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【時事通信コラム】論戦なき東京都知事選の虚しさ─ステルス、そしてYoutube動画🔥小池知事答弁拒否の🏢都議会さながら 🥎元朝日新聞記者 飯竹恒一【語学屋の暦】

【写真説明】明治神宮外苑の再開発に反対する集会であいさつする蓮舫氏(中央)=6月29日、東京・明治神宮外苑(撮影:飯竹恒一)

この記事は下記の時事通信社Janet(一般非公開のニュースサイト)に2024年7月11日に掲載された記事を転載するものです。


予算規模がスウェーデンやオーストリアと同レベルの東京にあって、今後もあの空虚で不毛な議会が続くのか。7月7日投開票の東京都知事選で、現職の小池百合子氏(71)がすんなり3選を決めた際、真っ先に思ったことだ。


いわゆるステルス(stealth=「隠密」の意)戦略を徹底し、自身が表立った政策論争を避けながら、自民、公明両党の組織票を水面下で固めた小池氏に対し、堂々とリング上で繰り出した前参院議員の蓮舫氏(56)のパンチは空を切り続けた。それはまるで、野党議員の質問に小池氏がまともに向き合わない都議会の光景を、そのまま選挙に持ち込んだかのようだった。

良く言えば、率直でオーソドックス。悪く言えば、ナイーブ(単純)で無策。蓮舫氏は若者支援に力点を置いた自身の公約や争点が一定の共感を集めたとしても、そもそも戦う相手がリングの上にいなかった。明治神宮外苑再開発の是非を巡る「都民投票」を目玉公約として掲げたが、小池氏はそもそも「争点にならない」と言っただけで、ことごとく無視した。

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折しも、米国の大統領選に向けた6月27日のテレビ討論会で失態を演じたバイデン大統領が窮地に陥っていた。再選を目指す選挙戦から撤退するよう求める圧力がいっそう強まるばかりだった。

「みなさん。私は歩いたり、話したりするのに、以前のようにスムーズにはできないかもしれない。討論がうまくいかないのも同じだろう。しかし、真実をきちんと語ることはできる」(Folks, I might not walk as easily or talk as smoothly as I used to. I might not debate as well as I used to. But what I do know is how to tell the truth.)

そう苦し紛れに撤退論をかわした81歳のバイデン氏を私は擁護するつもりはないが、討論に向き合う姿勢そのものには、憎めない誠実さがあった。

「確かにバイデンさんは劣勢だった。しかし、私は尊敬する。体調が悪かろうと、なんだろうと、CNNが主催したことにバイデン氏も、トランプ氏も出てきた」。7月4日、東京のJR高田馬場駅前で、蓮舫氏の応援演説をした立憲民主党の安住淳国会対策委員長がそう指摘した時、私も群衆の中でうなずいていた。

蓮舫氏自身、「チャレンジャーである私は現職とフェアな公開討論会で議論をしたかった」などと街頭で何度も訴えた。テレビ各局からテレビ討論のオファーがありながら、小池氏が「公務」を理由に応じず、テレビ討論が実現しなかったという。

「それを日本のマスコミは許すのか。アメリカの民主主義は絶対に許さない」と安住氏は続けて語気を強めた。私も同感だ。古巣の新聞社時代に首長選挙は数多く担当したが、公務を理由に論戦に応じない現職など、見たことがない。「カイロ大学卒業」をめぐる学歴詐称疑惑、さらには裏金問題で揺れる自民党の存在を目立たなくする戦略に他ならなかったのだろう。

もっとも、そうした蓮舫陣営の言い分は、小池批判を強める材料であっても、小池批判票を奪い合う前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏(41)に対抗する観点が欠如していた。蓮舫氏の街頭演説の聴衆は日を追うごとに増したが、回数が絞られていた上、そのYouTube動画を戦略的にアップしているとは言い難かった。蓮舫氏の動画の再生回数が数万回にとどまっている時、市長時代からYouTube動画の活用で名を売った石丸氏の陣営は次々と小まめに工夫を凝らした動画をアップし、数十万回に到達しているものもあった。


政策論争はほどほどに、政党と距離を置く石丸氏の立ち位置は新鮮で、若者を中心に無党派の心をつかんで2位に浮上した。立民、共産両党の支持者による内向きの運動に終始した感があった蓮舫氏は無党派への浸透を欠き、まさかの3位に沈んだ。


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だからといって、蓮舫氏が目指した真っすぐな論戦をないがしろにして良いはずがない。緊張感ある意見のせめぎ合いがあってこそ、議会制民主主義が機能するはずだからだ。

「あえて、小池知事の経歴を質問した理由は、都民1400万人を代表する都知事として、本当に信頼できる人か確認が必要だったから。しかし、今回も小池知事から、答弁はありませんでした」

6月上旬、支持者向けの「都議会レポート」にこう書き込んだのは、かつて小池都政の与党「都民ファーストの会」に所属していた米川大二郎都議(56)だ。今は元都民ファの4人でつくる都議会会派「ミライ会議」に所属し、野党として学歴詐称疑惑や神宮外苑再開発などの問題で小池氏を追及する立場に転じている。

米川大二郎・東京都議=7月3日、東京都議会(撮影:飯竹恒一)


「知事は、北原百代さんを知っていますか」
「カイロ大学首席卒業は客観的事実ではなく、撤回しているということでよろしいですか」

米川氏は今年2月、学歴詐称問題を巡って、こんな質問を小池知事にたたみかけた。しかし、答弁に立ったのは政策企画局長で、「当時のことについては、知事がこれまで議会などさまざまな場面でお伝えしてきた通りでございます」という気のない一文だけが発せられた。

