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「本当の家族」とはなにか? ー ファミリー・アイデンティティから読み解くステップファミリーの家族のカタチ

みなさんは、「ステップファミリー」という言葉を聞いたことがありますか?
夫婦のいずれか、または双方が、前のパートナーとの子どもを連れて再婚した家族のことを、「ステップファミリー」と呼びます。
日本では現在、結婚するカップルの4組に1組が再婚だといわれており、子どもを連れた再婚は珍しくない時代になってきています。
タレントの山口もえさんと爆笑問題の田中裕二さんは、子連れで再婚した芸能人カップルとして有名ですね。

私は「血のつながらない子供を育てるお父さん(ステップパパ)」が集まる当事者コミュニティ、『ステップパパの研究会』を運営しています。(私自身もステップパパの当事者です。)
ステップパパの研究会では、オンラインやリアルの交流会を通じて、多くのステップパパたちが、普段なかなか人に話すことのできない悩みや経験をお互いに共有しあっています。

ステップファミリーは、外から見るといたって普通の家族にしか見えません。しかし、ステップファミリーという家族形態は、当事者が悩みを抱えやすい独特な家族のカタチを持っており、そのことに周囲からなかなか気づいてもらうことができません。(周囲の人どころか、当事者自身もその構造に気づいていないことがあります。)

そこで今回は、「ファミリー・アイデンティティ」という分析手法を使って、そんなステップファミリーの、さまざまな「家族のカタチ」を読み解いていければと思います。
ステップファミリーと呼ばれる家族は、一般的な家族と、家族のカタチがどのように異なるのでしょうか?また彼らはどのようなギャップによって苦しめられているのでしょうか?それらの問いを通じて、「家族とはなにか」を考えるためのヒントが見えてきました。

当事者以外の方にも、本記事が、ステップファミリーを知るきっかけに、また「家族とはなにか?」についてあらためて考えるきっかけになれれば幸いです。

ファミリー・アイデンティティとは何か?

社会学者の上野千鶴子氏は、家族を成立させている意識のことを「ファミリー・アイデンティティ」と名づけています。
ファミリー・アイデンティティとは、何を家族と同定(identity)するかという「境界の定義」です。わかりやすく言えば、誰が誰のことを家族だと見なしているか、という当事者自身の意識のことです。

まずは、一般的な家族の例を見てみましょう。
以下の図では、父・母・子のそれぞれが、どの範囲の人々を自分の「家族」であると見なしているかを示しています。
ご覧頂いてわかる通り、家族の成員全員の間で、自分たちの考える家族の範囲が完全に合致しています。

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次のケースは、夫の子育て不参加が原因で、離婚寸前に陥っている家族の例です。
夫は仕事人間で、パート勤務の妻に家事や子育てを長年任せきりにして、家にいないも同然の状態でした。その結果、妻の中で夫婦の愛情は完全に冷めてしまい、離婚も辞さないという状態に陥ってしまっています。
以下の図を見ると、夫と子は、3人全員を家族と見なしていますが、妻だけは、自身と子の2人のみを家族と見なしており、家族の間で意識のズレが発生していることがわかります。

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このように、居住の共同や血縁の有無など、客観的に把握できる情報ではなく、ファミリー・アイデンティティという、家族の意識にフォーカスした分析を行うことで、家族の中の意識と現実のズレや、家族の成員相互間の意識のズレを明らかにすることができます。

今回はこのファミリー・アイデンティティという考え方を応用して、ステップファミリーが構造的に抱えやすい課題を非当事者にもわかりやすい形で、説明していきたいと思います。

※以降に紹介するケースは、過去の当事者へのヒアリング経験などを元に再構成した架空の家族のケースです。

ケース1:A家の場合

A家は典型的なステップファミリーで、シングルマザーだった妻が息子を連れて初婚の夫と再婚をしたという家庭です。一緒に暮らしていますが、継父と継子の間には養子縁組の関係はありません。

このケースの場合、客観的に見れば、父・母・子が揃った一見普通の家族のように見えるかもしれません。
しかし、「家族の意識」にフォーカスすると、少し異なる風景が見えてきます。

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まず、継父と継子のそれぞれが、「家族の範囲」をどのように意識しているか見ていきましょう。(今回は主に継父・継子の関係に注目します)
継父と継子は、一緒に暮らすようになってから2年ほど経過しており、最初期にはやや難しい局面もあったものの、時間をかけて信頼関係を構築していきました。今では、継父は継子から家族の一員として受け入れてもらえることができています。
図を見てわかる通り、継父と継子の意識の中で、家族の範囲はほぼ合致している状態です。

