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チリ人にカミングアウトしたらこうなった

突然ですが、私はゲイです。

これ、書いてみて思ったのですが、なんだかすごいパワーワードですね。『突然ですが、』からつづく言葉として『ゲイ』だなんて、そりゃ突然すぎる。『吾輩は猫である』的な違和感と奥ゆかしさを感じさせる(かもしれない)。

ただ今回お話したいのは、吾輩はゲイである、ということではありません。日頃から旅について話すのが好きな私が経験した、ちょっぴり刺激的でこころ揺さぶられた、愛に生きるチリ人たちとの出会いです。

日本でのカミングアウトは難しい

本題にはいる前に。カミングアウト=自分がLGBTQの当事者であることを誰かに伝えること、です。ちなみに私はいつも気軽にカミングアウトをするタイプではありません。気分によって、相手によって、するかしないかを決めています。

学生の頃ヨーロッパをひとり旅したのですが、そのときはカミングアウトするのが普通の(もしくはする人が多い)現地の寛容的なカルチャーにとても圧倒されました。こんなにゲイとかジェンダー関係なく生きられるって、なんてすてきな社会なんだろう! すなおに感動したし、日本に帰ってから彼らみたいにもっと自由に生きたい、ヨーロッパ的な生き方を日本に持ってきたい、と思って周りの人にいっきにカミングアウトしました。私の『乱れカミングアウト期』でございます。

言ったときのリアクションは人それぞれで、みんな「え、そうなの?!」「全然いいじゃん!」とか、「話してくれてありがとう」と涙ながらに感謝までされ、「実は私もこんな秘密が・・・」と予期せぬ暴露話まで掘り出してしまうこともしばしば。おかげで仲はより深まったと思います。
そんな日々をくり返し、なんだカミングアウトって大したことない、余裕じゃんかーーーとたかをくくっていたのですが。

私がよくカミングアウトしていた頃(乱れカミングアウト期)、社会はまだまだ今よりもLGBTQに対する理解が進んでいませんでした(といっても6、7年前のことなんですが・・・)。だから当時の日本は、というか私の周りは、自らカミングアウトしない限り「彼女はいるの?」「どんな女性がタイプなの??」とごくごく当然のことのように聞いてくる人が多かったと思います。
ところが私もそんな日本カルチャーに慣れてきてしまい、「あーそうそう」とてきとうに相槌をうって流してしまう、かつての自分に逆戻りしていました。

ゲストハウス・マジック

そこで今回の旅のお話です。休みをとって2週間ほどシドニーに滞在し、市街のゲストハウスに宿泊しました。ゲストハウスは安いしひとり旅のときは友人もつくりやすくてなかなか楽しいんですよ。
※ちなみに日本での私は人見知りを発揮し、そんな気軽に友人をつくれないです。これぞ海外のゲストハウス・マジック也。

ゲストハウスではスウェーデン人、アメリカ人、韓国人などなど、やはりいろいろな国籍の方々がいました。そのなかで、なにやら見知らぬお酒を飲んで盛り上がっている仲良し6名グループがいたのですが・・・。彼らがなにを隠そう、チリ人ご一行様だったのです。

彼らはわいわいと宅飲み的なノリでゆるく楽しんでました。そのうちの一人、アレンというお目々がくりっと、天パーヘアのちょっぴりムッチリイケメンが、「お前も飲むか?」と誘ってくれて。チリの国民的な蒸留酒・ピスコをいただきました。興味津々で飲んでみたら「!!!」と。南米のお酒って強いのかも、と思ったら味わいはすっきり甘くて軽やか。とてもおいしかったんです。

チリの国民的なお酒、ピスコ。甘いぶどうの香りで飲みやすい。

次第に打ち解けて話を聞いていると、どうやらみんな大学の同級生で、社会人になった今でもいっしょに旅するような仲なのだそう。そういう関係をずっと続けられるってちょっと憧れますよね。

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でもそのとき言えなかったんです。
突然ですが、私はゲイです。と。

わざわざ言う必要なんてどこにもないんですけど。ただやっぱりカミングアウトってどうしても突拍子もないんです。会話の流れを一回ぶった切らなきゃいけない。その場の空気が変わってしまう。もしかしたら拒絶されるかもしれない。されなくても、相手がちょっと気を遣った瞬間がわかる。それってめちゃくちゃ怖いことです。少なくとも私はかなり体力を消耗します。

