最終学歴は良くも悪くも一生ついてくる、と思った話
転職を考えて、求人情報を見ていたときのこと。
「これ、いいな」
と思う募集があった。
しかし条件を確認すると、四年制大学卒、という文字がある。
わたしは短大卒だ。応募することすらできない。
なるほど~。こういうことか。これが学歴の壁か、と、このとき実感した。
わたしが進路に短大を選んだのは、早く自立したかったから。
四年制大学に行く意味、あるかな…?と、高3のわたしは意味を見出せなかったんだけど、ここにその意味がありました。
気付いたときにはもう遅し。
「将来やりたいしごとが見つかったとき、チャレンジすらできないかもしれないよ」
「スタートラインにすら立てないことがあるんだよ」
て、だれか教えてくれればよかったのに。
そしたら考え直したかもしれないのに。
と、考えなかった自分も悪いんだけど、だれも教えてくれなかったことにちょっと苛立ちを覚えました。(←他力本願‼︎ )
たった2年の自立を生き急いで、長い将来の可能性を狭めたんじゃないか。
と、思いあぐねた20代半ばの出来事です。
時は流れて30代前半。
結婚して地元大阪から関東に引っ越し、わたしはまたしごとを探していた。
そのときのことです。
紹介予定派遣の筆記試験にパスし、ある会社の面接に進んだわたし。
(※紹介予定派遣とは、直接雇用になる前提で働く派遣のこと)
面接官の男性がわたしの履歴書を見て、開口一番こう言った。
「あ、むこじょなんですね~。むこじょ。僕の奥さんもむこじょなんですよ~」
むこじょというのは武庫川女子大学のこと。わたしはそこの短大出身。(四年制大学もある)
関西ではそこそこ有名だけど、関東に知ってる人がいるとは思わなかった。
「むこじょ、ご存じなんですか…?」
と聞くと、
「わかるよ。僕、関西だから」
と軽快に答えてくれて、その日の面接はそこそこ盛り上がった。
これが合格の要因になったわけではないとは思うんだけど、一因にはなったはず。わたしのあとにも関西出身の人がひとり入ってきたけど、その人もむこじょ出身の人だった。わたしの前に4人落ちてると聞いたから、選りすぐってるわけだし。
このときわたしはまた学歴について考えた。
「卒業して12年も経つのに、最終学歴が役に立った」
「最終学歴は、一生自分の名刺になる」
ダンナの会社でも、年明けは出身大学に分かれて箱根駅伝の話をしてるらしい。(主におじさまたちが)
いくつになっても最終学歴というのはついて回るのだ。
人生の岐路で進路をどう決断するか。
知ったうえで選んだ決断と、知らなくてなんとなく通り過ぎた決断では意味が違ってくる。
高3のとき誰かに教えてほしかった…‼︎ と思ったことを、わたしは子供に教えていこうと思う。
その上で、子供が決めたことなら、それはそれでいいと思うし。
ちなみに紹介予定派遣で入った会社は、直接雇用に切り替わる際の健康診断前に第1子の妊娠が発覚。
レントゲンを受けられなくなったため雇用の切り替えは延期。
そのまま激しいつわりへ突入し、派遣のままでは育休も取れないため、やむなく退社しました。
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