ポイント遷移

ウタがヒットし始めた時期を中期の起点とした際、中期、そして後期のデータを見てみると、ウタがヒットしている時期のAdoの楽曲はあまり盛り上がりを見せていないことが判明した。中期の盛り上がりはウタのみがもたらしている傾向で、Adoはその傾向に一致していないことが読み取れたのである。

続いて、ウタとAdoの相関関係について細かく見るために、奥野氏は楽曲ごとのダウンロードとストリーミングの推移グラフに注目した。ダウンロードのグラフでは、前期の終盤にかけてAdoの楽曲のポイントは全体的に減少傾向にあることが見受けられるが、ウタがヒットしたタイミングにも回復傾向は見られない。一方ストリーミングのグラフでは、ウタがヒットしたタイミングでAdoの楽曲も盛り上がりを見せているほか、前期終盤での減少傾向も、ウタの楽曲が盛り上がったタイミングで落ち着きを見せている。
このことから、アーティスト起因型ファンダムにおいてはウタのヒットによるAdoへの影響はなかったが、楽曲起因型ファンダムにおいては一定の影響があったことが分かった。

分析の結果、Adoとウタはファンダムタイプの一致こそみられたものの、そのサイクルは異なっていたことが分かった。また、アーティスト起因型ファンダムでのAdoへの影響はないことから、キャラクターの棲み分けがアーティスト起因型ファンダムにおいて分断を促していたのではないかと推察した。
一方、楽曲起因型ファンダムはアーティスト起因型ファンダムほど分断されていなかったため、今後ウタの楽曲をAdoの楽曲として活用することも有効なのではないかと提案。今後Adoは楽曲起因型ファンダム中期に突入していくとみられるので、ウタの楽曲を含めた過去曲を活用していくことが有効だろうと締めくくった。

分析2.共通点のあるアーティストの比較からそれぞれの特色を浮彫りにする

もう一人の最優秀者である宗像氏は、ここ数年でヒットしお茶の間までその知名度を広めた女性アーティストであるLiSAとAdoを取り上げた。

まずはそれぞれのアーティストタイプを分析。LiSAは2018年頃まで所有嗜好が強いアーティスト起因型ファンダムを持っていたが、近年は楽曲起因型ファンダムになっていることを指摘。一方Adoは楽曲起因型ファンダムではあるものの、ダウンロードが拡大傾向にあるためアーティスト起因型ファンダムが拡大しつつあることを指摘した。

アーティストタイプ分析

各指標ポイントの推移からリリースタイミングの動きを見ると、LiSAは2021年中ごろまでリリースタイミングが見えにくく、ダウンロードやCDセールスがコンスタントに存在する「ヒット+ホームラン型」であることが分かる。それ以降の時期はリリースタイミングが見えやすく変化している。

LiSA:各指標ポイント遷移

Youtubeの視聴数を分析すると、20年後半あたりは山が大きいため新規流入が多いことが分かる。また、「炎」の初動の大きさとそれ以降の伸びを見るに、アーティスト起因型ファンダムができていたこと、楽曲起因型ファンダムも大きいことを考察した。

一方Adoはリリースタイミングが見えづらく、楽曲起因型ファンダムのヒット型であると導き出した。

Ado:各指標

また、Youtubeは山が大きく、新規流入や過去の掘り起こしがあることを指摘。またダウンロード、ストリーミングのグラフを見てみると、「新時代」のあとに顕著な伸びが見られ、かつ直近でリリースした「唱」の初動も大きいためアーティスト起因型ファンダムが拡大していると推察した。更にストリーミングでは過去の楽曲もコンスタントに聴かれているため、楽曲起因型ファンダムが拡大しているとも考察した。

最後に宗像氏は、彼女たちの今後の施策について、LiSAは従来とは異なる新たな層へのアプローチや、ツアーに来場するコアファンに対する施策、また人気の強いカラオケに紐づいたアプローチを提案。Adoについては、アーティスト起因型ファンダムの拡大の兆しがあることに着目し、アーティスト自身についての話題提供やテレビ出演などを提案した。

データから見えるものは、楽曲の売れ行きの増減や内訳、数字だけではない。様々なデータを見比べファンダムの傾向や聴かれ方の傾向を分析することで、アーティストの今後の適切なアプローチを導き出すことができる。データは使い方次第で、宝の山になり得るのだ。

文:村上麗奈


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