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10.滅菌剤としての蒸気

本章では、滅菌剤としての蒸気についてより詳しく学習します。蒸気滅菌工程を理解するには、「圧力・熱・温度とは何か?」という基礎物理を少々おさらいしなければなりません。これらの用語は蒸気滅菌工程を理解するためのキーワードになるからです。
これらを充分理解しているのであれば、本章は読み飛ばしても構いませんが、その場合でも復習することで新たな発見があるかもしれません。

それでは、工程そのものを詳しく見ていきましょう。そもそも、なぜ蒸気は滅菌剤として優れているのでしょうか?
どのように蒸気は作られるのでしょうか?
そして、100℃を越える水や蒸気をどのように作り出すのでしょうか?
これらについて学んでいきましょう。また、本章の最後では、蒸気滅菌に必要な工程の条件について学びます。


10.1 観察と計測

人類は、有史初期から自らの周りの世界への探求心に満ち溢れていました。
「あの木の高さはどのぐらいだろう?」
「あの豚はどのぐらいの重さだろう?」
「隣町まで行くにはどのぐらいかかるだろう?」
人類はその抱き始めた疑問から、このような数量を計測し始めたのです。


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人間は、正確な数値を知ろうとして身の周りの世界を計数化し始めました。
とりわけ科学や工業分野においては、物事や現象に関する正確な情報が必要となります。具体的には寸法、重さ、時間、エネルギー量などです。

このような数値を計測するために、なんらかの一定した単位を作り出す必要が生まれ、たとえば、長さの単位はメートルとなり、時間の単位は秒となりました。
科学技術が発達するとともに、多くの国でさまざまな単位が用いられるようになりました。長さの単位はヨーロッパ大陸では、メートル法ですが、英国やアメリカではインチ法を採用しています。
この違いは今も昔も多くの混乱のもとになっており 、国境をまたいだコミュニケーションが増えている今日においてはさらに混乱が顕在化しています。
これらの混乱に終止符を打つため、各国の科学者が集まり、連日の会合を経て、1960年に新たな単位法が生み出されました。それが、世界中で用いられるSI(=International System of weights and measures)単位です。
表10.1では、我々の身のまわりで用いられる単位、それぞれで計測する対象の数量と、SI単位がリストアップされています。SI単位については、資料4で詳述します。

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本書では、このSI単位に従った表記を用いる。 資料5 には、他の単位も掲載しました(英国方式ならびに1889年の国際度量衡総会で採択されたMKS単位。※M=メートル、K=キログラム、S=セカンド(秒))。
滅菌工程を管理するためには、滅菌を左右する数値である圧力・温度・時間を計測しなければなりません。
時間は時分単位で計量され混乱もありません。
圧力・温度は計測が難しいため、詳しく学ぶ必要があります。
圧力を理解するには、質量・重さ・力という用語の違いを明確にする必要があるので、まずはそれから説明します。


10.2 質量・重さ・力

物体の質量 とは、「物体に含まれる物質の量」です。
質量の単位はキログラム(kg)で、地球上、月面上、宇宙空間のいずれにあっても変わることはありません。質量が1kgの鉄は、地球上でも、たとえ宇宙の果てにあっても同じ質量(1kg)です。物質の量は変わらないからです。
地球上のあらゆる物体は、重力により地球に引き寄せられています。物体のもつ「重さ」とは、その物体に作用する重力であり、その物体を支えようとするものに及ぼす力です。この「力 」の単位 はニュートン(N)で表します。

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地球上では、質量1kgあたりの重さは約10ニュートン(N)です(※正確には約9.81N。理解しやすいよう10N とします)。
ヒトを例にとると、地球上、宇宙空間、月面上いずれの場所でも同じ質量ですが、重さは場所により異なります。たとえば、質量65kgのヒトは、地球上では重さは65×10N=約650N ですが、重力が約6分の1の月面 では約105Nとなります。
宇宙空間では重さ0Nとなり、空間に浮かんだ状態になります。

