Stella

大学院で西洋古典学を専攻していました。西洋古典はキリスト教とならぶヨーロッパ文化の基礎…

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大学院で西洋古典学を専攻していました。西洋古典はキリスト教とならぶヨーロッパ文化の基礎であるという視点を常に意識して研究していました。現在は病気療養中。趣味は音楽鑑賞とピアノ演奏で、好きなものはチョコレートと香水です。noteでは西洋古典やクラシック音楽を中心に発信していきます。

最近の記事

カトゥッルスの恋愛詩

 ガイウス・ウァレリウス・カトゥッルスは紀元前1世紀の詩人で、ヴェローナの裕福な家庭に生まれた。彼は若いときにローマへ出て、キケロが揶揄をこめてhoi neoteroi 「若者たち」やnovi poetae 「新詩人たち」と呼んだ詩人たちのグループに参加した。  この詩人たちのグループは、叙事詩や悲劇を時代遅れのものとして退けた。かわりにカッリマコスのようなヘレニズム時代のギリシア詩人たちの作品を模範とし、細密な表現、新しい韻律や言葉、テーマを採用した。  彼らの作品で現

    • 古代の『神曲』〜プラトン『国家』より「エルのミュートス」〜

       プラトンの対話篇にしばしば現れるミュートス(物語)は、かつてはプラトン研究においてあまり重要視されなかったものであるが、近年の研究により、プラトンの哲学において重要な役割を果たしているとみなされるようになった。  「エルのミュートス」は、プラトンのミュートスのなかでも代表的なもので、プラトン中期の大作である『国家』の末尾を飾っている。  『国家』はプラトンの代表作の一つであり、その分量も全10巻と、プラトン晩年の未完の著作『法律』(全12巻)に次ぐ長さである。  『国

      • 哲学者にふさわしい物語

         古代ギリシアの哲学者プラトンの著作には、しばしばミュートスと呼ばれる物語が現れる。キケロの「スキピオの夢」のモデルになった『国家』の末尾に置かれた「エルのミュートス」もその一つだ。  古代末期の新プラトン主義者マクロビウスによると、エピクロス派のコロテスは、哲学者は架空の物語を用いるのをやめるべきであり、天界や魂のことについて語るのに、なぜ、劇作家の悪しき物真似をして真理の門を想像上の人物や出来事、設定で汚す代わりに、単純で直接的なやり方をしないのかと言ったらしい。  

        • マクロビウスによる夢の分類

           古代末期の新プラトン主義者マクロビウスは、おそらくアフリカの生まれであると考えられているが、彼の生涯についてはあまり分かっていない。  彼の主な著作は『サトゥルナリア』と『「スキピオの夢」注解』である。  前者は全7巻からなる対話篇で、サトゥルナリア祭の宴での会話という形で、ウェルギリウス批評を中心にさまざまな話題を扱っている。  後者はキケロの『国家について』の末尾に置かれた物語「スキピオの夢」の新プラトン主義哲学に基づく注釈である。主にポルフュリオスの『「ティマイ

        カトゥッルスの恋愛詩

          天体の音楽

           ピュタゴラス派の人々は、宇宙の火の周りを天体が回っていると信じていた。そして、天体は動くときに音を発するが、各天体は違った速度で動くためそれぞれ違った音を発し、それらが調和して人間の耳には聞こえない音楽をつくりだしていると考えた。  これを天体の音楽といい、プラトンの『国家』の末尾に置かれた「エルのミュートス」において神話的に表現されている。  プラトンは宇宙の構造を、必然を司る女神アナンケの紡錘という神話的表現を用いて説明している。アナンケの女神の紡錘には八つの輪があ

          天体の音楽

          古代ギリシア・ローマ文学における夢2

          夢の門  ホメロスの『オデュッセイア』第19巻には、夢について興味深い記述がみられる。  これはオデュッセウスの妻ペネロペイアが夫に言った言葉で、二つの夢の門というものがあり、象牙の門から出てくる夢は偽りの夢で実現せず、角の門から出てくる夢は実現するという。  この不思議な考えはプラトンの『カルミデス』やウェルギリウスの『アエネイス』にも受け継がれている。  ウェルギリウス『アエネイス』第6巻で、主人公アエネアスは、偽りの夢を送るという光り輝く象牙の門を通って冥界を出

          古代ギリシア・ローマ文学における夢2

          古代ギリシア・ローマ文学における夢1

          夢の神  古代ギリシア・ローマ文学では、夢はしばしば擬人化して表現され、神々のうちの一人であるとされる。  ヘシオドスの『神統記』によると、夢の神オネイロスは夜の女神ニュクスが産んだ子であり、死の神タナトス、眠りの神ヒュプノスと兄弟であるという。  ホメロスの『イリアス』では、ゼウスがアカイア軍の総大将アガメムノンにトロイア軍との戦いを再開させるためにオネイロスを派遣する。  オネイロスは、アガメムノンが信頼するネストルの姿をとってアガメムノンに、戦闘の準備をせよとい

