【特別掲載3/5】三秋縋『あおぞらとくもりぞら』(原作版)

三秋縋さんのサイト「げんふうけい」と同時掲載。

※こちらの原稿は、初期バージョンから大幅に加筆・修正が施された改稿バージョンとなります。

★最初から読む場合はこちら ⇒ 【特別掲載1/5】三秋縋『あおぞらとくもりぞら』(原作版)

★loundrawさんによるコミック版はこちら ⇒ 第一話「Blue sky?」


『あおぞらとくもりぞら』

三秋 縋


  62.

 そんな日々が、しばらく続きました。


 だんだんと青空は僕に口答えすることもなくなり、

 放っておいても向こうから会いにくるようになりました。


「くもりぞらさんは本当に私といるのが好きですね」

 などと言いつつ、僕のおごりでケーキを食べたり

 映画を観たりドライブをしたりするのを楽しんでいました。


 そしてときどき、僕の袖をくいくいと引き、

 取ってつけたように「早く殺してください」と言うのでした。


  63.

 その日、僕たちは夏祭りに来ていました。

 石段の上から見下ろす会場は人で溢れかえっており、

 僕たちはそれをぼんやりと眺めていました。


「毎日毎日私に付きまとって、くもりぞらさんは

 よほど暇なんですね。彼女とかいないんですか?」


「ああ。お前のことで手一杯だからな」


「私のせいにしないでください」


 青空はあんず飴をひと舐めしたあと、

 会場に視線を下ろしたまま僕に訊きました。

「ねえ、くもりぞらさん」


「なんだ」


「くもりぞらさんは、何が楽しくて生きてるんですか?」


「……それを俺に訊いてどうする?」


「私が言うのもなんですが、くもりぞらさん、

 生きててあんまり楽しくなさそうに見えるので」


 気に障る物言いだったので、僕はこう返しました。

「お前をいじめるのは楽しいよ」


「……そうですか。それはよかった」

 青空は表情を変えずに言いました。


  64.

 そのときふと、どこかで見覚えのある女の子が

 石段を上がってくるのが目に入りました。

 少し間を置いて、僕はそれが青空のクラスメイトだと思い出しました。


 クラスメイトは青空を見ると片手を挙げて挨拶しかけましたが、

 隣にいる僕の存在に気づいた途端にその手を引っ込めました。

 そして何やら含みのある眼差しを一瞬青空に向けたあと、

 元来た道を引き返していってしまいました。


 青空はクラスメイトの背中を見送った後で言いました。

「……くもりぞらさん、多分、私の恋人だと勘違いされましたよ」


 僕は小さく肯きました。「そう見えたとしても不思議はない」


「つまんないですね。もっと嫌がってくださいよ」


「嫌がってほしいのか」


「はい。落ち込めばいいと思います」


 少し考えてから、僕はこう提案します。

「じゃあ、次にあのクラスメイトと会ったら、

 彼氏のふりをして挨拶することにしよう」


「……やめてください」


 残念ながら、その後クラスメイトと再会することはありませんでした。


  65.

 その日、青空を家に送り届けて立ち去ろうとすると、

 彼女は僕の服の裾を掴んで引き止めました。


 僕は立ち止まって振り返ります。「どうかしたか?」


 彼女はしばらくうつむいて沈黙していましたが、

 やがて観念したように言いました。


「認めます」


「……なんの話だ?」と僕は訊ねます。


 青空は目を逸らしたまま小さく溜め息をつきました。

「くもりぞらさんの狙い通りだということです。

 私、今、生きることをちょっと楽しんじゃってます」


  66.

「珍しく素直じゃないか」と僕は言います。


「……でも、それだけなんです」と彼女は続けます。

「いくら楽しくても、私の自殺願望に変化はありません。

 むしろ、日に日に罪悪感が増していくばかりです。

 八人も殺した私が、のうのうと人生を謳歌するなんて……」


 そこまで言ってから、青空は顔を上げました。

「だから、くもりぞらさんが何をやっても無駄なんです」


 僕は彼女と目を合わせたまましばし黙考しました。


 実を言うと、僕も薄々そのことには感付いていました。

 どれだけ彼女の人生に楽しみを増やしたところで、

 肝心の罪悪感を取り除かないことには

「死にたくない」と言わせるのは不可能ではないか、と。


  67.