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10.3 圧力

物体にかかる圧力 は、通常は単位面積ごとに働く力のことです。
例えば、平方センチ(cm²) または平方メートル (m²)ごとに働く圧力です。
SI単位では、圧力の単位はニュートン毎平方メートル(N/m²)、あるいはパスカル(Pa)です(1 N/m² = 1 Pa) 。

例:
大きさ8×2×1cmのある物体の塊が、仮に質量160 g = 0.160 kgであったとします。その重さは、0.160x10N = 約1.6 Nとなります。
面積が大きい面を下にしてテーブルに置いた時、 テーブルの表面のうち8×2 = 16 cm² の部分がその重さを支えることになります。
平方センチ(cm²)ごとにかかる力は、 1.6÷16 = 0.1 Nです。つまり、圧力で表すと 0.1 N/cm²= 1000 N/m² = 1000 Paとなるのです。
しかし、面積が小さい面を下にした場合には、わずか2×1 = 2 cm² がすべての重さを支えるため、cm² ごとにかかる力は、1.6÷2 = 0.8 Nとなります。つまり、圧力は0.8 N/cm² = 8000 N/m² = 8000 Paとなり、8倍も大きくなるのです。

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-10.3.1 大気圧

地球は分厚い空気の層で覆われており、その層は大気層(atmosphere:atmo=空気、sphere=球)と呼ばれます。
ほかのものと同じように、空気も一種の物質で質量を持っており、地球に引き付けられています。つまり、空気にも重さがあるということです。
断面積1 cm²、高さが地表から大気圏の外縁までの柱状の大気の質量は1kgであり、その1平方センチあたり10Nの圧力がかかります。つまり、大気による圧力は10 N/cm² または100,000 N/m² = 100,000 Pa = 100 kPaとなります。
これを「大気圧」と呼びます。
大気圧を表すため、バール(bar)という単位が用いられ、1bar=100,000Paです。これは、水深10m下の水圧にも相当します。

大気圧は、地球上のあらゆる物体に作用します。上面が1 m² のテーブルの面積は100 ×100 = 10,000 cm²なので、そこにかかる大気圧の合計は10,000 ×10 N = 100,000 Nにもなります。しかし、それでも壊れてしまうという事はありません。
テーブルのあらゆる面から同じ強さの圧力が作用しているからです。 もし仮に、テーブルの下側から空気だけを取り除くことができるとしたら、猛烈な大気の圧力によりたちまちつぶれてしまうでしょう。

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空気の入った容器から空気を吸い出すと、内部の空気圧は大気圧よりも低くなり、すべての空気が吸い出されると、真空(vacuum=空の)状態となります。宇宙空間では空気が存在せず、圧力を生じさせるものがないので、真空となります。また、真空内での圧力は0Paです。

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-10.3.2 絶対圧力

科学の応用分野では、容器内の圧力気圧が一切存在しない(絶対真空の)宇宙空間の状態との関係で示されます。
この気圧は絶対圧力と呼ばれ、単位はPa/kPa (1 kPa = 1000 Pa)またはbar (1 bar = 100 kPa)です。
大気圧はおよそ1.013 bar abs ≒ 100kPaです。


-10.3.3 相対圧力

日常生活で私たちが容器内の圧力について考えるとき、大気圧の存在は考慮せずに内部にかかる圧力だけを考えています。そのため、大気圧と容器内の圧力に差がある分だけ、私たちは「圧力がかかっている」と実感することができるのです。
このように、私たちは密封されていない容器内では圧力がかかっていない(正圧でも負圧でもない)と感じています。
容器内の圧力は、容器外の圧力と比較されていますが、内側と外側の気圧の差を「相対圧力」(大気圧との相対的な圧力)と呼びます。
この考え方だと、大気圧以下の圧力は「負圧」と呼ばれますが、大気圧以下の圧力をすべて「真空」とする著書もあります。
相対圧力は、大気の状態(天候)に左右されてしまうため、科学応用分野では、相対圧力では不正確です。
このような分野では絶対圧力が用いられ、相対圧力はまた「有効圧力」とも呼ばれています。