          古代ギリシア・ローマ文学における夢1

          モーツァルトの疾走する悲しみ

           もしモーツァルトの音楽で何が一番好きかと訊かれたら何と答えようか。これは難しい質問だ。  『レクイエム』や『大ミサ曲』、『アヴェ・ヴェルム・コルプス』といった荘厳な宗教曲、『魔笛』や『フィガロの結婚』のようなオペラ、ヴァイオリンソナタ、『フルートとハープのための協奏曲』、『すみれ』や『春への憧れ』のような可愛らしい歌曲など、素晴らしい曲がたくさんあるからだ。    短い生涯でこれだけ多作でしかも傑作だらけ。まさに天才のなせるわざだ。    そんなわけで、好きな曲を選べと言

          モーツァルトの疾走する悲しみ

          古代小説の魅力〜アプレイウス『変身物語』より「クピドとプシュケ」〜

           古代ギリシア・ローマ文学において小説が現れたのは遅く、それはおそらくヘレニズム時代であると考えられている。そして、隆盛をむかえたのは紀元後2世紀以降である。    そのうえ、現存する作品もかなり少ない。ギリシア語で書かれたものでは、完全に残っているものは五つのみだ。そのなかで最も有名なのがロンゴスの『ダフニスとクロエ』で、これは恋愛小説である。  いっぽうラテン語では、ペトロニウスのピカレスク小説『サテュリコン』(紀元後1世紀)が最初の小説と考えられている。これは第14、

          古代小説の魅力〜アプレイウス『変身物語』より「クピドとプシュケ」〜

          キケロ「スキピオの夢」と中世のdream vision

           語り手が、自身が見た夢や幻想について語るという形式をとる物語をdream visionという。    西洋中世の詩人たちに好まれ、ギヨーム・ド・ロリス/ジャン・ド・マンの『薔薇物語』、チョーサーの夢物語詩、ラングランドの『農夫ピアズ』、ダンテの『神曲』などが代表的な作品とされる。  そして、このようなdream visionの先駆的存在が、古代ローマの文人政治家キケロの『国家について』の末尾に置かれた物語「スキピオの夢」である。  『国家について』は古代ギリシアの哲学者

          キケロ「スキピオの夢」と中世のdream vision

          古代ギリシア人とローマ人の死生観2

          死後の裁きと報い  ホメロスの描く冥界は陰鬱な場所ではあるが、とくに悲惨な場所というわけではない。それは冥界が、大罪を犯したティテュオス、タンタロス、シシュポスが過酷な罰を受けている、冥界の奥深くにあるタルタロスを除いて、基本的に悪人が罰を受ける場所ではなく、単に死んだ人間の魂が住む場所にすぎないからだ。  この点で中世イタリアの詩人ダンテの『神曲』地獄篇が、地獄をいっさいの希望のない場所とし、罪を犯した人間が罰を受ける阿鼻叫喚のさまを克明に描き出しているのとはおおいに異

          古代ギリシア人とローマ人の死生観2

          古代ギリシア・ローマ人の死生観1

          死すべき肉体と不滅の魂  一般的に古代ギリシア・ローマの人々は、人間は、死によっていつか滅びるさだめの肉体(ソーマ/コルプス)と、永遠に滅びることのない魂(プシュケー/アニマ)の二つの部分からなっていると考えていた。(魂の不滅を否定したエピクロス派のような例外はあるが)  彼らにとって死とは、肉体が滅んで魂がそこから去っていくことであった。詩人ホメロスは『イリアス』、『オデュッセイア』において、これを詩的に表現している。  なお、魂の不死については、哲学者プラトンが『パ

          古代ギリシア・ローマ人の死生観1

          「ラ・カンパネッラ」〜フランツ・リストの宗教的ピアノ曲

           フランツ・リストというと、悪魔に魂を売ったと噂された超絶技巧のヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニの演奏を聞いて感銘を受け、ピアノのパガニーニになると決心したという逸話があるように、超絶技巧のピアニスト・作曲家というイメージがあるが、じつは彼は宗教的な雰囲気に満ちた曲をたくさん書いている。  リストは、演奏会での派手なパフォーマンスや華やかな女性関係とは裏腹に、晩年は僧籍に入ったほど敬虔なカトリック信者だったのだ。  リストが書いた主な宗教的ピアノ曲には、『詩的で宗教的

          「ラ・カンパネッラ」〜フランツ・リストの宗教的ピアノ曲