【2つめのPOV】シリーズ 第2回 「手」Part.3(No.0157)

パターンA〈ユスタシュの鏡〉


[side:F]


ある田舎の田んぼでカエルの卵が一斉に孵化しました。

あちらこちらにそれは沢山の卵塊がありましたから、この季節はおたまじゃくしの運動会のような有様で、それはそれは賑やかでした。

ひとつの卵塊から生まれたおたまじゃくし達は、それは兄弟として仲良く暮らし成長を共に生活していきました。


しかしその田んぼの端っこには、どういうわけか卵塊から外れてゼラチン状の卵のうに、たった一個だけ包まれた卵がありました。

なんで、どういうわけで外れたのか検討がつきませんでしたが、このたった一個の卵も皆と同じタイミングでどうにか孵化することが出来ました。


この一匹のおたまじゃくしは、たった一匹で生まれたと言うこと以外は他と何も変わりがありませんでしたが、成長するごとに少し違いが生まれたのです。

日が過ぎてそれなりにおたまじゃくし達は成長しました。

しかしやっとこさ頭と尻尾が目で見てハッキリと分かる程度の成長具合でしたが、あの一匹のおたまじゃくしだけは、もう既に手が生えていたのです。

しかも右手が一本だけ生えていました。

彼以外のおたまじゃくし達は兄弟として同じ場所で固まるように生活していましたが、この片手のおたまじゃくしだけは一匹で生まれた事もあって兄弟はいませんでした。生活もたった一匹でしていました。

それでも狭い田んぼですから、他のおたまじゃくし達にも出くわすようになるのですが、皆して彼の片手を見るなり不気味に思い遠巻きにされたりしました。


ある時、片手のおたまじゃくしに出会った別のおたまじゃくし達が聞きました。


「君はどこで生まれたんだい?」

「僕はあっちの端っこで生まれました。」

「一人みたいだけど、兄弟は何処にいるの?」

「僕は兄弟はいません。一人で生まれたんです。」

「その手は何?」

「知りません。何故か右手だけ育ったんです。」

「どうして?」

「僕にもわからないんです。なんでこんなに右手だけ成長してしまったのか。」

「何がほしいの?お腹空いてるの?」

「いえお腹は空いてません。」

「ほらこれ食べな、ほらほら。」

「いりません。止めてください」


片手のおたまじゃくしは、こうして何かと問いただされ、からかわれる事がありウンザリとしていました。


どうして片手だけが先に生えて成長したのかなんて、自分自身にだって解らなかったのです。

また、どうして自分だけが兄弟も無くたった一匹で育ったのかも解りませんでした。


彼は年に似合わず、色々な悩みを抱えてしまい、他のおたまじゃくし達とはなかなか気持ちが合わず、折角生まれたのに生まれる前と同じように一匹で過ごす事が多くなりました。

しかし彼の引っ込みがちな性格とは裏腹に、片手は元気に成長を続けました。

ある日、食事に出かけたとき、行き先でおたまじゃくし達が集団で群れている気配がしたので、彼はそこから距離を取り、普段はあまり近づかない薄暗い方へ向かいました。そっちは他のおたまじゃくし達も寄り付かない場所ですから静かで良いですが、危険な噂も立つ場所でした。


さすがに誰もいないだけあって、エサは豊富にありました。

彼は元気にパクパクとエサを食べていると、水草に隠れた薄暗いところから何かが勢いよく飛び出してきました。

それはトンボの子供、ヤゴでした。


ヤゴは一匹で過ごしている片手のおたまじゃくしを食べようとして向かってきたのです。

ビックリしたおたまじゃくしは慌てて逃げ出そうと全力で泳ぎ、元の場所へ進みましたが、ヤゴの勢いはおたまじゃくしを遥かに越えていました。

ヤゴはバタバタと無様に逃げるおたまじゃくしの後ろで泳ぐのを辞め、頭を真っ直ぐに向け何やら狙いを定めました。

そしてヤゴはおたまじゃくしを捕まえるために、とてつもない速度で自分の下顎を飛び出させました。

凶悪な下顎がおたまじゃくしの尻尾を挟むその瞬間、ヤゴのいた暗い水草の中から更に大きな何かが物凄い速度で飛び出し、ヤゴの下顎は消えてしまいました。


九死に一生を得たおたまじゃくしは、後ろを振り返りました。

彼の後ろは田んぼの土が掻き回されたせいで土煙で立ち込め、水が濁って何も見えない有様でした。

そこに大変な力が働いた事が証でした。

彼は弾む息を整えながらも、土煙が収まるのを待ちました。

すると、そこに現れたのは、大きな一匹のカエルでした。


カエルは驚いて呆然としているおたまじゃくしを見つけると、まだ口に残っているヤゴをゴクリと飲み干して近づいてきました。


「やあ、大丈夫かい君?危なかったね。このあたりは危険だから一匹で泳いじゃいけないよ。」

「は、はい。 あ、ありがとう、、、ございました、、、」

「怖かったね。でも安心しなさい。もう私が食べてしまったよ。 ん?君、その身体でもう手が生えているんだね?」

「は、、はい。そうです、、、だから、、その、、皆から馬鹿にされたりします、、、」

「そうかい、でも皆いずれは生えてくるものさ。頑張りなさい。」


カエルはそういうと、おたまじゃくしの片手にギュッと力強い握手をしました。

この瞬間、おたまじゃくしはどうして自分に片手が生えたのかが判りました。


あのときの熱い握手は、立派にカエルとして成長した今でも、彼の右手に熱や感触を何時までも残していたのでした。



つづく


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