【短編小説】MISSING 2.失踪、Missing
その日以来、夜の空を飛ぶ日が多くなった。都会の夜は眠れない人も多いけど、ある瞬間になると、みんな眠りにつく。待っている間、そのような瞬間は必ず一度はやってきた。都市の夜は相変わらず美しかった。一つずつ街の明かりが消えて、まだ眠っていなかった窓の明かりも全て消える。その時が、僕が一日を始める時間だ。夜が明けるまではわずか1、2時間しか残っていないが、僕は外出の準備をする。
そうしている間、翼は少しずつより元気になって輝いていた。空を飛びことも一層楽になり、夢のように角度を調整したり、風を避けて飛ぶ方法まで身につけた。夢はまるで予習だったかのように、とても自然に、ずっと昔から飛び方を知っていたかのように、空気と向き合うことができた。
朝になると、僕は帰ってきて眠り、翼の手入れをした。少しずつこの生活に慣れていく。時間が経つにつれて、僕はマンションの屋上だけでなく、この街の隅にある山にも行って、もっと勇気を出して街の中心部に出る計画を立てるようになった。なので、今日は練習を重ねて、マンションの団地を抜け出して直進すると現れる道路まで行ってきた。その道に沿って真っ直ぐ進むと大きな商業施設があり、デパートが現れる。この都市の中心部というわけだ。バスに乗ると5駅くらいの距離だ。そこにはデパートが二軒もあり、広い広場がある。広場の真ん中には噴水があるが、今年は噴水が出るのを一度も見ていなかった。実はそこは多少危険な場所だ。いつも人出が多くて車も多くて、早く動き出す人々が一日を準備する場所だからだ。それでも僕はそこに行くことにした。そこに行けば、僕が勤めていた会社のオフィスも見える。人が昼間に活動する中心部なので、むしろ夜はがらんと空いている確率が高い。
2日後に出発することにした。前もってコースを考えて、時間を計っておかなければならない。時間が流れる音が聞こえる気がした。かちかち時が経つにつれて胸がときめいた。こうして一歩一歩踏み出すという実感。どこへ行くのかも分からないままだけど、今になっては僕が特別になったことが、翼が生えて、違う人生を生きることになったということが、別に不満ではなくなっていた。僕は僕なりの生活を楽しんでいた。どっちの世界にいても一人で死んでいく。翼があってもなくても。
ピンポン。ピンポン。
ドアのベルが鳴った。スーパーマーケットに頼んだものもなく、新聞なんかは遥か昔止めているので延滞料金などもない。ひっそりと歩いて、ドアにある小さい穴から外を見てみた。警備のおじさんだ。マンション内の告知か、届ける郵便物でもあるのか。でも、僕はドアを開けることができない。家の中には羽が飛んでいて、何より僕の背中にはかなり丈夫そうな翼がついているのだ。僕はじっと息を殺していた。警備のおじさんはベルを何度か押してから帰った。警備のおじさんの後ろを、帽子をかぶった青年が追いかけて行った。どこかで見たような顔だった。
警備のおじさんが帰った後、僕は久しぶりにテレビをつけた。夜を飛んでいる間、テレビを見ることさえ忘れていた。ドキュメンタリー、音楽番組、アニメーション、教養番組···。数多くの番組は今も健在していた。おそらく人類が消滅すると、それもテレビで中継してくれるだろう。チャンネルを回して料理番組にチャンネルを固定した。画面の中の人はエプロンをして、ケーキを作っていた。今はクリームを絞っているところだ。クリームを絞って形を作る。
「クリームを絞ってから、こうして下に軽く掻き下ろしてください」
大きな帽子をかぶったシェフはフォークみたいなものでクリームを搔き下ろした。
「さぁ、これで、天使のデコレーションが完成です!」
彼は翼を作っていたのだった。ケーキの上に白い天使がいる。クリームで作った翼をつけて。妙な気分になって、テレビを消した。
突然、どうしようもない喉の渇きを感じた。キッチンで冷蔵庫のドアを開けた瞬間、もう一つの驚くべきことに気付いた。しばらくの間、僕は水も飲まずに、食べ物も食べずに生きてきたのだ!冷蔵庫を開けてそのことに気付いた瞬間、喉の渇きが消えてしまった。驚きに全身がぶるぶる震えた。僕にどんな変化が現れようとしているのだろう。翼、翼… これは何のためのものだろうか。これからどんなことが起きるだろうか。しかし、僕は不思議なことに今の現実に満足していた。時間が経つにつれて、僕の体の反応を自然に受け入れるようになったのかも知れない。これからどんなおかしい事が起きても受け入れられそうな気持ちが、体の奥の底からじんわりと滲み出てきた。僕は気を取り直して翼の手入れを始めた。