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標準的な圧力計では、相対圧力を”bar”で示します。相対圧力は大気圧以上の圧力を表すので、 このような圧力計でのゼロ (0 barg) はおよそ1.013 bar abs≒ 100 kPaです。
絶対真空下では、圧力計は-1 bar を示します。相対圧力は、蒸気装置などに取り付けられた一般的な圧力計が示す圧力のため、ゲージ圧 と呼ばれることもあります。
絶対圧力は、圧力計ではPaで示すのが普通です 。このような圧力計では、絶対真空は0 kPaになり、大気圧では100 kPaを示します。


-10.3.4 圧力を示す他の単位

今日まで、圧力を表す多くの単位が使われてきました。
古い機器の圧力計や古い文献ではいまだ古い単位が使われているかもしれません。

●旧来のMKS (meter:メートル、kilo:キロ、second:秒)単位では、力の単位はkgだったため、圧力の単位もkg/m²、kg/cm²、またはg/cm²で示されていました。1 kg/cm² = 100,000 Pa = 100 kPa

●英国式単位では、基本単位は下表のとおりでした

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この表では、圧力の単位は、ポンド毎平方インチlb/in²(PSI)ということになります。
1 PSI = 0.0697 kg/cm² = 6.89 kPa.
100,000 Pa = 14.22 PSI = 14.22 lb/in² (大気圧)
イギリスやアメリカの古い圧力計で、このPSI標記を見ることができます。

●また、「アトム(atm)=atmosphere」という単位も使われていました。これは、絶対圧力と相対圧力両方の単位として用いられていました。

- 絶対圧の単位として使われた時、大気圧は1アトム(atm)です。
1 アトム(atm) = 100 kPa
真空は、0アトム(atm) = 0 Paです。

- 相対圧力の単位として使われた時、大気圧は0アトム(atm)です。
0アトム(atm)= 100 kPa

一方、相対圧力での真空は、-1アトム(atm) = 0 Paです。容器内の圧力と大気圧を区別するため、”ato”が用いられています(大気圧より高い圧力 )

圧が低い気体の圧力を示すのに、しばしば気体の圧で持ち上げることができる水柱の高さ(水柱cm)が使われることがあります。水1cmを持ち上げる圧は100 Pa (0.01 N/cm²)に相当します。 たとえば、ガスオーブン内のガス圧は、8~20水柱cm程度が望ましいとされています。(例: 11cmH₂O、H₂Oは水の化学式)。
注: かつてのMKS単位法では1 cmH₂O = 1 gr/cm²)

●血圧を測定する際には、水銀が使われ、持ち上げることができる水銀柱の高さ(mm)により圧力が示されます。かつては大気圧も水銀柱ミリメートルで表されていました。1水銀柱ミリメートルは1360 Pa (0.136 N/cm²)、 または 13.6 cmH₂Oと等しい圧力です。

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 資料5 の表は、いろいろな圧力単位をSI単位に変換するための換算率です。また、圧力単位以外の換算係数も紹介しています。


10.4 温度と熱

次の実験をしてみましょう。

鍋に、1リットルの水を入れて下さい。蓋はせず、110℃まで計れる温度計があればそこに入れて下さい。鍋を火にかけ、水が沸騰するまで注意深く観察して下さい。

次節では、水が沸騰するまでに何が起きるのかを詳しく見ていきます。水の入った鍋を火にかければ、水温は上昇し続けます。これは火のもつ熱エネルギーが水に伝わっているということです。


以下の2つを区別する必要があります。

• 水温
• 水に移った熱量


-10.4.1 温度

「熱さ」の度合いを表したものが温度です。
温度は、摂氏 (℃)で示され、0℃は氷が融解する温度、100℃は海抜0mで水が沸騰する温度です。
米国など他の国では華氏(°F)も用いられています。科学で使われる温度の公式な単位はケルビン(K)で、SI単位でもKが温度の単位です。
 資料6 は摂氏(℃)・華氏(°F)・ケルビン(K)の換算表です。


-10.4.2 熱

熱は、エネルギーの一種です。
エネルギーは光や電気のように数量化され、石油のような多くの化学物質はエネルギーを有し、仕事量を持っています。エンジンが動き、車を走らせるのは、シリンダー内の燃料が燃焼してピストン運動を生み出し、そのピストンの動きをクランクシャフトの回転運動に変換するからです。

