すり鉢とごま和えのおいしい関係
17年ほど前に幼稚園に通う子どものお母さんたちに料理を教えたことがあります。そのとき、親子で作るのを楽しめるように「すり鉢ひとつで作るクッキー」を紹介しました。
最後に「何かご質問はありますか?」と聞いたところ、あるお母さんが手を上げて「家にすり鉢がないのですが、どうしたらいいですか?」と。
そこで「この中ですり鉢を持っていない人は?」と聞いたところ、半数以上の方が手を上げました。
にわかにショックでした。若いお母さんたちの台所道具離れが進んでいる現実に少し危機感も覚えました。17年前の話です。
年代にもよると思いますが、母親の思い出として「すり鉢」と答える方は、まだまだいらっしゃいます。
私の母の料理で思い出すのはすり鉢で作る「とろろ汁」。
すりこぎが静かに回る音。だし汁を少しずつ入れていくと、すりこぎの音が軽やかになっていく。その音が今でも腹のあたりで感じることがあります。
今から思えば、とろろ汁を作る母の姿をずっと見て育って幸せだったなぁとつくづく。
私がいけないことをしたときは、母にすごく叱られました。外に出されたこともあったし、ビンタを食らったこともあります。厳しい人でしたが、それと同時に優しい女性でもありました。昔はみんな母のような人が多かったと思います。今だったら「虐待」と言われるかもしれませんね。けれど、引っ叩かれて育ってよかったなと、今でも思います。いけないことはいけないのだ。この単純明快なことを教えられる一番身近な存在が親ですから。
叱られても、何しても、いつも台所でせわしなく料理している母の姿があり、料理する音や香りがありました。それだけで愛情を感じましたから。
ほんまもんの愛情とはそういうものです。モノを与えることや叱らないことじゃない。
この写真は拙著「野菜たっぷり すり鉢料理」(アノニマ・スタジオ)の「とろろ汁」。今はこういう料理を作る人は滅多にいないでしょうか。ふんわりとメレンゲのようになったとろろを雑穀が入ったごはんにかけて。こういう素のおいしさに、今はあまり出会わなくなりました。
(写真:野口さとこ)
すりこぎの音は「安心感」そのもの。
台所は「安心」を作り出す場所です。そして、すり鉢はその王道を行く道具だと思います。
手を動かすと、すり鉢の中でおいしい香りが立ちのぼり、食材と調味料が融合していく...。電動ブレンダーでは感じ得ることができない時間です。
こういう日常の小さなことの積み重ねで、人が育っていくのだと思います。
私は時間があれば「洗い胡麻」を焙烙で煎り、それをすり鉢ですります。
煎る香り。する香り。
台所の香りは、どんなアロマにも負けないほど、魅力的です。
忙しければ忙しいほど、ちょっと足を止めて、すり鉢で胡麻をすってみてください。手を止めたくなくなるほど心地よく、そして心が静かになっていきますから。
5年前にはすり鉢本を出版しました。
小鉢、メインディッシュ、サラダ、ごはんもの、麺類、デザートまで54品を掲載しました。
エスニックとか、ふりかけとか、パスタも。
マヨネーズもすり鉢で作れるんですよ。これは私としても嬉しい発見でした。
最初の話の中で出てきた「すり鉢ひとつで作るクッキー」も掲載しています。
これひとつで
1. する
2. おろす
3. 叩く&潰す
4. ボウルとして
5. うつわとして
使うことができます。
洗い物もこれひとつ。電動ブレンダーは使ったあとに洗う作業が割と大変なんですよね。今はすり鉢があるから、私はもう電動ブレンダーは使わなくなりました。
すり鉢でサラダだって作れるんです!