しかし、継父と継子のそれぞれが、誰を「親」または「子」と意識しているかという、「親/子の範囲」に注目すると、二人の意識のズレが明らかになります。
継父は継子のことを自分の「子ども」だと考えていますが(いずれ正式に養子縁組をしたいと考えている)、継子の方では、自分にとっての親は実母のみだと考えています。
継子がいずれ継父のことを自分の「親」だと認めてくれる日が来るかはわかりませんが、現時点で二人の意識の間にズレがあることは間違いがありません。

この意識のズレは、外から見た場合にはほとんどわからないため、周囲の人は継父と継子を当然のように「父子」として扱います。そして、周囲の人のそのような振る舞いは、「あなた達は父子という形であるべき」という外圧となって伝わり、本人たちを苦しめます。
継父は「はやく子どもから父親として認められなければ…」と焦り、継子は「○○さん(継父の呼び名)のことをお父さんと呼ばなければいけないのだろうか…」と悩みます。
二人が父子の関係を選択するかどうかは、あくまで本人たちの意志の問題であり、他人が口出しをすべき領域ではありません。また、このような問題は、本来時間をかけて自然に答えを導き出していくことなので、周りからプレッシャーをかけてもいけません。
しかし、A家は客観的なカタチとしては、父・母・子が揃った普通の家族に見えるため、当人たちの意識が伝わりづらく、周囲の意識とのギャップに苦しめられる場面が出てきてしまうのです。

ケース2:B家の場合

B家は、A家と同様に、シングルマザーだった妻が息子を連れて初婚の夫と再婚をした家庭です。
しかしA家と異なる点が2つあります。1つは、継父と継子はすでに養子縁組の関係にあること。もう1つは、継子が、離別した妻の元夫、つまり継子にとっての実の父親と、月に一度の面会交流を行っていることです。

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まずは継父の意識から見ていきましょう。
継父にとっての「家族」は、妻と子を含んだ三人の範囲であり、養子縁組をした継子のことを自分の「子」だと意識しています。継父の意識は、一般的な家族の父親の意識と大きくは変わりません。

しかし継子の意識は少し特別です。
継父と同様、継子も、継父・実母を含んだ三人を「家族」だと意識しており、継父のことを「親」であると考えています(継子と継父は時間をかけて親子と呼べるような関係を築いてきました)。
ただし継子は、面会交流を続けている実父のことも依然「家族」であり「親」であると考えており、彼にとって父親は二人存在することになります。

実際にあったケースでは、継子が、継父と実父のことを、「パパ」と「お父さん」と呼び分けている家庭もありました。
この「父親が二人いて、それぞれを親として認めている」という感覚は、人によってはなかなか理解することが難しいかもしれません。「で、結局本当の父親はどっちなの?」と聞きたくなる人もいるかもしれませんが、彼にとっては二人とも自分の父親なのです。

日本よりも離婚率の高いアメリカでは、離婚後も子どもの立場を一番に考える文化があり、前のパパと新しいパパが並んで、子どもと一緒にBBQを楽しむといった光景が普通に見られるそうです。しかし、日本ではまだそうした考え方や感覚は一般的ではなく、二つの世帯の間で板挟みになるなど、継子が思い悩む場面が多く見られます。

ケース3:C家の場合

最後はC家のケースです。
C家は、B家のケースとほぼ同じ構造です。
しかし、一つ異なるのは、継子と妻が、実父(夫)と死別している点です。また、継父と継子は養子縁組の関係にはありません。

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継子にとっての「親」は、実母と、亡くなった実父のみです。継父のことは慕っていて、自分にとっての「家族」だとは思っているものの、「親」だという意識は持っていません。
継父も、継子の気持ちに配慮し、父親のような振る舞いはせず、ほどよい距離感を保った上で、一対一の関係を大切にしています。継父にとっても、継子は自分の「子」という意識はありませんが、大切な「家族」であるという意識を持っています。

このようなケースでは、継父と継子が時間をかけて親子関係を形成する場合もありますが、継子の亡き父に対する想いが強い場合には、最後まで継父との親子関係を持たないままの場合もあります。
おそらく周囲の人から見ると、再婚した家族でありながら、親子関係を持たないという二人の選択は、奇異なものに映るかもしれません。
しかし、「家族であるなら、親子でなければならない」という考え方は、世間からの偏見に過ぎません。継子が新しい父親を望んでおらず、継父もその関係や距離感を受け入れているのであれば、「親子ではないが、家族である」という、そんな家族のカタチがあってもいいはずです。

ステップファミリーの構造的な課題

ここまで3つの家族のケースを見てきましたが、ファミリー・アイデンティティにフォーカスした分析を行ったことで、これらのすべての家族に共通する、ステップファミリー特有のある構造的な課題が浮かび上がってきました。

それは、ステップファミリーはその構造的に、当人が持っている家族・親子の意識と、家族内の他のメンバーが持っている家族・親子の意識が、普通の家族に比べてズレやすいということです。

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また、家庭内で共有されている当人たちの意識する家族のカタチと、周囲の人から見たときの客観的に把握可能な家族のカタチの間にギャップが発生しやすいという問題もあります。

