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LEGO BIG MORL「三月のマーチ」をもってすれば、こんなことも起きるかもしれない。

※以下は楽曲から想像した物語(フィクション)です。太字は歌詞引用。


「なんか、いつも降らない?三月の終わりって」
 言ったそばから大粒の白い塊がアスファルトを埋めていく。さっきまで地面が見えていたのに、あっという間に白が世界を覆ってしまう。
 「最後の抵抗なんだよ」
 隣から呟かれた意表を突く言葉に思わず視線を向けるが、モスグリーンの大きな傘の下に隠れてその表情は見えない。対する私は薄いピンク色の傘をさしている。色合いの薄さが似ていて、二つ並ぶとなぜだか対のように見える。
 「すぐに忘れられるから。春が来れば冬のことなんて。だから、忘れられないための最後の抵抗。虚しい悪あがきだよ」
 くるりとモスグリーンの傘が反転して、遮られていた表情がこちらに覗く。冷めた薄い笑み。
 「忘れないでって泣いてる」
 その言葉にドキリとした。
 一瞬自分たちのことを言っているのかと思った。まさかと思うものの咄嗟に言葉が出なくて、モスグリーンを背負うその背中に声をかけられない。そのまま先を歩いて行ってしまうから、慌てて後を追う。
 バス停には私達以外に誰もいない。辺りはしんと静まり返って、ただ白だけが降り積もっていく。
 コートのポケットから取り出したイヤホンを右だけ隣に差し出す。
 傘の下から伸びてきた白い大きな手が「ん」とそれを受け取る。かすかに触れた指が冷たい。自分の温度ではないその冷たさを誤魔化すように白い息を空に吐く。
 このバス停でこうして何度イヤホンを分け合っただろう。同じ曲を黙って聴く。会話もなく、淡々と。いつも言えない想いを音に託している。
 この時期になるといつもこの曲を思い出す。

 もう帰る時間だと 冬は寂しげに
 そんな冬に言うよ 「アリガトウサヨナラ」
 預かっていたバトンを春に渡す

 また会えるでしょう 君と僕も
 冬のキラメキを教えてくれたのは君だ


 「また会えるでしょう」
 ポツリと隣で呟かれた声がイヤホンを通り越して、耳に届いた。
 「君と僕も」
 またモスグリーンの傘が揺れて、黒い瞳がこちらを覗く。まともに目が合った。
 「わかってるでしょ。季節はまた巡るんだから」
わかってるよ。
 唇がそう動く。音声はない。少しすねたような表情。私だけが乗るべきバスが向こうから近づいてくる。
 私はまだ音楽を止めない。この曲が終わるまでは。最後まで聴いていたい。
 徐行して、私たちの前にバスが止まる。イヤホンの右側を手渡されて、また少しだけ指先が触れた。黙って受け取って、返された右側を握りしめる。
 「じゃあ、気を付けて」
 モスグリーンが揺れる。
 「うん。ありがとう」
 軽く返したふりのお礼にありったけの想いを込める。
 薄ピンクの傘を畳んで、バスのステップに乗り込んだ。
 私は次の冬もこの曲を聴く。このバス停で。その時もまた二人でいて、白が降り注いでいてほしいと思うのはわがままだろうか。終わる季節を惜しんであがく白を。
 忘れないでって泣いてる。
 結局は残していくのに、惜しんでほしいと思うのはわがままなのだろうけど。
 季節はまた巡る。そんな当たり前の事実をこんなにもありがたく思う。
 本当はどっちが残されているのだろう。いつもバスに乗り込んだこの瞬間、そう思う。本当は私が残されていく側なのかもしれない。どちらが冬でどちらが春なのだろう。
 どちらにしても、季節はまた巡る。

 また会えるよね 君と僕も
 世の素敵さを教えてくれたのも君だ


3月になると必ず思い出すLEGO BIG MORL「3月のマーチ」を聴いて思い浮かんだ一場面を。美しくも切なくもあり、鋭さもあり、何度聴いても何年経っても頭の中に残り続けている曲です。

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