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デイビッド・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の死刑」(笹倉香奈訳)(2019)

第1 日本はなぜ死刑を存置しているのか?
P6 
1世界中で死刑は衰退している。
 先進的な民主主義国家の中で死刑を存置し、定期的に死刑執行を行っているのは、日本とアメリカのみである。
(韓国の最後の死刑執行は1997年、香港は1996年であった。)

2日本ではなぜ死刑が存置されているのか?
P9
(1)死刑制度がどのような末路をたどっていくのかに関するもっとも支配的な説明は、国の制度や、国の行為に影響を与える政治プロセスや文化プロセスの観点からのものである。
 
ア 第一に、日本は第二次世界大戦後の占領下で死刑廃止の最大の機会を失ったために、いまだに死刑を存置しているという説明が可能だろう。
 この点に関して重要なのは、アメリカ当局が 日本の「戦犯」たちに対して、東京裁判で死刑を言い渡したいと考えていたことである(1948年に7人が死刑を執行された)。

イ 第二に、占領後も日本で死刑制度が存続したことの背景には、保守的な自由民主党が政権を長期にわたって握ったこと、そして自民党以外の政党が政権をとった短い期間に、死刑制度に関する政策や運用を変えることができなかったという事情がある。

ウ 第三に、日本が経済的な力を持つ国となった1980年代以降について、日本の地政学的な地位に注目する説明も存在する。…日本は世界の中での存在感、経済的影響力、そして政治的影響力を獲得した。そのことで、国際法や人権規範、国連の決議などへの日本による違反に対し、外圧によって意味のある制裁を加えることが難しくなったのである。

P21
エ 死刑は、積極的な機能を果たすから存置されているという側面がある。検察官にとっては、有罪判決や厳しいい刑罰、そして世論の支持を得るために「死」という力を利用することを可能にする、実用的な手段である。政治家たちにとっては、票を獲得して議員としての地位を維持し、注目を集めるための手段となる。メディアにとっての死刑は、善対悪の戦いを描く刺激的なエンターテインメントであり、道徳劇である。一般市民にとって死刑は、日常は表現することを許されない怒りや嫌悪感、そして報復などのむき出しの感情を表明する機会を与えてくれる。そして犯罪被害者や遺族にとっては、応報や償い、そして抑止を達成するためのメカニズムであると信じられている。これらの信念は事実に裏付けられているというよりも感情がもたらすものである。しかしその信念を持つ者にとっては主観的に意味のあるものであり、社会学的に見ても、あるいは実際も重要なものである。

3死刑は殺人を抑止するのか?

P14
(1) アメリカでは、数十件の研究の検証をとおして、死刑が殺人を抑止するということに十分な根拠はないという結論を、ある学識経験者の会議が最近公表した。

(2) 日本の当局は、死刑に殺人の抑止効果があるという見解を支える実証データの存在につき、根拠のある主張をすることができていない。もちろん彼らは「一般常識」によればそのような結論になると、今後も主張するかもしれない。そうかもしれないが、昔の一般常識では、地球は平らだった。

(3) 死刑廃止国において、抑止効果の有無は死刑を廃止するか否かの最終的な決断にほとんど影響しなかった。…ある国の主導者たちが死刑廃止を決断するときには、大半の国民が死刑存置を支持していようが、死刑は廃止されるのである。

第2章死刑は特別なのか?
1アメリカにおいて死刑は特別である。

P28
アメリカ連邦最高裁判所は他の刑罰と死刑とは二つの点で異なり、「死刑は特別である」と1970年代以降一貫して判断してきた。第一に過酷さと重さの点…さらに、死刑の執行をすると後戻りができない。
 以上のような…認識のもと、死刑事件の被告人に対しては、様々な特別の手続保障が与えられている。通常のデュー・プロセス(適正手続)保障では足りない。「スーパー・デュー・プロセス(超適正手続)」の保障が必要なのである。国際人権法も同様の前提に立っている。