 この辺りが潮時かもしれない、と僕は思います。

 彼女の口から「死にたくない」と聞けないのは残念ですが、

「生きることが楽しい」の言葉を引き出すことはできました。


 おそらく今、青空は敗北感に打ち拉がれていることでしょう。

 ひょっとすると、今この瞬間こそが、

 彼女を殺すのにもっとも適したタイミングなのかも知れません。


 青空は僕の思考の流れを読んだかのように言いました。

「さあ、友達ごっこはそろそろお終いにしましょう」


 長い沈黙がありました。

 僕の頭の中を、様々な考えが渦巻いていました。

 やがて、僕は無言で青空に背を向け、その場から立ち去りました。


 まだだ、と僕は内心でつぶやきます。まだそのときではない。

 青空を殺すのは、<死に甲斐>をひとつ残らず奪いきり、

 彼女が僕に命乞いをするようになってからだ。


  68.

 この頃には、僕もうっすらと自覚していたのかもしれません。

 自分がこの<標的>の殺害に、抵抗を覚え始めていることに。


 そしておそらく、それをはっきりと自覚した瞬間に、

 <掃除人>の資格は失われてしまうようにできているのです。


 気づいた頃には、もう手遅れでした。


 翌日、いつものように青空と二人で真夏の太陽の下を歩いていると、

 突然、僕の右手がぴくりと不随意に動きました。


 他人を操縦することに慣れている僕には、

 それが何を意味するのか、即座に理解できました。


 青空に注意を促そうとしましたが、手遅れでした。

 口を開きかけたところで、全身のコントロール権が剥奪されます。


 僕は出し抜けに青空の肩を掴んで立ち止まります。


 青空が驚いて振り返ります。「どうしたんです?」


  69.

 なるほど、と僕は感心します。

 もし僕を操っているのが僕の後任の掃除人だとすれば、

 そいつは本来青空を先に自殺させるはずなのです。


 しかし、今この場には、死ぬべき人間が二人揃っています。

 つまり——


「つまり、まず、”くもりぞらさんを使って私を殺す”わけですね」

 青空は僕の様子を見て、すべてを察したとばかりに言います。


「そっか、私はくもりぞらさんの手で殺されるんだ」

 彼女は嬉しそうに言うと、無防備に歩み寄ってきます。


  70.

 そのとき僕たちがいたのは、街の噴水広場でした。

 人目につかない物陰に入ると、僕は青空の背後に回り、

 彼女の細くてひんやりした首に右腕を巻きつけました。


 青空は力を抜き、無抵抗で僕に身を委ねます。

 僕の腕は、少しずつ青空の首を圧迫していきます。


 体を乗っ取られるのは、初めての経験でした。

 意外にも、「操られている」という感じはほとんどなくて、

 まるで自分の意思でそうしているかのような錯覚を受けました。


  71.

 青空の首に絡みついた僕の腕に、徐々に力が入ります。

 いくら操作に逆らってみても、体は動きそうにありません。

 しかし、このまま彼女を殺すわけにはいかないのです。

 せっかく積み上げてきた努力が台なしになってしまいます。

 彼女の死に甲斐を奪いきるまでにはまだ時間が要ります。


 僕は抵抗するのを諦めて、代わりに精神を集中します。

 すると、意識の半分が青空の体に乗り移ります。

 思った通り、まだ僕自身の操作能力は失われていないようです。

 半分だけが後任者に移譲されている状態なのかもしれません。


 青空はこのまま僕に殺されたいらしく、

 必死に操作に抵抗してきましたが、

 なんとかそれをねじふせることに成功します。


 彼女の体を乗っ取ると、僕は僕自身のみぞおちに肘を入れました。

 さらに踵で足の甲を踏みつけ、腕の力が弱まった隙に

 全体重をかけて勢いよく後ろに倒れ込みます。

 地面に頭を打ちつけた僕は一瞬意識が飛び、

 直後、操作から解放されていました。


  72.