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ステップファミリー当事者の多くは、この家族や世間との意識と、自分自身が持つ意識とのギャップを埋めようとして、苦しむことになります。
それは一言で言えば、「ふつうの家族(理想)」と「ふつうではない家族(現実)」のギャップから生まれる苦痛です。

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しかし、そのギャップを埋めていくことが本当に正しい道なのでしょうか。ステップファミリーを長年支援してきた非営利団体SAJは、当事者に向けて次のようなアドバイスをしています。

ステップファミリーはほかの家族と違うけれど、ほかの家族より劣るわけではありません。かたちは違うけれども、そこに含まれる関係のいずれもが健全に発達し、維持されれば、ステップファミリーならではの豊かな家族生活が大人と子どもの両方にもたらされます。重要なことは、「ふつう」に縛られないこと、ステップファミリー独自の強みを見失わないことです。

ー『ステップファミリーのきほんをまなぶ』

先のC家の例では、継父と継子は、「親子ではないが、家族である」という家族のカタチを選択していました。それはたしかに世間一般でいうところの「ふつうの家族」と呼べるものではないのかもしれません。しかし、「ふつうの家族」とは一体なんなのでしょうか。家族にはそれぞれのカタチがあり、同じカタチをした家族というのは本来は一つだってないはずです。「ふつうの家族」などという現実には存在しない空虚な基準に、あなたの人生が振り回される必要はありません。

私たちが本当に目指すべきなのは、「ふつうの家族」ではなく、「私たちの家族」であるべきではないでしょうか。

「家族」とはなにか?

そもそも、「家族」とはなんなのでしょうか?
社会学者のJ・F・グブリアムとJ・A・ホルスタインは、「家族」という言葉の使われ方を分析した上で、「家族に不可欠なもの」として、以下の2つの要素を挙げています。
一つは「子どもの基礎的な社会化」。もう一つは、「成人のパーソナリティの安定化」です。つまり、子どもを社会に適応させ、大人の精神を安定させる機能を持った共同体を「家族」と定義したのです。

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この「家族」の定義の中には、「血縁」という言葉は出てきません。一般に家族の構成要素として必須と考えられている血縁の関係は、決して不可欠なものではなかったのです。
また、先ほどの3つの「ふつうではない家族(A家〜C家)」のケースは、この定義で考えれば、立派な「家族」と呼べることがわかります。

J・F・グブリアムとJ・A・ホルスタインの定義は、あくまで家族の定義の一例に過ぎないため、他にも様々な考え方があるかと思います。
しかし、「家族とはなにか?」と聞かれて、あなたはすぐにその正確な定義を答えることができるでしょうか?実は私たち自身が、「家族」というものが本当はなんなのか、ほとんどわかっていなかったのかもしれません。
そうであるならばますます、「ふつうの家族」などというものにとらわれる必要があるでしょうか。

選べない関係より、自分で選んだ関係

是枝裕和監督の「万引き家族」という映画をご存知でしょうか。
カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを獲得し、日本中で大ヒットした作品なので、ご覧になった方も多いかもしれません。

「万引き家族」は、犯罪でしかつながれなかった疑似家族の姿を通じて、「本当のつながりとは何か?」を問いかける、まさに「家族」をテーマにしたヒューマンドラマです。

私はこの映画の中で、とても印象に残っている言葉があります。

「選ばれたんかな?私たち」
「親は選べないからね、普通は」
「でもさ、こうやって自分で選んだ方が強いんじゃない?」
「何が?」
「何がって…キズナよ。キズナ」

ー映画「万引き家族」

「自分で選んだ関係の方が、キズナは強い。」

私たちステップファミリーは、「血縁」のような絶対の関係を前にして、時に不安になり、怖気づいてしまうことがあります。
その不安は、私たちの家族に、「私たちは絶対に家族/親子である」という、血縁のような強い根拠が、外の世界から与えられていないことが原因かもしれません。

では、ステップファミリーが「家族」であるという根拠は、どこにあるのでしょうか?
私自身は、「あなたと家族/親子になることを、わたしが自分で選んだ」ということが、私たちが家族であるなによりの根拠であると信じています。

選べない関係よりも、わたしが自分で選んだ関係。
「ふつうの家族」ではなく、「私たちの家族」。
家族の正統性の根拠を、わざわざ外の世界に探しに行く必要があるのでしょうか。
私たちはその根拠を、自分の心の中に見つければいいだけだと思うのです。

すべての「ふつうではない家族」が、ふつうの幸せを感じられる社会になることを目指して、「ステップパパの研究会」は今後も活動を続けていきたいと思います。

参考


↓私自身の体験を綴っています。

↓「ステップパパの研究会」のnoteはこちら。

↓この文章を書いた人。
https://twitter.com/i_oshida


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