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カメラにかっこよさは必要なのか

運命の出会いだと思ってるFUJIFILM X100V。その素晴らしさはボクのnoteやブログでもしつこいほどに言ってるからもしかしたらうんざりしている人もいるかもしれない。でもボクはまだまだ言いたい。
X100Vはかっこいいよ!

ちょうどタイミングよくYoutuberのジェットダイスケさんがカメラは見た目で決めていいのかって動画をアップしてた。ジェットさんは外観は大切だけど実際に写真を撮るときは背面を見ることになるからかっこよさはあまり感じないって言ってた。確かにそうかもしれない。

でもね、X100Vみたいにかっこいいカメラを持ってスナップしている時は、自分以外の何かがどこかから自分を見ているような感覚になるんだ。かっこいいX100Vを持っている自分を自分が見ていて、X100Vかっこいいなぁって思ってしまうんだ。
だから純粋にジェットさんの主張とは合致しないんだけどね。でもジェットさんがかっこいいというカメラにはすごく同意できる。

『かっこいい』だけじゃないX100V

ボクがX100Vを推しているのはもちろん外観がかっこいいから。でもそれだけじゃないからX100Vは素晴らしいんだ。

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X100Vはしっかりと「写真を撮ること」にフォーカスしている。写真を撮るための機能がデザインと融合している。例えば上部の露出設定用のダイヤルもそう。特に最近ボクがハマっている露出マニュアル撮影で写真を撮るときに、X100Vの物理ダイヤルで全ての露出を決定できるのは写真を撮る行為が好きな人にとってはたまらない。

NIKON Dfみたいに大きなボディにクラシカルな外観のカメラにももちろん物理ダイヤルはついているけど、X100Vはコンパクトなボディでありながらしっかりとデザインと機能が融合していることが素晴らしいんだ。

全ての人におすすめしてるわけじゃない

勘違いしてほしくないのは、X100Vをボクは推しているけど合わない人もいることも理解している。コンデジと言いながら大きめのボディやレンズ交換ができないこと、結構な価格帯のカメラなこと。X100Vが好きじゃない、合わないって人も一定数いると思う。
実際にボクも名古屋に引っ越してくる前まではここまでX100Vを使い倒していなかったかもしれない。ボクが住んでいた田舎だと35mm-70mmの画角は中途半端な気がするし、街角スナップというよりもマジックアワーの撮影が増えるから、どうしてもフルサイズミラーレスを手にする機会が多くなると思う。だから名古屋に住んでいなかったら今ほど使い込んでいなかったと思うし今ほど推してもいなかったと思う。(でも常にカバンの中に入れておくカメラになっていたと思うけどね)

カメラにかっこよさは必要なのか

ようやく本題に入るけど、かっこよさって必要なのかな。みんなはどう?
機能的には必要ないけどかっこよさが求められているものって他にあるかな。車、文房具、衣装、etc、、、万年筆とかはそうかもしれない。万年筆の書きやすさという性能を決めるのはペン先だけ。万年筆本体のデザインは書き味には全く関係ない。それでも人は装飾された万年筆を求めてしまう。それはやっぱりかっこいいものを持っているという所有欲だろうし、それを持っている自分をどこかイメージしているんじゃないかな。

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ボクが一生手元に置いておきたいと思ったものは、FIAT Panda、Nike Zoom Kobe5、Apple iPod 第一世代、LOMO SMENA 8M、、、スメハチ以外はもう手元にないものばかりだけど、愛しすぎたそれらはスペック以上の魅力をボクに提供してくれた。かっこよさがボクの愛をさらって行った。

「いい写真」を撮る秘訣の一つに「たくさん写真を撮ること」が入っているなら、かっこよさという機能を使ってボクを写真撮影に駆り出させるX100Vはもう十分なハイスペックカメラになるだろう。
「いい写真』を撮る秘訣の一つに「その場にカメラを持っていること」が入っているなら、いつもカバンの中に忍ばせるX100Vはやっぱりハイスペックなカメラになるだろう。

ジェットさんみたいにかっこいいけど撮影するときは関係ないよ、と達観して言えるほどボクはまだ大人になりきれていないし、ジェットさんレベルになるとそう思えてしまうのかもしれないけど、少なくとも今のボクにとってはX100Vは最高の愛機だし、かっこよさっていう要素はすごく大切だと思う。買うことを諦めたX-E4も然り、「かっこよさ」っていうスペックを搭載してくるFUJIFILMには毎回脱帽するしかない。


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