 起き上がろうとすると、全身に激痛が走りました。

 それは僕がこれまでに経験したことのない種類の痛みでした。

 おそらく、操作に逆らったせいでしょう。

 全身の筋肉がひっくりかえってしまったように感じられました。


 青空はけほけほと咳き込みながら体を起こします。

「大丈夫ですか?」


「いや。あまり大丈夫じゃない」と僕は答えます。


 青空は笑います。「体、めちゃくちゃ痛むでしょう?」


「ああ。操作に逆らうと、こんなことになるのか」


「そうなんですよ。しばらく苦しむといいです」


 それから彼女は視線を落とし、小声で訊きました。

「ねえくもりぞらさん、私、汗くさくありませんでした?」


「汗?」僕は訊き返しました。「いや、まったく」


「よかった。……もう、こんなことになるなら、

 香水とかつけてくればよかった」

 あと一歩で死ぬところだったというのに、

 どうでもよいことを気にする女の子だな、と僕は思います。


  73.

 いつまでも地面に寝転んでいるわけにもいかないので、

 僕は地面に両手をついて、ゆっくりと立ち上がりました。

 全身が悲鳴を上げ、冷や汗がだらだらと出てきます。


 石畳からの照り返しが、暑さに拍車をかけています。

 僕はいったん広場の噴水の淵に腰かけて、

 痛みが引くまで休憩することにしました。


 しかし、やっとのことでそこまで辿り着いて腰を下ろしたとき、

 僕は立ち眩みを起こし、次の瞬間には噴水の中に落ちていました。


 水面に顔を出して、僕は顔を両手で拭います。

 広場にいた人たちの視線がこちらに集まっています。

 青空はお腹を抱えて笑っています。


 僕は両手をついて水中に座り、空を見上げました。

 飛行機雲が、青空にふんわりまっすぐのびていました。


  74.

 近くの木にとまった二羽のカラスがこちらを見下ろしていました。

 もうすぐ餌になる対象を見るような面構えでした。


「なにやってるんですか」と青空が笑いながら言います。

「まだ誰かに操られてるんですか?」


「涼しげでいいだろう」と僕は答えます。


「体中痛いんだから、笑わせないでください」


「笑い死ね」


「びしょびしょじゃないですか」


 青空はそう言うと、噴水のふちに立ち、

 ひょいと飛んで僕の横に着水します。


 水飛沫があがり、僕は思わず目をつむります。

 広場中の視線が再び僕らに集まります。


  75.

 十秒以上たっても顔を上げてこないので、

 僕は青空の体を抱え起こしてやりました。

 平気そうにふるまってはいましたが、彼女の体も、

 僕と同等かそれ以上のダメージを受けていたようです。


 頭の天辺から足の爪先までずぶ濡れになった彼女に、僕は言います。

「『噴水で女子高生溺死』なんて、ニュースを見た人が首を傾げるぞ」


「大丈夫です。だって、くもりぞらさん、

 絶対にそんな死に方許してくれないから」

 青空は軽く咳き込んでから言いました。「そうでしょう?」


「……まあ、そうだな」


「信じてますよ」

 青空はにこりと笑いました。


  76.

 しばらくのあいだ、僕たちは冷たい水を堪能していました。

「くもりぞらさん。まだ、体、痛みますか?」


「……ああ。特に両手がひどい。まだ痺れてる」


「そうですか」


 そう言うと、青空は水中でもぞもぞとこちらに躙り寄り、

 よそ見をしたまま無言で僕の手を握りました。

 麻痺しているから、気づかれないとでも思ったのでしょうか。


 僕はあえて、それを指摘しないでおきました。

 今は好きにさせておいて、あとでからかってやろうと思ったのです。


  77.

