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眞鍋政義氏の代表監督就任によせて -IDバレーを覚えていますか?-

 オリンピックも終わり、日本代表チームも次のサイクルに入ることになりました。監督人事も固まり、女子日本代表チーム監督に眞鍋政義氏の就任が内定しました。

 ご存じの人も多いかと思いますが、眞鍋政義氏はロンドン五輪~リオ五輪での女子日本代表チームの監督であり、今回は再任といって良いでしょう。

 前任での功績は、なんといってもロンドン五輪での銅メダルですが、キャッチーなコンセプトで耳目を集めるのが上手な監督だったように記憶しています。

 今回はそうしたコンセプトの第1段(だったと思います)である「IDバレー」について、少し思う所を書いてみようかと思います。

IDバレーとは

 眞鍋監督が前任期中に提唱した「IDバレー」ですが、積極的なデータ活用を打ち出したという意味だったように認識しています。眞鍋監督が最初にデータ活用を始めたわけでも、アナリストを置いただけではありませんが、IDバレーを打ち出すことで、データ活用の必要性が認知されたことは大きな功績だったと考えています。

 こうした面は現在では当たり前となっており、その価値を実感し辛くなっていますが、忘れてはいけないことだと思います。

IDバレーの源流“ID野球”

 眞鍋監督も認めているところなのですが、IDバレーと名付けた元ネタには、故野村克也氏のID野球があります。ID野球とは野村克也氏がヤクルトの監督時代(1990-1998)に提唱したもので、データを重視するという点ではIDバレーと同じと見てよいでしょう。

※1900年代(ID野球)と2010年代(IDバレー)という差がありますので、時代が進んだ分、IDバレーのほうがデータの扱いは洗練されたものになっていたとは思います。

 ちなみに、IDとは“Import Data”の意で、識別のためのidentificationではなかったりします。

 野村克也氏が就任中のヤクルトは正に常勝チームといった強さで、眞鍋監督も競技の壁を越えて惹かれたのだと思います。

ID野球とセイバーメトリクス

 ところで、野球においても現在は積極的にデータが活用されていますが、その理論体系は“セイバーメトリクス”と呼ばれています。

 セイバーメトリクスについて語り始めると長くなりますので、ここでは簡単な紹介に留めます。セイバーメトリクスとは、野球についての客観的な知見による探求です。提唱者のビル・ジェームズは、アメリカ野球学会の略称SABR (Society for American Baseball Research) と測定基準 (metrics) を組み合わせセイバーメトリクス(Sabermetrics)という語を造りました。

 このセイバーメトリクスとID野球の違いは何でしょうか?

 ID野球とセイバーメトリクスの違いですが、ID野球は、野村克也氏の野球観が前提にあり、それを実践するために詳細なデータを用います。

 これに対してセイバーメトリクスは、野村克也氏の野球観のような経験則に基づく理論がそもそも有効か?という視点から考え、検証を行います。

参考図書

 同じようにデータを重視するといっても、根本的な方向性が異なるわけです。

IDバレーとID野球が抱える課題

 ID野球とセイバーメトリクスのどちらが優れているか?こういう議論が好きな人も多いかと思いますが、この問い自体にはあまり意味は無いと考えます。どちらも重要なものだからです。

 しかし、ID野球、そしてこれに倣ったIDバレーにも1つ課題があります。ノウハウの『継承』です。

 データを集めてくるところまでは、機材の扱い方を含めノウハウを継承することは、そこまで難しいことではないと思います。しかし、集めたデータを判断する基準は、経験則に委ねられるのがID野球・バレーの特徴です。

 この判断基準の継承が難しいのです。判断基準を全て意識化、言語化するのは大変だからです。野村克也氏が監督業を退いた後、ID野球を継承、発展させた監督はこの人、とはっきり言える人がいないことは継承の難しさを裏付けるものです。

 こうした判断基準が継承されなければ、名将の技は1代限りのロストテクノロジーになってしまいます。これはもったいないことで、何とか避けたいわけです。

ロストテクノロジーを生まないために

 どうやってID野球やIDバレーを継承すれば良いのでしょうか?

 1番簡単なのは、監督自身にノウハウを言語化して残してもらうことです。ただし、監督も全ての判断基準を意識化して言語化できるわけではありません。また、監督の仕事はチームの強化し、代表戦で勝利することです。これに加えて、後世のためにノウハウを残せというのは仕事として多過ぎ、本業を圧迫してしまうと思います。

 では、今後選ばれるであろうチームのアナリストにこの仕事を任せるのはどうでしょうか?妙案のように思えますが、結局はチーム全体の仕事である強化と勝利という目的に業務をプラスする形になるので、最終的に仕事を圧迫することは同じです。

 というわけで、ここは第3者による評価が求められるのではないかと思います。当事者でない第3者が評価を行う以上、そこには客観性が求められ、監督の経験則を客観的に検証する、野球で言うところのセイバーメトリクス的なアプローチが必要になるのではないかと思います。

 客観的な検証を行うと、その過程がきちんと残りますので、継承が容易になります。客観的な検証をすればノウハウの全てを明らかにできるわけではありません。最初はわずかな部分にしか手が届かないかもしれませんが、継承を重ねていくことで少しずつ手の届く範囲を広げることができます。これを地道に積み重ねて行くことが、長い目で見て大きな利益を得る方法と考えます。

 現実的に考えて、現場を圧迫せずにノウハウを次代に活かしていくには、全日本のコーチングスタッフとは別に動く組織が必要になるかと思います。

まとめ

 眞鍋監督が第2期にどのようなコンセプトを提唱するかはわかりませんが、IDバレーは現在トップレベルのチームであれば標準装備になっている以上、そこから最大限利益を得る方法、組織作りについては一考あるべきだと思います。

 このようなことを考えるためには、一言で“データを重視する”といっても、色々な角度からのアプローチが可能であるということを知っておく必要があります。眞鍋政義氏が再度監督に就任するにあたって、意識するには良い機会かなと思い筆を執らせてもらいました。

 次回は、またデータ分析に戻る予定です。


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