詩【虚無の慣性】

一番静かそうな車両をさがして
一歩ずつ電車内を歩いていくけれど
そんなところはどこにもなくて

歯抜けの子供みたいに
席は中途半端に埋まっていたり
少し空いていたり

そんな席を避けて
僕はひたすらに次の車両を目指す

目指すなかでは
もうその先はないかもしれない
ふとそう思うこともある

さりとてまた残念か幸運なことに
先がないなんてことはなくて
次の車両はきちんとあって

今度は
人のいい歯抜けのおじさんみたいに
屈託ない笑顔で僕を迎えてくれる

みんな歯医者にはいかないし
そういった歯医者達は
こういった事柄には興味がない

内側も外側も痛々しいのはみな同じで
それぞれがなんとかやってきている

難しいことではなくて
事実としてそうなだけ

ずっと電車だけは走り続けていて
その速さに誰も追いつけやしないのだから

それがきっと世が世である由だろうに
無理に止めようとする人がいても
知っての通り
決して電車は止まらない

まだ僕は
一番静かそうな車両をさがしている

それは抗っているのではなくて
けれども相当に皮肉なもので
慣性の法則と少し同じ

進んでいるわけではなさそうだ
進んでいるはずなのに

もうここでいいような気もする
それなのに歩き続けていくことに
違和感を覚えもせず
同じようなことばかり考えて
いっぱいになった心から
僅かに垂れる滴りの跡

悲しみにさようなら
歌を歌う隙もない

虚しさの等速直線運動
僕という存在
止まらない電車
乗ってしまった環状線
虚無の慣性

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