 僕の手を握ったまま、青空は素知らぬ顔で言いました。

「それにしても、どうして追撃がこないんでしょうね?」


「さあな。見当もつかない」と僕は嘘をつきます。

 先ほどから<早くそいつを処理しろ>という指令が

 絶え間なく聞こえていることなど微塵も匂わせずに。


 内心では、こう考えています。

 おそらく、まだ手遅れではないのです。

 先ほどの攻撃は、ただの警告にすぎません。

 僕に操作能力が残されているのが、何よりの証拠です。


 ここで警告に従って大人しく青空を殺せば、

 僕は標的から外され、再び掃除人に復帰できるのでしょう。


 しかし、僕はどうしてもその気になれませんでした。

 だから警告に気づいていないふりをしていました。


  78.

 すっかり体の熱が引くと、僕たちは噴水を出て服を絞り、

 水をぽたぽた滴らせながら日向のベンチまで歩いていき、

 並んで日光浴をして服を乾かしました。


 やがて、五時を知らせる鐘が広場に鳴り響きます。

 いつの間にか、服は完全に乾いていました。


 僕はおもむろに立ち上がって言いました。

「今日は疲れたし、そろそろ帰るか。じゃあな、青空」


 青空は何か言いかけて、しかし、

 思い直したようにその言葉を呑み込みました。

 そして代わりに、いつも通りの挨拶を口にしました。

「はい。さよなら、くもりぞらさん」


 別れ際、青空はちょっとだけ名残惜しそうにしていました。

 多分、彼女は理解していたのだと思います。

 これが最後の別れになる可能性も、十分にあるということを。


  79.

 僕は、二度と青空とは会わないつもりでいました。

 後任者の手で青空が殺されるのは、別に構いません。

 ですが、今日のように、青空を殺す道具として使われるのは嫌でした。

 僕は他人に利用されるのが何より嫌いなのです。


 次に体を乗っ取られたら、多分、そのときが僕の最期でしょう。

 今日は向こうがあっさり引き下がったので助かりましたが、

 本気で殺す気で来られたら、こちらに為す術はありません。

 <掃除人>として六人を葬り去ってきた僕にはわかるのです。


 僕はアパートに篭もり、審判が下される日を待ちました。

 しかし意外にも、それから一週間は平穏な日々が続きました。


 僕の操作能力は、依然として残っていました。


  80.

 この一ヶ月、ほとんどの時間を青空へのいやがらせに費やしていたので、

 彼女がいなくなると僕は一気に手持ち無沙汰になってしまいました。


 朝目覚めると、ついいつもの癖で青空のことを考えてしまいます。

 ——今日は、どんな手で青空を苦しめてやろう?


 その都度、僕は自分に言い聞かせます。

 ——馬鹿野郎、もう彼女のことは考えなくていいんだ。


 すると頭の中でもう一人の僕が言い返します。

 ——じゃあ、一体何について考えればいいんだ?


 その問いに対する答えを、僕は持ち合わせていませんでした。

 ほどなくして、僕は皮肉な事実に気がつきました。

 青空の<死に甲斐>を奪うことは、いつしか僕にとって

 最大の生き甲斐になってしまっていたのです。


 生き甲斐を失った今、僕の気力は急速に衰えてきていました。

 殺すならさっさと殺してくれ、と僕は捨て鉢な気持ちでつぶやきました。


  81.

 青空と別れてから十日が経ちました。


 その日、僕の頭をふとこんな疑問がよぎりました。

 ——<標的>は、どういった基準で選定されていたのだろう?


 試みに、僕はこれまで殺害した六人の標的を順番に思い浮かべました。

 共通点らしい共通点は、これといって見当たりません。


 やはり、単に罪を犯した人間であるということ以外に

 <標的>を<標的>たらしめる条件はないのかもしれません。


  82.

 しかし。

 僕が六人の標的について考えるのに飽きて、

 再び青空に思いを馳せたそのとき——

 ばらばらだった点が、ひとつの線になったのでした。


 これまで僕は、<標的>と<掃除人>を切り離して考えていました。

 この誤った前提が、真実を覆い隠していたのです。


 青空を含めた七人の共通点。

 いえ、僕を含めた八人の共通点、と言うべきでしょう。


 僕がそれに気づいた矢先のことでした。


 ふいに、二度目の「それ」がやってきました。


  83.

