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【時事通信コラム】相変わらずの五輪─パリは東京から学んだのか?🔥ホームレスを強制排除/金権主義➡メディアも責任/本当にサステナブル? 飯竹恒一🥎元朝日新聞記者 飯竹恒一【語学屋の暦】

【写真説明】国際オリンピック委員会 (IOC)のホームページより

この記事は下記の時事通信社Janet(一般非公開のニュースサイト)に2024年6月7日に掲載された記事を転載するものです。


7月26日開幕のパリ五輪が掲げるスローガンはいかにも美しい。「最もエコでサステナブルな五輪」(Des Jeux plus écologiques et durables)といったフレーズが、フランス政府の公式サイトで踊っている。

「過去のオリンピックとの最も大きな違いは建設だ。主催者によると、施設の95%は既存のものか、一時的に設けられるものだ」(The biggest break from previous Games is in construction. Organizers say 95% of facilities are existing or will be temporary.)とAP通信は伝えた。コロナ禍の中、新しい国立競技場をメイン会場に1年遅れで強行された2021年の東京五輪も含め、過去の五輪との違いを際立たせている。

何しろ、2012年のロンドン五輪、2016年のリオ五輪と比べ、二酸化炭素排出量を半減するという野心的な目標が掲げられている。既存のインフラの活用もその一環で、地元食材をふんだんに活用して輸送による排出量を削減することも含め、きめ細かい工夫が凝らされる。その最たるものは、選手村にエアコンを設置しないことだろう。

古巣の新聞社のパリ時代、私が住むアパルトマンにエアコンはなかった。夏季に「エアコンが欲しい」と思ったのは、ほんの数日だったと記憶している。とはいえ、近年は欧州が熱波に見舞われることも多い。選手村には、地下水を使った冷却システムなどが設けられるというが、それでは不安があるのだろう。日本選手団は携帯式のエアコンを設置する方針だと伝えられた。

仏メディアでは「なに?エアコンのない選手村にエアコン?可能だが、選手団の自腹になる。1台当たり300ユーロで…」(What ? De la clim dans un village sans clim ? Oui mais aux frais des délégations qui en feront la demande, à raison de 300 euros par appareil ...)と、業者の料金設定を紹介しながら揶揄(やゆ)する報道も出ている。

想像するに、本格的な熱波が来たら、その冷房効果は心もとないのではないか。

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もっとも、コロナ禍の下での東京五輪開催の是非が議論された際、五輪を巡って突き付けられた課題は、もっと本質的なことだった。

2021年4月、米紙ニューヨーク・タイムズは「五輪は再考すべき時だ」(It’s Time to Rethink the Olympics)という見出しの記事を掲載した。コロナ禍の下での東京五輪開催に深刻な懸念を示しながら、次のような問題提起もした。

「1890年代に、『努力する喜び、 良い模範であることの教育的価値、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする生き方』を世に示す手段として創設された近代五輪は、現在ではドーピング、汚職、選手の身体的酷使など、さまざまなスキャンダルの代名詞となっている」(The modern Olympics, founded in the 1890s as a way to showcase “a life based on the joy found in effort, the educational value of a good example and respect for universal fundamental ethical principles,” are now synonymous with scandal of many varieties, including doping, bribery and physical abuse of athletes.)

「五輪は、北京からソウル、リオまで、開催都市のジェントリフィケーション(富裕化現象)や何万人もの住民の強制退去を通じて、開催都市の貧困層や労働者階級に苦しみを引き起こした」(They’ve sparked suffering among the poor and working class in host cities through gentrification and the forced removal of tens of thousands of residents at venues from Beijing to Seoul to Rio.)

東京五輪を巡っては、実際に汚職事件で逮捕者が出た。加えて、国立競技場近くのホームレスの人たちが路上の「家」を追われた。当時、退去させられる生々しいシーンを、英BBCが「東京のホームレスたちの知られざる姿」(The hidden sight of Tokyo's homeless)と題した映像ニュースで報じた。

東京の国立競技場近くから排除されたホームレスの男性は「オリンピックなんか来なくていいよ」(I wish the Olympics weren’t happening.) と語った=英BBCが2021年7月に伝えたニュース映像より

「ここにフェンスを張らせていただくということで、その期間はもうここに人が入れなくなる」と、立ち退きを迫る当局者。国立競技場近くの一角に場所を変えて野宿したが、翌朝にまた移動を迫られた64歳のホームレスの男性は「オリンピックなんか来なくていいよ」と吐き捨てるように言った。「当局は最貧困層を隠そうと躍起だ。外国のメディアや選手たちにクリーンな街を誇示したいのだ」(The authorities try to hide the poorest of the poor because they want to show the clean city to the foreign media or also the athletes)という有識者コメントも添えていた。

パリ五輪に向けても、同じことが起きている。仏公共ラジオ「フランス・アンフォ」の6月3日の報道によると、2023年4月以来、五輪開催に向けて少なくとも5224人が首都パリを中心としたイル=ド=フランス地域圏から他の地域に移動させられた。今春には、仏中部のオルレアン市の市長が「2023年5月以来、3週間ごとにパリからバスがチャーターされ、ホームレスの不法移民を乗せてオルレアンまで連れてきている」(depuis mai 2023, toutes les trois semaines, il y a un car qui est affrété de Paris qui embarque des personnes migrantes en situation irrégulière et sans domicile fixe pour les amener à Orléans)と発言するなど、各地から不満の声が聞かれた。