いよいよ出発だ。新たな飛行のための出発の時間なのだ。深い夜、僕は計画通りにマンションの屋上に上がって飛ぶ準備をした。真っ直ぐ続いている道路。背の高い並木が並んでいる大道路さえ静かな夜だ。並木の間に街灯の光だけが生きている。軽い空気が肺の中に入り込んでくる。人がほとんどいない夜の空気は薄くて透明だ。そして、夜空には細い月が浮かんでいる。白い光が澄んだ夜空の中で光っている。僕は足慣らしに翼を何度か動かしてから、足を持ち上げて、地面から離れた。翼を広げると、僕は空気の中にいる。空と向き合う。僕は高度を上げる代わりにゆっくりと飛んだ。久しぶりだ。かつては毎日通っていた道なのに。今は少し見慣れない気もして、もうこの道の主人ではない気分でこの道の上を飛んでいる。季節を知らせるように並木の葉が揺れている。歩道の菱形に沿って飛んでいく。灰色の菱形を10列過ぎると赤レンガの菱形が2列、そしてその繰り返し。8番目の菱形辺りで、もっと高く、もっと速く飛び始めた。そして、噴水の前に軽く着地した。
ここに足を踏み入れるのも大変久しぶりのことだ。ふと足先がしびれてきた。ぴりっと、つま先に地上の戦慄が伝わってくる。僕は身を屈めて靴を脱いだ。噴水の前に脱いだ靴を置いて、裸足で立った。夏の太陽を吸い込んだ冷めない地面の熱気、地面が含んでいる小さな生命の息が足裏から微かに伝わってきた。細胞一つ一つが生き返る感じがした。僕はそのまま飛び上がって市内を見回した。僕が勤めていたオフィスは暗すぎて形が分かるものが何一つなかった。僕はそのまま映画館の建物を見回って、新しく掲載された映画の看板広告を近くで見て、触って、俳優のことを思い出していた。映画の看板の中のものはいつも実物と似ているようで何かが違う。もし誰かが僕を描いたら、僕は彼に似ているだろうか、違うだろうか。
二軒のデパートの建物を一周して、急回転してビルの影に隠れた。二つの建物の間を結ぶ空中の橋に、一人が異様な姿勢でぶら下がっていた。見つめている間、暗闇に慣れてきた目に橋の中に立っている人が見えてきた。暗闇の中で爆発しそうな怒りを込めた目つきが光っていた。制服姿だ。歳は16歳くらいだろうか。
「お前は、死んでもできない」
橋にぶら下がっている男子生徒は苦しみながらも、冷静に冷たい言葉を吐き出した。頼みではなく、命令に近い。四角フレームの眼鏡が汗で滑り、顔から外れているにも関わらず、全国の成績優秀者に入りそうなエリートの顔だ。
「早くやれば」
完璧に命令する。それを聞いた橋の上の男子生徒が顔を歪めた。きれいな顔をしているか細い少年だ。弱い少年の顔は恐怖でいっぱいだった。それは、相手に対する恐怖と同時に、自分が今やっていることへの恐怖のように見えた。
僕はどうすればいいか迷った。彼らの前に出なければならないのか。こんな恰好で彼らの前に現れて、何をすべきなのか。翼を羽ばたきながら、彼らの前に出て言おうか。おい、何してるんだ、早く帰って寝ろ。それとも、このような状況はただそれくらいの歳の無数な経験の一つで、自らぶつかって解消されて消滅していくものだから、放っておいてもいいことだろうか。
そんなことを考えているうちに、眼鏡の少年が腕の力が抜けたのかふらついた。すると、弱い少年が素早く手を伸ばし、眼鏡の少年の腕を掴んで引き上げようとした。その瞬間、眼鏡の少年の目が光った。眼鏡の少年は全身の力を振り絞って、自分の腕を握っている弱い少年を引っ張った。そして、あっという間に二人は落下した。
頭より体が反射的に動いた。翼を大きく羽ばたきながら、僕は急下降した。二人の少年を掴むために。二人の少年を救うために。僕は今のように自分が誇らしく思えた時がなかった。人を助けるんだ、僕が。
しかし、二人の少年を持ち上げて飛ぶという予想と違って、二人の少年が落下する速度と重みに押しつぶされて、僕は一緒に墜落してしまった。落ちていく瞬間、二人の少年はすでに死んだような表情で僕の翼を見つめた。
どたん。
そうやって僕たちは墜落した。地上へ。重力によって。翼も重力に逆らうことはできなかった。頭が重くてぐるぐる回っていた。やっと目を覚ました。べたべたでじめじめしているものがもぞもぞ服を濡らすのが気持ち悪い。二人の少年はおとなしく目をつぶっている。二人の体が絡み合っている。誰かから出てきた血が、建物の間の汚い路地に滲みこむ。僕はやっと起き上がって座った。翼が頭を保護していたのか、片方の翼が折れている。少年たちの血を吸収した羽が赤黒い。
