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古代ギリシア・ローマ文学における夢2

夢の門

 ホメロスの『オデュッセイア』第19巻には、夢について興味深い記述がみられる。

はかない夢の門は二つあります。一つは角でできていて、もう一つは象牙でできています。挽き切られた象牙の門を通ってきた夢は、むなしいものをもたらして欺きます。一方、磨かれた角の門を通って出てきた夢は、もし誰か人が見たならば現実になります。

ホメロス『オデュッセイア』19.562-7

 これはオデュッセウスの妻ペネロペイアが夫に言った言葉で、二つの夢の門というものがあり、象牙の門から出てくる夢は偽りの夢で実現せず、角の門から出てくる夢は実現するという。

 この不思議な考えはプラトンの『カルミデス』やウェルギリウスの『アエネイス』にも受け継がれている。

 ウェルギリウス『アエネイス』第6巻で、主人公アエネアスは、偽りの夢を送るという光り輝く象牙の門を通って冥界を出る。

二つの夢の門がある。そのうちの一つは角でできていて、そこからは真の影が容易に出てくる。もう一つは輝く象牙でできていて光っているが、亡霊たちが偽りの夢を天に送る。こう言ってアンキセスは息子とシビュラに伴い、彼らを象牙の門から送り出す。アエネアスは道を船の方へとたどり、仲間と再開する。

ウェルギリウス『アエネイス』6.893-9

 これが何を意味しているのかについてはさまざまな説があるが、はっきりとした答えはないようだ。だがいずれにせよ、ウェルギリウスはホメロスの不思議な考えをうまく利用して、自分の作品に謎めいた魅力を付与することに成功している。

「スキピオの夢」

 「スキピオの夢」はキケロの『国家について』の末尾に置かれた物語だ。主人公プブリウス・コルネリウス・スキピオ(以下、小スキピオと表記)が、かつて軍団副官としてアフリカへ行き、旧知の間柄であるヌミディア王マシニッサのもとを訪れたときに見た天界旅行の夢を語るという話である。

 マシニッサによるもてなしの宴のあと、いつもより深い眠りに襲われたスキピオの前に、今は亡きスキピオ・アフリカヌス(以下、大スキピオと表記)が現れる。
 
 二人は天にのぼり下界を見下ろす。大スキピオは、小スキピオの運命と善き人間の終末を予言し、宇宙の構造を説明し、天体が奏でる音楽について話し、広大な宇宙に対して地上の世界がいかに狭いものであるかを語り、神が宇宙を動かすように不滅の魂がいずれ滅びるさだめの肉体を動かすことを示して、最後に、この魂の力を祖国のために使うよう勧める。

 話を終えると大スキピオは姿を消し、小スキピオは眠りから覚め、物語は終わる。

 このような、語り手が、自身が見た夢について語るという文学形式をdream visionといい、西洋文学、とりわけ中世文学に多く見られるが、「スキピオの夢」はその先駆的存在である。

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