国際NGO「世界の医療団」のポール・アラウジー氏は60団体から成る「メダルの裏」のスポークスマンでもある。こうしたホームレスの排除策について、五輪に向けてパリの街を「社会浄化」(nettoyage social)するものだと批判している。

東京が戦ったのがコロナだったとすれば、パリが戦っているのはテロだ。特に今回、パリを流れるセーヌ川で、選手が船に乗って登場する開会式が計画されている。夏季五輪の開会式が競技場以外で開かれるのは初めてで話題を呼んでいるが、ドローンによるテロ攻撃などが懸念されている。マクロン大統領は、状況によっては会場を変更する可能性を示しているが、テロ対策のため、人員が大幅に増員され、警察官らはすでに疲弊していると伝えられている。

東京五輪の際、一般のコロナ患者への対応がおぼつかないのに、五輪用に医療関係者の派遣要請がなされたことが思い出される。

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五輪は本来、素晴らしいものであるはずだ。私自身、五輪関連の取材に携わる機会に恵まれた。1998年の長野五輪では、国内外の一線の選手を現地取材した。その後赴任した長野時代は、2006年のトリノ五輪に出場する長野県出身者やその家族に連日インタビューした。その生き様を描き、関係者の喜びや落胆を活字に落とし込む作業は、やりがいのある仕事に思えた。

しかし、昨今の五輪の在り方を見るにつけ、自分の記事の一つ一つがいったい何のためだったのかとむなしい気持ちになる。コロナ禍の下での強行開催を含め、スポーツの理念に反する行為を正当化する環境づくりに加担していたのではないかと、自戒の念さえ抱いてしまう。

「これはもうスポーツではない」。東京五輪を振り返ってそう書き切ったのは、元ラグビー日本代表で神戸親和大学教授の平尾剛さんだ。自著「スポーツ3.0」(ミシマ社)でその理由として、「非常識や不公正に見向きもせず開催へとひた走るその様に大いに戸惑った」と述べている。

「主催者およびそのスポンサーがひた隠しにしてきたものは『お金』である。なりふり構わず開催に固執するのは莫大な『お金』が得られるからだ。しかもそれは一部の人たちだけが与(あずか)る恩恵にすぎない。五輪は、アスリートのためでもなく国民のためでもない」と平尾さんは憤りをつづり、国際オリンピック委員会(IOC)の眼目は、莫大な放映権料であると指摘した。

東京五輪で特に問題だったのは、そのスポンサーとして、国内の複数の主要新聞社が名を連ねたことだ。私の古巣の場合、最終的には社説でコロナ禍の下での五輪開催の中止を求めた。しかし、それが遅きに失したのは、スポンサーだったからにほかならないだろう。

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上記のニューヨーク・タイムズの記事が示す五輪改革案の中で、私が注目したのは次の二つだ。

「使用実績が高い2カ所の会場で五輪を恒久的に開催するというのはあり得る。夏季用と冬季用だ。コスト、環境へのダメージ、立ち退きが減る。汚職を招く入札手続きを巡る混乱も解消される」(Maybe park the Games permanently at a pair of well-used venues - one for summer, one for winter. That would cut costs, environmental damage and displacement. It would also end the churn of a bidding process that invites corruption.)

「あるいは分散化だ。3週間の期間中、世界各地の既存施設で個々の競技を開催する。豪華な開会式のショーや、様々な競技の選手が交流する選手村は諦める必要がある。もっとも、お互いに結び付きを強めて豪華なショーが満載の時代、そうしたことはすべて必要だろうか?」(Or decentralize. Hold individual events in already built sites across the globe during a three-week window. Sure, we’d have to give up the spectacle of a lavish opening ceremony and the thought of athletes from different sports mingling in Olympic Villages. But in an interconnected world full of lavish spectacle, is all that still a must?)

この記事も認める通り、解決策の決定打はない。しかし、考えることは必要だ。パリ五輪に向けて、こうした点が表立って議論された形跡はない。

ところで、冒頭のエコな五輪に関連して、英国のラフバラー大学教授でスポーツ生態学が専門のマドレーヌ・オール氏はメディア取材にこう発言している。

「すべてを正しく行ったとしても、大規模な国際イベントが完全にサステナブルになることはない」(Even if they do everything right, a big international event can't be perfectly sustainable.)

「最もサステナブルなのは、イベントを開催しないことである」(The most sustainable event is the one that doesn't happen.)


飯竹恒一(いいたけ・こういち)
フリーランス通訳者・翻訳者
朝日新聞社でパリ勤務など国際報道に携わり、英字版の取材記者やデスクも務めた。東京に加え、 岡山、秋田、長野、滋賀でも勤務。その経験を早期退職後、通訳や翻訳に生かしている。全国通訳案内士(英語・フランス語)。


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