ただ、でも、とっさにカミングアウトできなかった。自由気ままに、ゲイフレンドリーな街シドニーに来ているのに、そんな環境であっても言えなかった。言わなかった。
ああ、いよいよ私も日本のカルチャーに流されてそれが板についてしまったんだ・・・、そう思いました。なにも変われなかった自分のことを少し蔑み、だけどちょっぴりほっとしながら。

だけど、わざわざしなくても仲良くなれる術はいくらだってある。いままでだってそうしてきた。だからまあ、まあ無問題! ケセラセラ! と、いつものようにてきとうに相槌打ってやり過ごしていたんですが。

純正ストレートクラブ

飲み会も盛り上がってきたところでチリ人ご一行様がよいしょよいしょと立ちあがり、なにやら準備をはじめました。

「これからクラブに行くけど、キミもいっしょにどうだ?」

シドニーのナイトクラブ? なんてシャレオツなお誘い、断る理由はどこにもない・・・!

でも、私の脳裏にはあることがよぎりました。きっとそのクラブは、ジェンダー的にストレートによる、ストレートのための、ストレート的な純正ストレートクラブなのだろう。絶対そうなのだろう。

それでも答えは決まってました。お酒も音楽も大好きな私がシドニーのクラブに誘われて行かないなんてもってのほか。言語道断です。YES! そこはNOと言えない日本人として声高らかに、YES!
と足早にじぶんの部屋にもどって素敵に髪をなおしてちょっぴり狩りに出る(あるいは狩られる)準備をして、レッツゴーパーリナイへと向かったのです。

おい、あそこにアジア人の女がいるぞ!

カウンター越しに並べられたリキュールやウィスキー。オシャレな今どきアゲアゲMusic。ほわんと青くてちょっぴりセクシーなライティング。建物は吹き抜けの3階建てになっていて想像以上にイケイケの空間でした。準備に手間取りすこし遅れたガチモードの私はうろちょろチリ人らを探しながら螺旋の階段をぐるりと回って、一番盛り上がっているエリアで彼らを見つけ出します。

「おージャパニーズ! 遅いじゃねえか、待ってたぞ」
「ほら、ダンスは腰から。腰振って、腰ッ!!」

合流した頃にはもうみんな完全に出来上がってました。そりゃゲストハウスで持ち込みピスコを何本も開けてたんだもの。みんなで輪になって踊ったり気づいたら謎の人も乱入したりしてきて、でもいいよねこういうの、なんて。スウェーデン人たちもやってきて、グローバルな感じで平和YEAH! を全力で楽しんでいました。

お酒もいい感じに回ってきて、物理的にもいい感じに回転させられて(Heyジャパニーズ回れ、と謎のラテンミュージックにのってぐるぐる回らされ)、いよいよカオスな状況になってきた頃、チリ人ご一行様のボーイズたちが目をギラつかせ始めたのです。

するとお目々くりくりアレン氏がチリボーイズたちにこう言いました。

「おい、オレが酔ったフリであいつのとこに行く。お前は助けにきて、連絡先を交換するんだ」

そう言って彼は急にベロンベロンに酔っ払ったフリをして、お友達が好みだという女の子のところへ向かったのです。
いつの間に役者スイッチが入ったのでしょう。加えてなんて華麗で戦略的なチームプレー。。

・・・と感心しながら他人事で見ていると、迫真の酔っ払い演技を終えたアレン大佐が今度は私のところにやって来て、辺りをきょろきょろと見渡し始めたのです。

「あっあっち見てみろ、あそこにアジア人の女がいるぞ!」


フロアの奥のほうをみると3人のアジア人女性が楽しそうに踊っていました。

いや、、、というか、、、、、


やっぱり、お決まりでこういう展開になってしまうのですね。お盛んなストレートボーイたちとクラブに行くということは。そりゃ、クラブに来るってことはお約束のイベントですよね。男は女にナンパをする。むしろそのために来たんじゃないかと。・・・というかアジア人どうしをくっつけようとしているのもそもそもどうなのか? と思ったけど、そんなことより今は・・・

彼らはとってもいい人です。ここまで話も弾んできたし、ノリもよくて友達想いで。でもやっぱり、最後の最後にいつもこうなっちゃうんです。なんというか、男の世界って、度胸試しというか、身を切って勇敢な行動をすることで仲間に認めてもらえるみたいなところが少なからずあると思うんですが。『お前、やるじゃねーか! 気に入った!!』みたいな。うーん、でもこの空気は壊したくないし・・・

頭のなかで私はただただ葛藤してました。おいおいここはシドニーだぞ。日本から南へ南へはるばる飛んできて、世界でも有数のゲイフレンドリーなシドニーにやって来た。こんなところで自分に、周りの人に嘘つくのはどうなんだ?
いやいやでも、ここまでアレン含めチリ人たちとこんなに仲良くなれてそれはそれで楽しい。このまま旅の思い出として女の子に声を掛けちゃって振られて、それもいいんじゃないか。うーむ。。。


いや待てよと。それはなんか違う気がする。それで嫌われたってなんだ、旅は道連れ世は情け、言わぬは一生の恥。踊らにゃ損! 気を遣うためにわざわざ海外に来てるんじゃない。自分よ、前へ進め! 少年少女よ大志を抱け!