北原さんとは、カイロ時代の小池氏のルームメートで、ノンフィクション作家の石井妙子氏による「女帝 小池百合子」(文春文庫)に登場し、「主席卒業」どころか、そもそも卒業していないと証言した人物だ。


立民や共産も含めた知事野党の議員たちの質問の際も含め、こうした小池知事の「答弁拒否」が繰り返される光景は、11年間の都庁勤務から政界に転じた米川氏にとって、許し難いことだ。1996年に予定されていた世界都市博覧会が中止になった際、民間パビリオンなどの補償の仕事に都庁マンとして奔走した記憶は鮮明で、青島都政が選挙公約を実行する様子に、「都民の一票」で変わる政治のダイナミズムの意義を実感したからだ。

米川氏は2005年に都庁を退職した後、無所属で臨んだ都議選、葛飾区議選で連敗し、地元の自民党都議だった樺山卓司氏の秘書になった。樺山氏は、同じ自民党都議で「都議会のドン」と言われた人物と党内で対立していたが、遺書と思われる走り書きを残して世を去った。

そのドンを「伏魔殿」「ブラックボックス」と批判して登場したのが小池知事で、米川氏がその路線に合流するのは、樺山氏を師と仰ぐ立場から自然な流れだった。その時は自民党所属の葛飾区議だったが、2017年の都議選に都民ファ公認で初当選し、2021年も同公認で再選された。

転機は、都教育委員会が中学生向けに実施する英語スピーキングテストを巡る問題だった。2022年、テストを都立高入試の合否判定から排除する条例案は都議会で否決されたが、その採決で「都教委の暴走」だとして会派方針に反して賛成票を投じ、桐山ひとみ都議、田之上郁子都議と共に党を除名された。その判断に、小池知事が無関係だとは思えなかった。ミライ会議を結成し、後に追って都民ファを離党した森愛都議が加わった。「都民が知るべき情報が公開されないまま、無批判に小池都政の後をついていくだけなら、都民ファーストとは言えない」というのが、4人が共有する信念だ。

都立小岩高校時代の1986年7月15日、神宮第二球場で都立葛飾野高校を相手に力投する米川大二郎投手(米川氏提供)。のちに隣の神宮球場で、母校監督として試合に臨んだ。反対運動が根強い外苑再開発が計画通り進むと、神宮球場は取り壊され、場所をずらして新球場が建設されるが、それが著名なイチョウ並木に悪影響を与えると指摘される。第二球場はすでに取り壊された。  
    

会派として支援した蓮舫氏は落選したが、米川氏がむしろ注目するのは、石丸氏と蓮舫氏の合計得票(294万1625票)が、小池氏(291万8015票)を上回った点だ。

「しかも、投票率が上がったのに、小池氏は前回票(366万1371票)から減らしている。この流れを来夏の都議選につなげ、野党の議会勢力が上回れば、議会も変わる」と期待する。米川氏自身、来夏に初めて、都民ファを敵に回す都議選に挑むことになる。


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世界に目を向ければ、英国では7月4日に総選挙があり、14年ぶりの政権交代が実現して労働党政権が発足した。思えば、保守党政権が国民の支持を失った契機は、2020年春以降の新型コロナウイルス対策でロックダウン(都市封鎖)が徹底される中、当時のジョンソン首相と周辺が英首相官邸などで規則違反のパーティーを繰り返したことだった。この「パーティーゲート(Partygate)」事件は、議会やメディアで大々的に取り上げられ、ジョンソン氏は退陣。たかが飲み会が国政を根底から揺るがしうる英国の議会制民主主義の筋の通し方を見せつけた。


極右政党「国民連合」が勢いを増すフランスでは、マクロン大統領が賭けに出た。先の欧州議会選でこの極右政党が躍進したのを受け、急きょ国民議会(下院)を解散して総選挙に持ち込んだ。7日の決選投票の結果、左派連合が事前の予測を覆して極右政党を抑えて最大勢力になった。極右を退けたことで、中道連合を率いるマクロン氏の狙いが功を奏したように見えるが、単独で政権を担える政党が不在となり、パリ五輪を目前に、国政が混迷を極める事態になっている。


「総選挙受け、過半数を模索する難題が浮上」(Après les législatives, le casse-tête pour trouver une majorité)などと仏メディアは大騒ぎで、そもそもマクロン氏の強権的な政治スタイルに対する国民の不満も根強い。しかし、岸田文雄首相が衆院解散を見送り、裏金対策もその場しのぎで済ます日本政治の緊張感のなさに比べれば、フランス政治のダイナミズムはうらやましい限りだ。

ところで、フランスでは今回の総選挙だけでなく、過去の大統領選も含め、最初の投票で極右が躍進した後、決選投票ではそれ以外の主要勢力が選挙協力をして極右を退けるというパターンが定着している。少なくとも、ステルス戦略よりは、健全なやり方だろう。そもそも、決選投票を設けているのは、国民の納得感がある落としどころを探る知恵なのかもしれない。

その点、ふと今回の東京の知事選も、もし決選投票があったらと思ってしまう。小池知事の3選を阻止するという共通の目標のため、石丸陣営と蓮舫陣営を含めた反小池勢力は選挙協力を話し合っただろうか。論戦なき都知事選の後味の悪さから、そんな妙な想像力を働かせたのは、私だけだろうか。

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飯竹恒一(いいたけ・こういち)
フリーランス通訳者・翻訳者
朝日新聞社でパリ勤務など国際報道に携わり、英字版の取材記者やデスクも務めた。東京に加え、 岡山、秋田、長野、滋賀でも勤務。その経験を早期退職後、通訳や翻訳に生かしている。全国通訳案内士(英語・フランス語)。



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