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廣瀬陽子(2021)『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』を読んで

昭和末期生まれの一軍事オタクとして、気分転換にも勉強にもなると思い、手にとった。20年くらい前、ロシアは経済・社会的に混乱し冷戦も過去のものとなったと言われていたが、そうした認識は過去のものとなりつつある。また、ロシアというと電子戦は欧米よりも遅れているというのが従来の認識であったが、昨今は欧米に準じる、あるいは超える水準に達しているものもあると聞く。ロシアの実力はどのレベルまで達しているのか・・・、その好奇心を満たしたいというのが本書を読む動機であった。

ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略

ハイブリッド戦争とは、政治的目的を達成するために、軍事的脅迫と、それ以外の様々な手段、例えば情報線・心理戦、テロ、犯罪行為などを公式・非公式に組み合わせた戦争の手法である。2015年のグルジア併合、今も続くウクライナとロシアの紛争でのサイバー攻撃が例に挙げられる。また同書では、平時ではあるが、ロシアがアメリカ(の大統領選)や欧州に行ってきたサイバー攻撃も、例として挙げている。

◆ハイブリッド戦争の実行主体

本書で特に興味深かった点は2つある。まず、ハイブリッド戦争を実行するロシアのアクターは政府組織に限定されず、かつその能力は非常に高いという点だ。ロシア国内には親プーチン派のハッカー組織が多数あり、そうした組織がプーチンの歓心を買うため、競ってサイバーテロを仕掛けている。その能力はセキュリティ企業CrowdStrike社の調査によれば、世界各国のサイバーテロ組織の中でも圧倒的な水準にあり、企業システムをわずか18分でダウンさせられる能力がある(ちなみに2位の北朝鮮のハッカー集団は企業乗っ取りに2時間48分かかる)。
そしてこの数年間、米国、欧州を始めとする各国において、政府・企業セクター両方が甚大な被害を受けている。なお日本も、東京五輪が開催されることから攻撃対象になっているが、日本は攻撃されている事実に気づかないほどセキュリティが弱いという。

◆ハイブリッド戦争の目的

第二に興味深かったのが、ハイブリッド戦争を行う目的である。目的は、ロシアの仮想敵国の同盟を弱体化させ、自身の同盟を強化することだ。具体的には、欧州や日本などロシアからは外周にあたる地域を、「フィンランド化」させる、つまり米国との同盟を解消させロシア寄りの中立国にする。一方で旧ソ連圏については、自らの勢力圏として主導権を握るという状態を理想としている。
ここで重要なのは、ロシアは領土拡張を望んでいるのではなく、周辺の仮想敵国の弱体化と混乱を望んでいるということだ。例えば、前々回の米大統領でのロシアの介入は、ヒラリーが大統領になっても不正疑惑などで米国内を混乱させることを意図していた(ちなみに、トランプ当選までは意図していなかったという)。ロシア自体は経済的にも豊かではなく、徒に領土を拡張し統治コストを増やす余裕はないのだ。

◆読後感

この本の読後感は、とても気持ちが悪い。知的好奇心は満たされたが、国家が一企業に牙を剥いてくるという可能性に、私は一企業に務める者として恐怖した。また自国の民主主義を脅かしてくる「敵国」が現前するという事実にも、とても残念な気持ちになった。考えてみれば、前回のトランプ落選・バイデン当選のときも、不正選挙疑惑があり、ネット上でも、アメリカそして日本ですら、わけのわからないフェイクニュースや陰謀論が飛び交った。ああいうのも、かなりがロシアのハイブリッド戦ではないだろうか…。

この本を読む前までは、ロシアについて「ちょっと気味が悪いが、かっこいい戦闘機や戦車をつくる、変わった国」というイメージを持っていた。しかしこの本を読み、明確な「仮想敵国」であると認識が変わった。自分がロシア的な世界観の対局にある、米国中心の世界観にいることに留意する必要はあるが、そうだとしてもこの国には、日本社会と相容れないものがあると感じたのだった。

まあ大きな話はさておき、会社が最近セキュリティ大事といいはじめた背景のごく一部は理解できた気もするし、自分もサイバーセキュリティを身近なところから固めていこうと気持ちを新たにした一冊だ。

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