「……遅かったじゃないか」と僕は軽口を叩きます。

 次の瞬間には、僕の体のコントロール権は失われています。


 体が、勝手に動き始めます。

 手際よく部屋にあるものを仕分けてゴミ袋に入れていき、

 それらを持ってゴミ集積場とアパートを何往復もします。

 やがて、部屋はほとんどからっぽになります。


 身辺整理が済むと、僕の体はホームセンターに向かい、

 そこで太めの縄と液体石鹸を購入します。

 後任の掃除人は、僕を首吊りで処理するつもりなのでしょう。


  84.

 僕が向かわされた先は、町外れの寂れた神社でした。

 手頃な木を見つけると、僕は買い物袋から縄を取り出し、

 途中で解けないようにしっかりとそれを枝に結んでいきます。


 それから、首を入れるための輪っかを作ります。

 いわゆる「ハングマンズノット」という結び方です。

 僕も標的を殺す際にそれを使ったことが何度かありました。


 さらに掃除人は、縄と僕の首の両方に石鹸水を塗りたくりました。

 これも首吊りの常套手段で、摩擦が軽減されることで

 縄が上手い具合に首に食い込むのです。


 着実に、最期の瞬間が近づいてきていました。

 しかし、このとき僕の頭を占めていたのは恐怖心ではなく、

「これで青空を殺さなくて済む」という安堵感でした。


 不思議な話ですが、それ以外には何も思いつかなかったのです。


  85.

 間もなく、首吊り自殺の準備が整いました。

 掃除人に操られた僕は神社の物置にいき、

 ビール瓶のケースを持って戻ってきます。


 ケースを地面に伏せて踏み台代わりにすると、

 僕はその上に乗って、縄の輪っかに両手をかけました。


 そのときふと、僕は自分の後任であるこの掃除人に、

 ちょっとしたいやがらせをすることを思いつきました。


 僕は操作に抵抗して、口を開きました。

「なあ、今俺を操っている掃除人のあんた」と僕は呼びかけます。

「五分、いや、二分でいい。話を聞いてくれないか?」


 案の定、掃除人は僕の発言など気にもかけず、

 そのまま僕に首を吊らせようとします。

 しかし僕は全力でそれに抵抗し、話を続けます。


  86.

「俺も、元掃除人だ。以前はあんたと同じように、

 標的を自殺に見せかけて殺すことを繰り返していた。

 だが七人目の標的を殺せなかったせいで、

 掃除人を失格となり、殺される側に回された」


「前に俺と一緒にいた女の子、あれが七人目の標的だ。

 彼女も以前は掃除人をやっていたんだが、

 九人目の標的を殺せなくて、殺される側に回された。

 そういう仕組みなんだ。殺すのをやめると殺される」


「なんでこんな仕組みになっているのかは

 さっぱりわからないが、ひとつ言えることがある。

 それは、あんたが掃除人を続ける限り、いつか必ず、

 『殺せない相手』と出会うだろうってことだ」


「俺もそうだったし、俺の前任者もそうだったし、

 その前任者も、その前任者の前任者も、皆そうだったに違いないんだ。

 あんたもいつか、どうしても殺すことのできない標的と出会う」


 僕にとっての、青空のように。


「そのときが、あんたの最後だ」


 そう言って、僕はにやりと笑ってみせました。


  87.

 操作に抵抗するのにも、限界がきていました。

 やがて、僕の体のコントロール権は完全に奪い返されました。


 僕は縄の輪っかに首を入れ、踏み台を蹴飛ばしました。


 縄が首に食い込み、両足が空を切り、体がふらふらと揺れました。

 脳への酸素の供給が絶たれ、たちまち意識が霞んでいきます。

 ぎしぎしと縄の軋む音だけが、妙に鮮明に聞こえました。


 最後に脳裏に浮かんだのは、青空の顔でした。

 この数週間のうちに目にした彼女の色んな表情が、

 走馬燈のように次々と現れては消えていきました。


 薄れ行く意識の中、僕はようやく自覚しました。


 ——そうか。僕は、彼女に恋をしていたんだな。


 直後、僕の意識は途切れました。


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