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大地への誘い



その時、何かを聞いたような気がして立ち止まった...

それは… 不意に現われて私の足を引き留めるように響く、記憶の大地へと誘う足音を思わせる感触だった。

その響きは、大地の鼓動が記憶を賦活させるような時間の揺らぎを伴って、私の身体を貫いていった...

時間の燃焼が記憶を沸騰させるように、太古の記憶が泡立ち弾けては、濃密な記憶の息吹きが私を襲う...

吹き荒れる記憶の乱舞のなかで私はひとつの声を聴いた...
それは記憶の磁気嵐のように私をつつみ、僅かにおとずれる時間の隙間から覗く眩しさのなかに現れる幻のように木霊している

なにかが私に語りかけている… と思わせるように、私の身体はしきりに反応している。
乱れた時間のなかに時折り灯る記憶の幻影...現在のなかに開いた太古の時間...

私が何処に居ようと… 私が誰であろうと、それは強力な磁力で私を引き付けて止まない。逃れることのできない時間の乱流のなかで私は、記憶の鼓動が賦活された感触を身体に感じていた。

攪拌された時間の渦のなかに投げ込まれたような眩暈と、張り裂けそうな記憶の脈動のなかで、辛うじて自身を保っていられたのは、眉間より照射された一筋のひかりによるものと思われた。それだけがたったひとつの命綱だった。

その光は常にある一点を指し示しているように感じられた。時間の渦に翻弄された流転のなかで、自身を貫き通す何者かの声に感覚は研ぎ澄まされ、渦のなかで転がされ磨かれた珠のようになった私がいた。

全身が聴覚となったような感覚のなかで私は、時間の逆流のなかに泡立つ記憶の囁きを聴いた...それは音の無いダイヤモンドダストの如くに舞いながら、私の聴覚に触れてくる...

その声なき記憶の姿は磨かれた珠のなかに映され、響きわたる記憶のエコーとなって身体のなかに伝播してゆく...その様はまるで波紋のように珠を溶かし、一滴の水のような姿に私を変容させていた。

記憶のエコーはやがて身体のなかに沈殿してゆき、大地から立ち昇るように記憶の言葉はその姿を現した。それは太古の言葉のように波紋を震わせながら私の身体を満たしてゆく...

それは時間のさざなみが創り出す万華鏡のように拡がり、時間のなかに咲いた言葉の花として感覚の世界に響いている...失くしてしまった野生の声のようでもあり、遠い記憶の残り香のように身体のなかを過ぎていった。

決して結ぶことのない記憶の感触にも似て、それはかつて大地とともに在った風を想い起こさせるものだった。失くしてしまった痕跡を示すように、記憶は大地のなかから立ち昇ってくる… 何かを伝えようとするかのように...

記憶の残り香によって象られた言葉は、水滴のようになった私の身体を震わせて、その言葉のなかに私を映し出した。それはまるで合わせ鏡のように互いに共振を繰り返し、言葉が私の鼓動を映しながらその体温を纏ってゆく...

微細な共振のなかに私は消え… 言葉がひと雫の聲を放った時、私は水滴とともに弾け飛び、象られた言葉となって無垢の大地に立っていた...その足は象のような繊細さと力強さを持ち、私はその足裏で静かに大地の言葉を聴いた...そして大地は深い静寂のなかで私を受け止めていた。

大地から立ち昇る言葉は、息を吹き返したかのように身体を巡りながら、この星の子供たちへの伝言でもあるかのように私の身体を走っていった。

それはこの星に記された旅路の秘文のように、時間の旅人が忘れた命の水脈を示していた。星と星とのあいだで交わされた巡礼の歌… とでも呼べるようなその響きは、この世界が歌であることを教えていた...

あれは私たちが忘れてしまった… たったひとつの約束だったのかもしれない...






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