燃料・空気(化学エネルギー) ⇨ 熱・力 ⇨ 機械エネルギー

実際のところ、宇宙や地球上で起きるあらゆる出来事は、ある種のエネルギーが他のエネルギーに変換されるという事象と関わり合っています。
アインシュタインは、物質それ自体までもがエネルギーの一種であることを示しました。しかし、ここでは熱が発するエネルギーに集中することにしましょう。

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--10.4.2.1 熱容量

鍋の水を加熱すると、火がもつ熱エネルギーが鍋、そして水へと移っていきます。しばらくすると水温が高くなります。これは、ある一定の熱量を含んでいるということです。熱容量は以下の要素によって決まります。

a. 温度
b. 水の量
c. 物質の種類(この場合は水)

それぞれを詳しく見ていきましょう。


a. 温度
0℃から100℃ まで加熱するためには、50℃から100℃に加熱するための倍の熱量が必要であることは明らかです。

b. 水の量
鍋が大きければ、多くの水を熱する必要があるので、少量の水を熱する場合に比べると加熱に長い時間がかかります。水を50℃から100℃に加熱する場合、1リットルの水だと500mlの水の倍の時間がかかります。

c. 物質の種類(この場合は水)
さまざまな物質を加熱すると、一定の温度に達する時間は同一ではないことがわかります。銅1kgを1℃ 加熱するためにかかる時間は、鉄を熱する場合にくらべて短く、水の場合はずっと長い時間がかかります。
熱量の単位はジュール (J)です。
1gの水を1℃加熱するには4.2Jの熱量が必要です。 これは、他の物質の場合よりもはるかに大きい量であるため、ある温度の水が有している熱量は同じ温度の他の物質よりずっと大きいのです。
1kgの物質を1℃加熱するために必要な熱量を比熱容量と呼び、物質の種類によって異なります。物質ごとの比熱容量を比較してみましょう。(下図)

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液体(水)の比熱容量はhf (heat capacity of fluid=液体の比熱容量)で示されます。
 水(熱湯)は、多くの熱量を含有し、さらに液体であることから、熱の伝導に利用されます。
たとえば、住宅の中央暖房システムなどへの応用です。そして、清浄、除染、滅菌にも、この水の比熱容量が活用されているのです。


--10.4.2.2 エンタルピー(熱含量)

物質が含有する熱の総量は、エンタルピー(熱含量)と呼ばれます。
このエンタルピーは、温度だけでなく圧力の影響も受けます(後述)。
本書では、0℃の水のエンタルピーをゼロとします。1kgの水を50℃に加熱すると、エンタルピーは 50×hf = 50×4,200 = 210,000J または 210 kJとなり、100℃の場合だと、100×hf = 100×4,200 = 420,000J または420 kJとなります。


10.5 水の蒸発(水蒸気)

水は、極めて特殊な性質を持っているようです。次に、加熱すると水がどのような反応をするのかを見ていきます。

-10.5.1 蒸発(水の加熱)

水は、放置すればゆっくりと、しかし確実に気体や蒸気となり、空気中に消えていきます。蒸発するということです。蒸発は水の表面から起こり、どんな温度でも生じます。

水は、他の物質と同様、あらゆる物質の最少の粒子である「分子」からできています。これらの分子は、水中で自由に動き回り振動していることから、一定のエネルギーを持っているともいえます。
このエネルギーは小さいため、水の分子の大半は液体を脱出できませんが、一部の分子は動きが早いため、液体の表面から空中に脱け出します。これが液体の蒸発であり、水が加熱されると分子の動きが早くなるのでより多くの分子が液体から脱することができるようになります。
つまり、蒸発が早くなるということです。熱が加えられると水はゆっくりではありますが確実に温度上昇します。


-10.5.2 沸騰

水を加熱し続け、温度が上昇するとある時点から水が音を立てます。
100℃前後まで加熱すると、突如それまでにくらべて急激に蒸発が激しくなります。これが沸騰です。
この温度では、水はもはや液体であることができません。蒸発は水の内部でも起こり、蒸気が泡の形で水中から浮き上がり、水面から空気中に放出されます。加熱を続けても、蒸発がより早く激しくなるだけで、温度がそれより上昇することはありません。
熱量はすべて蒸発に使われます。水の沸騰により生じた蒸気のガスを水蒸気(スチーム)と呼びます。 水と蒸気が同じ容器内にある限り、水蒸気と水蒸気が作られる水の温度は同じです。

