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2024年のカンヌ受賞作4事例から、広報・ブランディングの現在と未来を展望する──ハイネケン、Xbox、Orange、マスターカード

2024年6月17日から21日にかけて、フランス・カンヌで開催された「カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバル」。世界最大の広告賞として知られるこの祭典には、今年も全32部門に2万6753点ものエントリーが集まりました。近年のカンヌライオンズは単なる広告の枠を超え、ビジネス変革やB2Bのクリエイティビティまでを評価する場へと進化を遂げています。

今回の記事では、2024年の受賞作品の中から、特に注目すべき4つの事例をご紹介します。クリエイティビティがいかにして社会課題の解決やビジネスの革新に貢献しうるかを示す、画期的な取り組みを見てみましょう。

ハイネケン「Pub Museums」

ハイネケンが手掛けた「Pub Museums」は、アイルランドの文化的アイコンであるパブを守るユニークな取り組みです。経済的な困難に直面し、年間150軒ものペースで閉店が相次ぐアイリッシュパブを、ARを用いたバーチャル博物館に変えるという斬新なアイデアで注目を集めました。

この取り組みでは、歴史あるパブの店内にQRコードを設置。来店者がスマートフォンでスキャンすると、パブ内の絵画や写真、装飾品が動き出し、その歴史を語り始めます。「未来を守るために過去を訪ねよう」というメッセージのもと、パブの文化的価値を再認識させる仕掛けです。

さらに重要なのは、この「博物館化」によってパブが文化遺産として認定され、税制支援や財政的恩恵を受けられるようになったこと。建物の維持費に20%の減税が適用されるなど、具体的な経済効果をもたらしました。

キャンペーンの波及効果は大きく、音声ガイドの再生回数は20万回を超え、観光ガイドへの掲載、さらにはアイルランドの歴史的なパブをユネスコ世界遺産に登録しようという動きにまで発展。パブ文化を未来に残そうというハイネケンの取り組みは、ブランドの印象を強く印象付けただけでなく、社会的にも大きな意義を持つ結果となりました。

Xbox Games Pass「The Everyday Tactician」

Xboxが展開した「The Everyday Tactician」は、ゲームの世界と現実のスポーツ界を橋渡しする革新的なキャンペーンです。サッカーシミュレーションゲーム「Football Manager 2024」のローンチに合わせ、ゲームプレイヤーを実在するサッカーチームの戦術担当として採用するという斬新な試みを行いました。

着眼点となったのは、イングランドの下位リーグに属するチームが、財政的な制約から戦術に長けた人材を確保できないという課題。そこでXboxは、ゲーム内で優秀な成績を収めたプレイヤーを、実際のナショナルリーグ(5部相当)のチーム「ブロムリーFC」の戦術担当として雇用することを提案しました。

選考プロセスは、ゲーム内大会での勝利、ビデオ審査、面接と進み、最終的に選ばれた一人が5か月間の仕事を獲得。この取り組みにより、チームは過去最高の成績を残し、リーグ内で最も黒星の少ないチームとなりました。

キャンペーンの成果はゲーム側にも及び、「Football Manager」のプレイヤー数が190%増加。シリーズ史上最もプレイされたゲームとなりました。

この施策は、ゲームのスキルを現実世界で活かすという逆転の発想で企画された点が新しく、エンターテインメント for ゲーミング部門のグランプリをはじめ、複数の賞を獲得しています。ゲームと現実の融合という新たな可能性を示した画期的な取り組みとして高く評価されました。

ORANGE「WOMEN'S FOOTBALL」

フランスの通信大手ORANGEが手掛けた動画広告「WOMEN’S FOOTBALL」は、女子サッカーへの偏見に真っ向から挑戦した作品です。

2023年FIFA女子ワールドカップ直前に公開されたこの広告。男子サッカーのスーパープレー集に見せかけた映像が実は女子選手のプレーだったという衝撃的な展開で、視聴者の固定観念を覆します。

この斬新なアプローチは予想以上の反響を呼び、フランス広告史上最も話題となりました。女性アスリートが直面する障壁についての議論を巻き起こし、さらには女性の不平等全般に関する対話のきっかけとなったのです。

広告の効果は目覚ましく、視聴者の92%が女子サッカーに対する見方が変わったと回答。その結果、フランスの主要テレビ局が女子ワールドカップの放送を決定するなど、具体的な変化にもつながりました。

Film Lions審査員長のTor Myhren氏(Apple Inc.のVP marketing communications)は「今年のフィルム部門で最高のエンパワーメントを与えるアイデアだった」と絶賛。エンターテインメント for スポーツ部門でもグランプリを獲得し、ONE SHOWやD&ADでも最高賞に輝くなど、世界的に高い評価を得ています。

マスターカード「Room for Everyone」

マスターカードの「Room for Everyone」キャンペーンは、データの力で国境を越えた課題解決に挑戦した事例です。

ウクライナからポーランドへの難民流入に伴い、ウクライナ人の起業がポーランドの新規事業の10%を占めるまでになり、競合意識の高まりが新たな社会問題となっています。そんな中、このキャンペーンは両国の企業が共に繁栄する革新的な方法を提案しました。

キャンペーンの中心となるのは、データ駆動型ツール「Where to Start」です。マスターカードの利用データを基に、補完関係にある事業をマッチングするこのツールは、例えばペットショップとドラッグストア、本屋と宝石店、理髪店とレストランなど、近接することで相乗効果を生む組み合わせを提案します。

このアプローチにより、ウクライナ企業はポーランドでの最適な出店場所を見つけられ、同時にポーランドの既存企業にもメリットをもたらします。結果として、新規事業者の40%がこのツールを利用し、ウクライナ人に対するポジティブな態度が10%増加するなど、顕著な成果を上げました。

「Room for Everyone」は、ビッグデータを活用した社会課題解決の新しいモデルを示し、国境を越えた企業間の協力を促進する画期的な取り組みとして高い評価を得ました。

新技術と人間性のバランス

2024年のカンヌライオンズでは、ヒューマニティに焦点を当てたアプローチが多く見られました。昨年は生成AI技術への関心が顕著でしたが、今年は最新のデジタル技術を駆使しながらも、人間の創造性や感性、文化的価値を表現し、社会課題の解決に挑んだ作品が印象的でした。

これらの事例は、人間らしさを追求するためにテクノロジーを活用し、社会的価値を創造するという、新しいクリエイティブのあり方を示唆しています。今後も、次々に現れる新技術と人間性とのバランスを取りながら、より良い未来の実現に寄与する取り組みが求められていくでしょう。