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アレンに思い切って言いました。ごめん、突然ですが私、ゲイなんだよね。だから女の子はナンパできなくて。ごめんね。


するとアレンは私の顔をみて、「え、マジ? リアリー?」と驚いたように言いました。これでまた新しい友人を失ったか・・・そう思った矢先、彼は再びあたりをきょろきょろと見渡し、間髪入れずに奥のほうを指さしてこう言ったのです。

おい、あそこにアジア人の男がいるぞ!

「え、え?? 今なんて・・・?」

「だから、あそこにアジア人の男いるぞ?」

彼が指さした先、そこにはアジア人の男の子3人が踊っていました。たじろぐ私なんか構うことなく、アレン大佐から聞き覚えのある指令(コマンド)が下ります。

「オレが酔ったフリであいつのとこに行く。お前は助けにくるフリをして、連絡先を交換するんだ!」

え、あ、ラジャ・・・って、それって・・・?? なにか言おうとした頃には彼はそのアジア人グループに乱入。べろべろに酔っ払ったふりして、彼らに今世紀最大のDARU GARAMIを発動しはじめたのです。

怪しさ満載の大佐。来年のオスカー賞受賞は確実か。それに対して明らかに嫌悪感まるだしのアジアン・ボーイズ。収拾がつかない状況、現場からは以上です。

これはミッションとかそういう問題じゃなく、本当の意味で彼らをレスキューしに行かなくてはいけない。そう思い慌ててかけ寄り、

「あ、あ、アーユーOK??」

私がそのアジア人の男の子たちのレスキューを試みてる(フリをしている)と、アレンはさっといなくなりました。振り返るとアレンと目が合い、あとは若者たちでごゆっくり(*^ー゚)b とドヤ顔&ウィンクして消えていったのです。

え、え、この状況どうしたらええの????
アジア人同士無理やりくっつけようとするのやっぱりご時世的にもコンプラなんじゃ! という心の叫びもありますが、そのとき私はただただ泣きたい気持ちになっていました。

自分は一体なにを勘違いしてたんだろう? 男がどうとか女がどうとか、嫌われたくないとかうじうじうじうじしてたけれど、彼らはそんなこと1ミリたりとも気にしてなかった。気にしてたのはこっちの方で、彼らを突き動かしてたのは、その中心にあったのは友達とか恋愛とか性別とか年齢とか関係なく、相手に対するリスペクトと深い愛情だったんです。だから相手のためになろうって、体を張って行動に出てくれた、それだけだった。彼の気持ちに気づいたら悔しくなって、だけど嬉しくなって、やっぱり泣きたい気持ちになって。いや泣いてました。

後日談

ちなみに無理やり連絡先を交換したアジア人のボーイズたちとは残念ながら? 進展はありませんでした。私にも、もちろん彼らにも好みがあるってもんで・・・。
ただその後もチリのみんなはずっと仲良くしてくれて、車を借りるからいっしょにブルーマウンテン(シドニー近郊の世界遺産)に行くけど一緒にどうだ? と誘ってくれて出かけたりもしました。もちろん私の一生の思い出になりました。

帰国後も私はチリへの想い、南米への想いが強くなり、スペイン語を勉強して彼らに会うために地球の裏側チリまで飛び立ちました。スペイン語はマスターできなかったけど、チリ人ご一行様と再会してみんなでバーベキューしたり実家のご飯を食べさせてもらったり、やっぱり彼らの周りにいるのは愛に満ち満ちたすばらしい人たちでした。

愛だのナンダカンダ熱苦しく語ってしまいましたが、これが私の人生をちょっぴり動かしてくれた、チリ人たちとの出会いです。
これからも私は人生で何度も相槌うって空気を読むでしょう。吾輩はゲイですなんて言えない日もあると思います。
でもあの愛にまっすぐ生きるチリ人たちのようにまっすぐ、ときどきピスコを飲んで羽目外したりしながらそうやってあの日のように自分を取り戻していきながら、愛だのなんだのちからにしてそれを振りまいたりして生きていけたらなあと、思ったのでした。


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