すり鉢でドレッシングを作り→食材を入れ→手で和え→食卓へ。
ボウルも泡立て器もうつわも、いらない。
(「台所にこの道具」から 写真:野口さとこ)
すり鉢からの苦言として、本の中でこんな言葉を添えました。
電動ブレンダーは鋭い刃で粉砕しますが、細胞がぜんぶ壊れてしまいます。
すり鉢はすりこぎの「木」と、すり鉢の「土」という自然の恵みを合わせることによって、食材がゆっくりと砕かれていきます。細胞が壊れないので、食材の香りや味が損なわれることがありません。
する人、食材、すり鉢、がひとつになっていく感覚。ここが料理の面白さだと思います。
料理はただの「作業」ではありません。りっぱな「モノづくり」だと思います。モノづくりの職人として、
これは何度言ってもいいぐらい、大切だと思います。
「野菜たっぷり すり鉢料理」は、台所に立つ人が基本に立ち返り、料理を楽しむ本、と自負しています。
さて、今日は我が家の「ほうれん草のごま和え」をご紹介します。
誰でも作れるけれど、おいしく作ろうと思うと、意外と難しい小鉢料理です。
料理はみんな違ってみんな正解。自分の味になるまで素描をしながら、おいしい胡麻和えを作ってみて下さい。
ちなみに、これは我が家の作り方ですので、参考になるかどうか...。
1. 洗いごまを焙烙で煎ります。煎り加減は好みで。
2. 煎ったごまをすり鉢に入れて、すります。
すり加減は、ごまがしっとりするぐらい。プチプチと音がするぐらいはまだまだ。音がしなくなるぐらいまですります。ちょっと油が出てきたか?ぐらいです。
3. 調味料を入れます。
ごま大4に対して醤油小2、みりん小2,酢小2。つまり三杯酢と同じ分量です。
ごま酢和えには酢は普通入れませんが、我が家ではこれがごま和えです。
4. 砂糖を足します。
好みなので、砂糖は入れても入れなくても。砂糖はみりんの3倍の甘みがあるから少しずつ。私の場合はこの量だったら小1/2ぐらいでしょうか。
味のバランスを舌で確認するときは「〜すぎない」こと。辛すぎない、甘すぎない。天秤にかけてまっすぐになるようなイメージです。これはあくまで個人の舌のバランスなので、他の人と違っていいのです。
これでごま和えの「素」ができあがり。
5. ほうれん草を洗います。
根っこは切らずに、根っこのあいだをよく洗います。
父が昔「この根っこが一番おいしいんだ」って嬉しそうに言ったのを覚えていて、今も葉物を洗うたびにその声が聞こえるんです。たしかに根っこが一番甘くて土の味がする。
6. ほうれん草を中華セイロで蒸します。
セイロで蒸したほうが甘みがグンと上がります。特に冬のちぢみほうれん草は、セイロで蒸すと砂糖のように甘みが出てきます。
茹でる場合は、茎の部分を湯に入れて30秒ぐらいしてから葉を入れています。野菜は新鮮さが命。時間が経つと、いくら茹でても茎が硬いときがありますね。葉物は買ったら、なるべく早く使うのが鉄則です。
7. ほうれん草をギュッと絞って(醤油を垂らしてから絞ると水分がより出ます。セイロで蒸すと、あまり水分が出ないので省略しています。)食べやすいサイズにカットします。カットしたらもう一度ギュッと絞ると、さらに水分が出ます。
8. すり鉢にほうれん草を入れ、手で和えます。
手で和える、というのがとても大切で、箸で混ぜてはダメ。手は自由自在に動きますから均等に混ざります。また、手から「おいしい素」が出ているので(たぶんほんとうのこと)、手はある意味、一番身近な調味料なのかなと。
さて、10月26日〜31日まで、銀座・森岡書店で「台所にこの道具・宮本しばにの素描料理」展が開催されます。
私がいつも使っているすり鉢を出品。新作のすり鉢を出品致します。
そのほか、土鍋、土瓶、鉄フライパン、木工製品、布製品など24品を展示販売致します。
私がいつも台所で使っている台所道具をぜひ、見に来て下さい。
(28日以外は在廊しますので、会いに来てくださいませ。)
トップの写真提供:野口さとこ(野菜たっぷり すり鉢料理から)
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