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【システマ】雨のにおい、冬のにおい

自分はずっと嗅覚脱出という耳鼻咽喉科の症状で、もう20年くらいでしょうか?匂いがありませんでした。

大学の時に大量にホルマリンの匂いを嗅いだのが原因で、ひどいアレルギー症状が起こり、鼻と喉が腫れまくってそれ以降全く匂いがしなくなりました。

ニンニク注射。というのを知っていらっしゃる方がいるかもしれません。別ににんにくを注射するわけではなく、アリナミンを体内に注射すると強いにんにくのような匂いがするのです。その体感的な効果と、実際ビタミンB群が体にもたらす疲労回復などの効能があるので、スポーツ選手や芸能人などのセレブの間で一時期やたら流行った自費治療です。

ですが、ぼくはあれをやっても全くにんにくの匂いがしませんでした。ニンニク注射は注射の成分が鼻の粘膜に毛細血管を介して届くことで匂いを感知しますので、つまり鼻の粘膜自体が全く機能していなかったのです。副鼻腔と呼ばれる部位まで丸ごと機能を失っていました。

匂いがしないのはほんとうにつまらないものです。

食べ物の風味だけでなく味もほぼないので、触感で味わうのみです。その中でも体調がすごくいい日に必死に嗅げばコーヒーの匂いはすること「も」あるので、コーヒーはかろうじて好きでした。あとは強い味しかわからないのでそれこそ大味なものばかり好むようになりました。

植物や動物の匂いもしないので、生命と触れていても現実味がありません。なんか少し遠い世界に行ってしまったような寂しい気持ちがしていました。

海に行ってもあれほど好きだった潮の香りもないので、なんか水がべたついてそんなに楽しくありませんでした。

生活すべてに現実味がなくなるし、何となく意欲も減退していたと思います。他人の体から匂いもしないので、触れ合うのも全く面白くありません。匂いを失って初めて、ああ「におい」って生きていくうえで本当に大切なんだなと思い知らされたのです。

システマのトレーニングをはじめて、二年目くらいでなんだかいろんなものの香りがわかるようになってきた気がしました。でも、マダラにわかったりわからなかったりするので、気のせいだろうかと思っていたら、今年になってほとんど前と変わらないほどいろんな匂いがわかるようになってきました。

朝散歩をすると、雨が降って乾いたコンクリートタイルのにおいがします。パンを焼いている匂いや、ピザ屋の前ではおいしそうな焼いたトマトとチーズの匂いがしますし、どこからか煮られているだろうシチューの匂いがします。昼間は町中だと焼けた鉄柱の匂いがしますし、川のそばを歩けば水の匂いがします、流れていく水の匂いと、森の近くの湿った水の匂いと、湖の匂いは全部違う水の匂いです。

冬になれば林の中で落ち枯れた葉が腐葉土になりつつある冬の匂いがします。ベンチには木の匂いがしますし、塗料の匂いもします。布には布によってさまざまな匂いが違って感じられます。マフラーも素材や使われ方で大変違う匂いがしています。

他人も毎日匂いが違います、つけてる整髪料なのか何なのか、着ているスーツの匂いもしますし、システマの練習仲間も今日食べた物の匂いが毎日まるきり違うのがわかります。

世界の見た目は変わらないのに、嗅覚という軸が加わることで、世界はこんなにも豊かだったのかと驚かされています。

呼吸を鍛えることで、粘膜が強くなったのでしょうか。そういえば喘息も治まってしまいました、毎年後鼻漏に悩まされていたのが嘘のようです。鼻水もほとんどありませんし、最近はトレーニングの休憩中にパンイチでフローリングの上に変な格好で寝落ちしてしまっても風邪もひかないどころか、鼻やのどが腫れることだって稀です。

システマのトレーニングで〇〇が治った、というのは体験的な事実だったとしてもちょっと声を大にして言いにくいです。いうべきではないかもしれません。でも、ぼくの人生に万華鏡のような香りを取り戻してくれたシステマ、ミカエル、そして関係者の方に感謝することは限りがありません。

病気にはなるものではないと思います。でも病気になって運良くシステマと出会えてそして少しばかりよくなったからこそ、もともと持っていた人間の機能は素晴らしいものだなと教えてもらいました。

「システマは人体のパフォーマンスを改善する」その言葉の意味を体を通じて学んでいます。呼吸というものの偉大さには日々圧倒されるばかりです。

「なぜシステマをしているんですか?」という質問をたまにいただきますが、うまい答えが見つかりません。

ぼくにとってシステマは雨の匂いであり、コーヒーの香りであり、健康であり、楽しみであり、マッサージであり、学びであり、レクリエーションであり、ゲームであり、喜びであり、人とのコミュニケーションであり、生命維持装置であり、そして毎日の生活の軸です。羅針盤のような存在です。杖のような存在です、呼吸するときの空気そのものです。

今年の冬の匂いは良かった。最高でした。これからも豊かな世界の空気を思いっきり鼻から吸い込みたいです(笑)


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