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お店の人に話しかけても許される文化

今日は初めての珈琲屋さんへ行ってきました。なんとなく、行ったことのないお店に行きたい気分だった。目的のお店は昭和から続くレトロな珈琲屋さんで、老夫婦が2人で切り盛りをしている。かつてはアルバイトの従業員もおられたためフードメニューも充実していたそうだが、今は手が回らず珈琲メニューとトーストのみ。というのも、お二人とも90歳を超えておられるのだ。それでもなお現役でカウンターに立っているというのだから驚きだ。

初めて訪れるお店では、僕は基本的にそのお店のブレンドをブラックで注文します。しかし、今日はどうしてもウィンナーコーヒーが飲みたい気分でした。好きなものを飲めばいいのです。花柄の上品なソーサーとカップでおめかししたウィンナーコーヒーが登壇。ホームパイも1袋ついてきた、嬉しい。

ウィンナーコーヒー

聞くところによると、主人は40歳過ぎで脱サラしてから50年あまりこの店を続けているそうだ。すごすぎる、僕が生まれるよりはるか昔から営業しているのだ。そして、店内には主人が若かりし頃に熱中していたであろう映画のポスターや雑誌、レコードなどがそこかしこにある。これは昭和レトロの演出ではなく、ただ"ありのまま"が存在しているのだ。現代的なオシャレカフェもよいのですが、こうした異空間に訪れるほうが直視したくない現実から逃避するには効果的。まるでここだけ令和の世界から切り離されているかのような、そんな幻想世界が広がっている。

客はカウンターに着席している僕ただ1人。平日の昼間ですからね、無理もない。手持ち無沙汰だったのか、あるいは僕に気を遣ってか、主人が僕に話しかけてきた。自身がどのようにしてコーヒーと出会い虜になったのか、その経緯を聞いた。第二次大戦の終結後、米軍兵らがジープに乗り”Hello, Hello”と手を振りながら物資を配りに来たそうだ。その中にコーヒーが入っており、たちまち夢中になってしまったという。今の時代、ネットを探せば昔話など玉石混交いくらでも見つかる。しかし、当時を生きた人間から生の話を聞ける機会は、当然ながらどんどん減っていきます。いよいよ戦時中の実体験を語れる人も限られてきているでしょうし。

しかし、このご主人は90超えてもなお流暢にお喋りをします。かつて勤めていた会社を説明する際に「すぐそこに松下・・・んいや、Nationalがあるでしょ?」と、僕に気を遣って言い直してくれたのが可愛らしかった。Nationalというブランド名がPanasonicに統一されたのは僕が中学生の頃なので、ずいぶんと前のことのように捉えています。しかし、ご主人からすればつい最近の出来事なのでしょうね。この貫禄、さすがです。

僕がゆっくりコーヒーを楽しんでいると、夫婦2人で何やら話している。「腰が痛くて今年は店先の草むしりができそうもない」と聞こえてきた。むしろ去年まではしていたのか、元気すぎませんか。盗み聞きしたようで悪い気もしたが、僕は「よかったら草むしりしましょうか?」と声をかけてみました。ご主人はキョトンとした後、小さく笑ってみせた。「ありがとうね、誰もアテがいなかったらお願いするよ」と照れくさそうだった。美味しいコーヒーをいただき、貴重なお話まで聞かせてもらったのだから、僕としても草むしり程度やぶさかではない。むしろ運動不足なので、こちらからお願いしたいくらいだ。こんな突発的なコミュニケーションがとれるのも、昔の文化が残っているお店ならではですね。こう気兼ねなく話しかけても許される雰囲気が今後無くなっていくんだなと思うと、寂しいものですね。ぼちぼち店をたたむ予定とのことなので、その前にもう一度訪れようと思います。

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