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-10.5.3 蒸発の熱容量

沸騰が起きると、それ以上温度が上がらないことを学んできました。
すべての熱エネルギーが水の蒸発に使われるからです。
水は蒸発する際に体積が大きくなり、1リットルの水は水蒸気になると1,600リットルもの量になります。
水が水蒸気に変わるのには膨大なエネルギーが必要です。他の液体に比べても、水を沸騰させるのに必要なエネルギーはずいぶん大きいのです。

アルコール 880 Joule/kg
エーテル 375 Joule/kg
ベンゼン 395 Joule/kg
水 2260 Joule/kg

1kgの水を水蒸気に変換するために必要な熱は、蒸発比熱容量(蒸発エンタルピー)と呼ばれます。(記号:hfg: 液体を気体にするのに必要な熱量)。蒸発熱は、言わば蒸気に潜んだ熱であるので、潜熱(せんねつ)とも呼ばれます。


-10.5.4 凝縮

ヤカンの水を沸かすと、湯気が注ぎ口から出ているのが見えます。しかし、水蒸気は目に見えない気体で、目に見えているのは、実際にはごく小さな水滴の集まりなのです。
沸騰中、注ぎ口のすぐ近くには何も見えないと思いますが、そこに水蒸気があるのです。 この水蒸気の温度は、沸騰した水と同じく100℃ です。
しかし、水蒸気は温度が低い空気に触れると温度が下がり凝縮します。これが、湯を沸かしたときに見える湯気の正体なのです。

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つまり、凝縮は蒸発の逆の現象です。

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水蒸気が、たとえば冷たい物に触れるなどして冷却されると、水蒸気は熱をその物に伝え、蒸気は凝縮します。水を蒸発させるために必要であった熱は、水蒸気が水に戻る際に再び外に放出されます。この現象が実際に起こっているのです。

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水蒸気が温度の低い物体に触れて凝縮する際、凝縮熱(潜熱)はすべて放出され、触れた物体に熱が伝導します。そのため、その物体の温度はたちまち上昇します。
蒸気は、この高い凝縮熱を持つがゆえに、滅菌に適した殺滅剤とされるのです。
蒸気は、ほんのわずかな量で簡単に物質を滅菌に必要な温度まで加熱することができます。


-10.5.5 飽和蒸気

蓋のない鍋で水を沸騰させるとき、水面上には空気の層があります。水が蒸発を始め沸騰すると水蒸気が発生し、その空気の層は押し出されます。
もし、すべての空気が押し出されたのであれば、水の上の空間には蒸気しかないということになります。この純粋な蒸気は「飽和蒸気」と呼ばれています。飽和と呼ばれるのは、ある一定の温度条件で、空間がそれ以上水蒸気(気体となった水)を含有しえないからです。
温度が下がれば、たちまち蒸気は水へと戻ります。

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飽和蒸気は、蒸気よりも温度の低い物質に触れると直ちに凝縮し、熱を物質に伝導させ、急速に加熱させます。この特性のため、飽和蒸気は熱を伝導させるために最も効率が良く、物質を熱するために用いられるのです。

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蒸気の比熱容量
1kgの飽和蒸気がもつ熱容量(hg)とは、水を100℃ まで加熱するために必要な総熱量(hf) と、水の蒸発にかかる熱量(hfg)の合計です。言い換えると、hg=hf+hfg です。これが飽和蒸気の比熱容量です。


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-10.5.6 蒸気の浸透力

蒸気が水に変わる(凝縮する)際、その体積は急激に減少します。1,600リットルの飽和蒸気は、凝縮すればたったの1リットルの水になってしまうのです。すると、周囲の蒸気が、凝縮が起きた1点に向かって強く吸い込まれます。そのため、たとえば滅菌パックの中で蒸気が凝縮すると、その凝縮が他の蒸気をパックの中へと吸い込むのです。
ということは、蒸気は繊維製品やその他のポーラス器材の深部にまでよく浸透する強い力をもっていることを意味します。(12章も参照)