僕はようやく立ち上がった。遠くから夜が明けてくる。青々とした空気が薄くなる。それは遠くにある都市の外郭の地平線から始まる。濃い青色の絵の具にびっしょりと水をつけた筆が通る。そうやって青が広がっていく。そして、だんだんと薄くなり、夜明けが来て、朝になるのだ。世の中の全ての朝はこうやって始まる。
帰らなければならない。夜の空気があまりにも強烈で、朝が来ることを忘れていた。特に早く朝を始める都心のど真ん中では。デパートの街角にもう人影が見えた。二つの建物の間の路地から飛び上がろうとした。しかし、飛べないということが分かった。全身がずきずきして翼が痛い。
人がもっと動く前にどこかに移動しなければならない。思い浮かぶところは一か所しかない。移動しようと歩き出した瞬間、地面に落ちた少年の割れた眼鏡を踏んだ。足から血が滲み出た。弱い少年のポケットからはみ出したハンカチを取り出して足を結んだ。急がなければならない。
僕が働いていた会社の在庫を保管する倉庫が建物の地下にある。暗証番号は知っている。地下の扉を開けて入ると、懐かしい匂いが漂っていた。地下倉庫の湿った空気の中に、僕が5年間抱えて営業を回っていた製品がある。製品が生きている。「人より信じられるのが技術であり、製品だ」という社長の哲学を最も守っていたのは、もしかしたら僕かも知れない。在庫品なので捨てられたものと同じで、あまり確認しない場所だが、立ち寄った人にばれないように奥の方に入って、体を全部隠せる大きな箱に体を入れ込んだ。箱の中に座り、懐かしいに匂いをかきながらするりと眠りについた。どちらが夢なのかめどが付かない。
家に帰らなければならない。深夜の時間帯を選んで倉庫から出た。翼を動かしてみた。痛みはあるが、とりあえず飛び上がった。少なくとも都心部だけでも人の目につかないように飛んで移動しなければならない。もっと高く飛び上がって、大道路に向かって飛んだ。大道路の真ん中辺りに来た時、これ以上翼を動かすことができなくて、道路脇に降りた。ここからは歩くことにした。道路脇の高い木の間を通っていく。たまに、大型トラックやボリュームを上げて音楽を流している車が走っていきた。その度に、木の後ろに隠れた。足はすぐ傷だらけになった。噴水に脱ぎ捨ててきた靴を思い出した。僕が捨ててきたものについて。疲れている体で足を速めた。夏の夜は短い。時間がない。家に帰る道があまりにも遠い。
マンションの近くに来ると、ちらちら光る明かりが見えた。夜明けがうっすらと青い光を引き寄せて、夜を取り払っていた。世の中が眠りから覚めた巨大な動物のようにうごめき始める。ここからは頑張って飛び直すことにした。僕が住んでいるのはマンション団地の端っこだった。団地の中に入ると変な音がした。ざわざわと人の声が聞こえるにはまだ早い時間だ。微かに聞こえるパトロールカーのサイレン、まだ目が覚めないままぼさぼさとした人々のざわめき、子供の泣き声… さらに中に進むと、その音は徐々に大きくなり、話し声が聞こえるくらいになった。僕は家を目の前にして、最後の建物を渡れずに、隣の建物の屋上に降りた。そっと顔を出してみると、僕の住んでいる建物の前にパトロールカーが一台止まって、警備のおじさんと寝起きの姿で集まっている住民たちが見えた。何が起きただろうか。いくつかの羽が飛んで地面に落ちた。羽?慌てて見上げた僕の家に、電気がついていて、ベランダのドアが開いていて、人の影がある。僕の家と僕の羽だ!うちのベランダに警察が立っている。その後を追って帽子をかぶった青年が出てきた。帽子をかぶった青年。帽子をかぶった··· 誰だろう。誰だろう。見慣れない顔でもないし、かといって見慣れている顔でもない。話し声が聞こえてきた。
「顔は見たことがありません」
後から付いてきた警備のおじさんの声が聞こえた。
「数か月か前から見たことがありません」
僕のことを知らない誰かの声。
「彼だと思います」
「証拠は不十分ですが」
「ママ、怖い」
隣の子のむずかる声。
今度は警察が言う。
「断定はできませんが、計画されていたかも知れません。ふん… 連絡が取れる家族もいないし、会社も辞めて、人が住んでいた痕跡もないし… もっと調べてみないと… しばらく皆さんは周りに気をつけて、特に子供たちは一人にしないで、何かあったらすぐに通報してください」
住民たちは大げさな喜劇俳優のように手を口元に持っていって、驚きと興奮の嘆声を漏らす。恐怖の中で好奇心に満ちた目を輝かせながら。僕の家の中を靴を履いたまま歩いて出る警察に道を開ける。
ー 続く ー
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