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【6】退院間近の出来事、そして退院へ

病棟の人気者?

ある朝、病棟のエレベーターを降りると、ナースステーションから
キャッキャとはしゃぐような笑い声が聞こえてきました。

何か楽しいことでもあったのかと覗いてみると、そこにいたのは
複数の若い看護師さんたちに囲まれ座っているクマちゃん。
何か面白いことを言って笑いを取っているようです。

「大隈さんって先生だったんですね。話が面白くてみんなで聴き入っちゃいました」
「大隈さんは、いつも優しくて私たちにも気をつかってくれるんですよ」

おしゃべり好きなクマちゃんは、いつの間にか病棟の人気者になっていたようです。

「みんなとどんな話をしていたの?」と聞くと
「数学の問題を出していただけだよ」と。

どうせひっかけ問題でも出して笑いを取っていたんだろうな、と想像しながらクマちゃんをしみじみ見ると、目に生気が戻ってきていました。

何日か前にドーパミンを投与されたからか、冗談を言えるほど回復してきたようです。

もうすぐ退院できるかも!
記憶力は相変わらずで認知症に似た症状でしたが、少し希望が見えてきました。

リハビリ室での はじめの一歩


夜中に徘徊するほど足が丈夫だったクマちゃんですが、大きな手術を繰り返したので、リハビリ室での歩行練習は、案外遅かった気がします。

歩行器を使わず、介助なしで歩いたときは、我が子が歩き始めたときのように嬉しくて思わず涙がでました。

クモ膜下出血で倒れたと聞いたとき、もう一生自分の足で歩けないのでは?と思っていたので、一人で歩く姿に感動したのです。

「歩いたぐらいで何で泣いてんの?」と茶化されそうで、上を向いてごまかしましたが、あの瞬間が一番嬉しかったかもしれません。

本人も自由に歩ける嬉しさをかみしめていたのでしょう。
ゆるやかな坂を上ったり下りたりしながら、理学療法士さんと楽しそうに話していました。

ついに来た!退院の日

「クモ膜下出血で、回復して元のような生活ができる人は25%に満たないん    ですよ」
退院前に先生からそんな話を聞きました。

一人で歩けて冗談も言える。
ちょっと前のことは忘れてしまうけど、それ以外の記憶は戻っている。

クマちゃんは本当に運がよかったのかもしれません。

入院から53日後の3月18日、クマちゃんはついに退院の日を迎えました。

「救急車で運ばれたとき、雪が降っていたところまでは覚えているんだけど
 そのあとは全然記憶にないんだ。もう春なんだなぁ」

寒い冬から、一気に暖かい春の中に放り出され、ちょっと戸惑っているかのようなクマちゃんは、眩しそうに空を見上げてから車に乗り込みました。

子どもたちが後ろの席ではしゃぐ中、家までの間なにを話したのかは覚えていません。
ただ、家族にまた幸せが戻ってきたと実感したことだけは、はっきりと記憶に残っています。

「クモ膜下出血で倒れた」と聞いて、「できることなら代わってあげたい」と言っていた私の祖母が他界したのは、それから5日後のこと。

命のバトンがつながれた気がして、祖母の葬儀では「新しい命をありがとう」と伝えました。

2001年3月18日はクマちゃんの第二の人生が始まった日。
この日が第二の誕生日として、私の心に刻まれました。




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