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飽和蒸気がもつ特に重要な特徴は以下のとおりです。

• 飽和蒸気は最も湿度が高い蒸気です。湿度の存在は、微生物の殺滅にとって最も重要な要素です( 7.4.2.参照)

• 少しでも温度が下がると、蒸気は凝縮して水になり凝縮熱を大量に放出します。

• 凝縮時の体積変化のため、浸透性が非常に優れています。

• 飽和蒸気は圧力と温度に決まった関係があるため、制御が容易です。

最後の特徴については、後ほど説明します。


-10.5.7 100℃を越える蒸気を作るには

蒸気が、滅菌しようとするものを加熱するのには非常に優れている媒体であることを見てきました。しかし、普通に沸騰させた水から出る蒸気の100℃という温度は、すべての微生物を死滅させるには充分な熱さではありません。
既述のとおり、微生物の芽胞の一部は沸騰する水に長時間浸っていても死滅しません (例:破傷風菌など)。そのため、湿熱(蒸気)をもっと高い温度で発生させるための方法が必要となってきます。

蓋を開けた鍋でお湯を沸かしても、水温が100℃ 以上になりません。
沸騰する水の温度を通常より上げるには、水蒸気が逃げないようにする必要があります。
まず、逃げる蒸気を少なくすると内部の圧力が上昇します。水は蒸発し難くなり、水から逃げようとした分子の多くが再び水に戻ります。蒸発の総量が減り、もっと高い温度でないと沸騰しなくなります。
圧力が高いほど蒸発し難くなり、沸騰させるのに高い温度が必要となります。これは逆もしかりで、真空引きにより圧力を低めれば水の分子は水から逃げやすくなり、蒸発しやすくなるのです。低圧下で沸点が低くなるのはそのためです。

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水だけでなく、他の液体も同様です


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次の図10.19は、水面上の圧力を上げると水の沸点がどのように上昇するかを示しています。圧力が低下すると、沸点も低下します。
このグラフは、「飽和水蒸気圧曲線(圧力P-温度T図式)」と呼ばれています。

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水面上の蒸発量を制御すれば、水面上の圧力、さらには沸点も制御することができます。蒸気を全く逃がさず加熱を続ければ、圧力が高まり蓋を吹き飛ばしたり、容器が爆発する恐れもあります。そのため、圧力が上がりすぎないように多少の蒸気が逃げるようにする必要があります。安全に滅菌を行うために、340kPaの圧力下で138℃を越えない温度が使われます。

適切に蒸気圧力を維持するのに、圧力制御バルブ (図11.2)や、蒸気発生器の加熱必要なエネルギー供給を制御する圧力・温度センサー、スイッチなどの装置が必要となります。

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10.6 水と蒸気の質

蒸気の質および水の質はオートクレーブの運転に大きな影響を与えます。水の質が悪いと腐食や目詰まりが起き、故障してしまいます。蒸気の質が悪いと滅菌工程がうまくいかないことがあります。滅菌や洗浄・消毒に必要な水質と水の取り扱いについては8章:滅菌前の洗浄をご覧ください。 


-10.6.1 蒸気の質:過熱蒸気、湿り蒸気、蒸気内の空気

過熱蒸気
容器内を加熱している間、そこに水が残る限り、水と蒸気の温度は一定で沸点に留まっています。ある瞬間に水はなくなり、蒸気だけになります。そこでも加熱を続けると、蒸気はさらに温度を上昇させ、飽和蒸気よりも温度が高くなります。
そのためこうした蒸気を、過熱蒸気と呼びます。

 

