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短編小説 「日暮れ」


空は茜色に染まり、ビルの合間から西日が差し込んでいた。仕事を終えた足取りで駅へ向かう途中、ふと立ち止まった。肌寒い風が頬をかすめ、思わず上着の襟を立てる。街路樹の葉はすっかり色づき、冷たい風にさらさらと音を立てて揺れている。道行く人々は皆、急ぎ足で家路を急いでいるようだ。そんな喧騒の中で、なぜか自分だけが取り残されている気がした。

胸の奥がきゅっと締めつけられる。この感覚は一体何なのだろう。理由もなく、ただ寂しさが込み上げてくる。歩道の脇にあるベンチに腰を下ろし、空を見上げる。太陽はゆっくりと沈み、空の色は次第に濃い紫へと変わっていく。雲は金色に輝き、その美しさに心を奪われた。

遠くから子供たちの笑い声が聞こえる。公園で遊んでいるのだろうか。その無邪気な声が、さらに寂しさを募らせる。

 「今年も、もう二ヶ月終わりか」

つぶやいてみると、白い息がふわりと空に溶けていった。一年が過ぎるのは本当に早い。何を成し遂げたのか、何が変わったのか、明確な答えは見つからない。携帯電話を取り出して時間を確認する。ひび割れた画面は五時半を表示してる。周りはすっかり暗くなり、街灯が灯り始めている。人々の姿もまばらになり、街は静けさを取り戻していた。

立ち上がり、再び歩き出す。足元には落ち葉が積もり、カサカサと音を立てる。その音がやけに響いて、孤独感をさらに深めた。角を曲がると、小さな花屋が見えてきた。店先には季節外れの向日葵が一輪、寂しげに飾られている。思わず足を止め、その花に目を奪われた。

 「こんな時期に向日葵か」

店の奥から年配の女性が顔を出した。

 「いらっしゃいませ。珍しいでしょう?最後の一輪なんですよ」

その言葉に胸が温かくなった。花を手に取り、しばらく見つめる。

 「いただきます」

花を買い求め、再び歩き出す。手に持った向日葵が、心の灯火のように感じられた。家への道のりはまだ長い。だけど、少しだけ足取りが軽くなった気がする。風が強くなり、冷たい空気が肌を刺す。背広のポケットに手を突っ込み、首をすくめて歩く。遠くのビル群がネオンに彩られ、夜の幕開けを告げている。

 「明日はいい日になるといいな」

そう思いながら、ふと足を止めた。目の前には大きな橋があり、その向こうには闇が広がっている。川面には街の灯りが映り込み、揺らめいていた。橋の上で立ち止まり、深呼吸をする。冷えた空気が肺に染み渡り、頭がすっきりとする。

 「頑張らなきゃな」

自分に言い聞かせるようにつぶやく。風に乗って、どこからか夕飯の匂いが漂ってきた。家庭の温もりを感じさせるその香りが、また少し寂しさを誘う。空を見上げると、星が一つだけ輝いていた。都会の明かりの中で見る星は、いつもよりも小さく見える。それでも、その光は確かに存在している。

 「よし、帰ろう」

決心して歩き出す。足音が響く中、心の中にはまだ言いようのない感情が渦巻いていた。家のドアを開けると、暗闇が広がっている。電気をつけると、静かな部屋が姿を現した。花瓶に向日葵を飾り、ソファに腰を下ろす。窓の外には、相変わらず冷たい夜が続いている。だけど、部屋の中は少しだけ暖かい。

 深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。ため息とともに、今日という日が静かに終わりを告げる。





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