2日本において死刑は特別ではない。
P 32
日本法はスーパー・デュー・プロセスを採用していない。日本の死刑は特別でないことを示す(少なくとも)12の理由がある。…
(1) 当該事件が死刑事件であるか否かが事前に告知されない。…
(2) 量刑だけを判断する独立の手続が存在しない。…
(3) 死刑を求める被害者の声が事実認定をゆがめている。…
(4) 慎重な裁判進行がなされない。…
(5) 死刑の適用基準が曖昧である。…
(6) 自動上訴制度がない。…
(7) 裁判員を選任するための特別な手続がない。…
(8) 公開の法廷で、法についての説示がなされない。…
(9) 全員一致制が採用されていない。…
(10) 弁護人が消極的である。…
(11) 検察官による上訴が可能である。…
(12) 秘密主義に包まれ議論や検証ができない。

第3 国が隠れて殺すとき
P53
 死刑の執行を続けている国の多くで、役人たちはできる限り秘密裏に人目につかないように死刑を執行しようとする。その目的が達成できているとは限らないが、日本の死刑執行の密行性と沈黙は、他国とは比べ物にならないくらいに極端である。…
…つまり、死刑が可能な限り匿名で、淡々と、そして議論を呼ばない形で行われるという利益である。これは民主的な価値とはいえない。
 …フランスの作家でノーベル文学賞を受賞したアルベール・カミュは次のように言った。「死刑が必要であるけえれどもそれについて議論しない方がよいというよりも、死刑が本当はどのようなものであるかを議論した上で、それを前提としても必要ないといえるのかを議論した方がよい。」

第4 冤罪と否定の文化
1冤罪

P86
刑事裁判が誤る二つの場合がある。真犯人が刑罰を受けることを免れる場合と、無辜の人が有罪とされ刑罰に服する場合である。…
 英国の法学者であるウィリアム・ブラックストンは18世紀に次のような著名なことばを残した。「10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜を処罰することなかれ」。

2構造改革と否定の文化
(1)日本で冤罪の問題に取り組むためには、いくつかの構造改革が必要である。…

ア 冤罪の発生を防止しなければいけない。そのためには、国際的に認知されている司法の「ベスト・プラクティス」を導入するべきである。特に重要なのは、刑事事件におけるすべての取調べの全過程を録音録画することである。…2016年の刑訴法改正は、裁判員裁判の対象事件と検察の独自捜査事件の取調べの録音録画を警察と検察に義務づけた。しかしこの改正が適用されるのは、日本の刑事事件全体の3パーセントにすぎない。…
 日本の誤判・冤罪の最大の原因は、おそらく虚偽自白である。1980年代にいずれも再審無罪となった四つの死刑事件においても、冤罪の原因は虚偽自白であった。…
 他の民主主義国家に比しても、取調べの録音録画をすべき必要性が日本では高い。日本の取調べは長時間にわたるし、その間「取調べ受忍義務」によって、被疑者の黙秘権が制約されているからだ。
…録音録画は刑事手続のすべての関係者の利益に資する。録音録画によって違法な取調べが防止できるし、虚偽自白による誤判・冤罪を防ぐこともできるから、被疑者と弁護人の利益に資する。また、非違行為や暴行などがあったという虚偽の主張から警察官や検察官を守ることにもなる。自白の任意性や信用性に関する判断材料を与えてくれるため、裁判官や裁判員にとっても役に立つ。

イ 検察官は、保管している証拠について、もっと明かにすべきである。
…刑事事件の証拠は、検察官のものではない。それは、公共財である。したがって、検察官は、それを被告人側にも開示する義務がある。

(2)これまで述べてきた構造的な改革は不可欠である。しかしながら、刑事司法の文化そのものを変えなければ、改革を行ってもその効果は小さいものにとどまるだろう。
ア 第一に、誤りを減らすためには、前提として、誤りが不可避であると考えなければならない。…もっとも深刻なのは、警察、検察、裁判所が自分たちに過ちを認めないという「否定の文化」である。
イ 第二に・・・過ちを発見してそこから学ぶという寛容性と透明性である。しかし、日本の刑事司法システムは外部からの追及を嫌がる。
ウ 第三の原理は、データを根拠にするということである。刑事司法は意見や憶測、強権ではなく、事実に基づいて運営されなければならない。経験主義的犯罪学は日本ではあまり発展していない。日本の刑事司法の傾向についてもほとんど知られていない。…

ウ 日本の否定の文化は正義を否定する。同様に、刑事司法の担い手たちが自らの行動の適正さを疑おうとしない姿勢も、正義を否定する。彼らは疑いを持つということを学ばなければならない。そして自分たちの過ちを認めるという姿勢を学ばなければならない。しかし、それを自分たちだけで学ぶことはできない。

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