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素材を持って消えたAD仲間

早朝5時台からの帯番組を毎週担当していた私は夜23時すぎに現場入りしていました。一気にCDを準備して、コーナーなどで使う素材を確認して、新聞が届いたらその日紹介するニュースをまとめて、原稿を準備して、パーソナリティさんのスタジオ入りとともに読み合わせをはじめて、SNS関連を更新して、5時間程度の準備時間があるにも関わらずぜんぜん時間が足りなくて、局内を必死に走りまわっていました。

それでも、ディレクターや放送作家さんは面白い人が多く、私が紹介したい!と言ったものを取り入れてくれたり、それに対してリスナーさんからメールで反応があったりするので、忙しくも最高に楽しくて、やりがいのある日々を過ごしていました。

そんなある日、担当外の日の夕方に制作会社から電話が入ります。

「今晩スタジオ行けるか?」

「はい!行けますけど何かありましたか?」

「ちょっと行ってもらうかもしんない、○○が連絡とれなくなっちゃって」

ADが飛ぶのはよくある話と噂には聞いていましたが、自分の近くで起きたのはこれが初めてでした。
何かあったのかとものすごく心配になり、私の方からも連絡を入れてみるものの聞こえるのは「電源が入っていないため…」の虚しいアナウンス。

結局誰も連絡がとれずに、別曜日の男性スタッフが出動。さらに、番組内で使う予定だった素材データもADが持ったままということで、ディレクターが元データを準備時間内で編集し直してオンエアには間に合ったそうです。あの忙しい時間内に、編集作業まで入ったと考えると鳥肌が立ちますが、やりきったというところにプロ根性を感じます。

当時私は22歳でADの仕事が好きだったし心底面白いと思っていたので「何でいなくなっちゃったんだろう?」の気持ちしかなかったのですが、あとあと制作会社の社長と話す機会がありました。そのときにそのまま疑問を投げてみたら

「うーん、君はまだ、挫折を知らないっていうか、もうだめだって思ったことがないのかもしれないね。もうできないってなると、もうこれでいいんだって逃げ出しちゃうこともあるし、そういう人もいるんだよ。それは本当に良くないんだけど、俺だってそうしたくなることがあるし。自分の身を守るための行動だったのかもしれないねぇ」

そのときは「そうかぁ寛容な社長だなぁ」というくらいの感想だったけれど、今このときのことを思い出すと「逃げる」ことに対してダメだと断定をしない器の大きさを感じるし、酸いも甘いも噛み分けてきた社長ならではの言葉だったんだろうなぁと思えるのです。

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