統合失調症になって。①

夜中に目が覚めて暇なので書いてみる。

小学生時代からいじめられっ子だった。
「顔デカ」とかよく言われていた。
中学に入っても、それは変わらず。
嫌なあだ名は名前がまた変わり、度々不登校になることもあった。
母は「家に帰ってくるときつい。仕事をしていた方が楽だ。」とか、母方親戚と母だけは某宗教団体の信者なので、「〇〇学会に入ったら絶対に楽になるから」と勧誘されたこともあった。
母に入会することを拒否すると、「本当に辛い時にわかる」と言われ母には「腹の中を明かすまい。」と思った。
父はなんと言っていたか覚えていない。
兄は「辛いなら無理していかなくていい。家庭教師でもつけてもらったら?」と言っていた。

高校は家から出れるかと思い、寮がある衛生看護科に進んだ。
しかし、実際は入寮できるのは運動部で距離が凄く離れている生徒のみ。
自宅から通学しました。
で、高校では、あだ名で呼んでくる奴はいないだろうと少し離れた学区を選んだものの、まさかのあだ名で呼んでくる尚且つ色々と状況を知らなかった他校出身の生徒に話すなどをされた。
色々と遊んでいたこともあったのか、どんどん登校しずらくなり11月には不登校になっていたと思う。
不登校中に担任が会いにやってくるというとき、なかなか来ず父に話すと「おまえだけの担任ではない」と言われた。

15歳の1月8日。
その数日前から眠れない、人がいるところにいたいと夜中に徘徊していたりして大学病院の精神科に両親と受診。
ベッドが空いていないということで、精神科単科の病院に入院となりました。

入院中の思い出としたらディルームで他の患者さんと仲良くなったり、情緒不安定で泣いて他の患者さんになだめてもらったりしてました。
入院したその日に可愛がっていたセキセイインコが亡くなりました。
病院の公衆電話から呼びかけてももちろん反応はなく、家族から私にセキセイインコが亡くなったことは
すぐには知らされませんでした。
亡くなっていることを知らされる前に、聞こえるはずはないのに、その子の声が聞こえて何かを察して数日後に兄を問い詰めたら「隠しきれないな」と言われ知ることになりました。
その日は、なかなか寝れずに眠剤を貰った気がする。

向精神薬の副作用で、朝もぼーっとしていたり、ヨダレが自制がつかないぐらい出てた記憶。
約1ヶ月で退院となり、自宅療養。
休学していた高校は留年になると言われ「こいつらと同じ場所に居たくない」と思い定時制高校受験。
定時制高校に再入学となりました。

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