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密封した容器内の圧力が急激に高まるのは、水が蒸気に変わるからです。そのため、すべての水が蒸発したあとでは蒸気の体積がさほど増えず、圧力の上昇は水が残っている時点にくらべて、大幅に緩やかになります。
過熱蒸気は、他の気体と同じような特性のため、熱を他の物質に効率的に伝えることができません。空気にも劣るほどです。
過熱蒸気は、凝縮熱を放出する前に凝縮可能な温度まで下げる必要があり、この冷却に(飽和蒸気にくらべて)余分な時間がかかるのです。凝縮に長い時間がかかるということは、水蒸気の体積が収縮するのにも長い時間がかかることになり、収縮により発生する真空吸引も弱くなるので浸透力も低くなります。
過熱蒸気の発生には余計なエネルギーも要するので、滅菌 に過熱蒸気は適していないことがわかります。

湿り蒸気
蒸気が温度の低い物質に触れると、熱を放出します。これは、蒸気が通る蒸気配管の内部でも起きます。すると、蒸気の一部が凝縮し、細かい水滴ができます。配管の内部では、蒸気が高速で通るため、こうした水滴が蒸気とともに排出されます。
微細な水滴を含んだ蒸気は湿り蒸気と呼ばれます。湿り蒸気は凝縮によりすでに熱量の多くを失っているため、熱伝導効率が低いのです。

湿り蒸気は包装材の孔を塞ぐので、包装・密封パウチされた器材への蒸気浸透を妨げてしまいます。布による包装の場合も、包装の外側が湿ってしまうため同じ問題が起きます。蒸気が内側に浸透するのを妨げるのです。水が一種の壁を作り、蒸気の浸透を止めてしまうので、湿り蒸気は滅菌には適していないのです。

湿り蒸気によって起こるもう1つの問題が、滅菌後におきる被滅菌物の濡れです。湿り蒸気のせいで滅菌器内の器材が多量の水分を吸収してしまうため滅菌工程が終了しても充分に乾燥されず、濡れたまま滅菌器から出てきてしまいます。

湿り蒸気は、ボイラー(蒸気発生器)の機能不全、蒸気配管の隔離不充分、蒸気トラップの欠陥などにより起こります(11.6参照)。滅菌器自体が湿り蒸気の原因になることもあります。
たとえばジャケットの温度を低くセットしている、ジャケットの温度が全く上がっていないなどの状態です。滅菌チャンバー内の蒸気はチャンバーの内壁で凝縮して滅菌物に降りかかるので、そのせいで滅菌物が濡れてしまうこともあります。

水蒸気の質の目安の1つが乾き度で、水蒸気中に存在する完全に乾いた水蒸気の量です。蒸気が湿っていれば、それだけ乾き度は低くなります。
滅菌では、水蒸気の乾き度は0.95を下回ってはいけません。つまり、1kgの蒸気のうち、0.95kgは乾いた蒸気でなければならないのです。言い換えれば、0.05kg以上の水があってはならないということです。
蒸気供給システムには、蒸気トラップ、蒸気セパレーターなどの蒸気から水を除く装置が必要です。

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蒸気中の非凝縮性気体(NCG)
他の液体と同様、水も通常は一定の気体を含んでいます。
これは、ビールや炭酸飲料のボトルに蓋をして振ってみればよくわかります。蓋(栓)を空けると、炭酸ガスの泡が大量に飛び出します。
このガスは、微小なガス粒子として液体に溶け込んでいるのです。つまりガスは(液体として)凝縮した形にならずに水中に存在しているということです。
日常生活(オートクレーブ内でも)で使う温度下ではこのような気体は凝縮しません。そのため、非凝縮性(Non-condensable=凝縮できない)気体と呼ばれます。

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こうしたガスを含む水から水蒸気を作ると、純粋な水蒸気は作れず、水蒸気とガスの混合した水蒸気になります。今まで見てきたように、こうしたガスが熱伝導を妨げるので、滅菌に使う蒸気のもとになる水に含まれるガスの量は極力抑えなければなりません。

蒸気滅菌で使用する水および蒸気の質に関するCEN推奨値は、EN285に記載されています。


10.7 標準的な滅菌時間と温度

蒸気滅菌は、必要な温度の飽和蒸気が、滅菌物に必要な時間だけ、直接曝露したときのみ、うまくいったと言えます。
次の表は、滅菌の標準的な時間-温度-圧力の数値一覧を示しています。

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滅菌供給現場での標準的な滅菌時間は、310kPaで134℃ 3分です。



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